5.女王

 健二は目の前に広がる煌びやかな光景に、目を奪われていた。


 謁見の間へ続く回廊を歩いているのだが、見上げるとテレビや写真で見るような、ヨーロッパの聖堂の天井を彷彿とさせる驚くほど高い天井が目に入る。天井には絵画が描かれており、廊下を進むにつれて、物語が描かれていることがわかった。物語は、この国の歴史を表しているようなのだが、説明無しでは内容を理解することは難しそうだった。


 健二とリックは侍従に連れられ、ひとつの両扉の前に立つ。


 背の高い木製の扉で、他の扉と比べても重厚感があり、描かれている模様や精巧さから、この先にあるのが、特別なものだということは言われずとも理解できた。


「ここが例の場所なの」


「ああ、そうだ」


 健二は扉を前にして今更ながら自分が場違いな場所にいることを理解しはじめ緊張する。よく考えれば、今から会うのは一国の国主だ。そんな高貴な人物にこれから謁見するのだ、と考えただけで身体が強ばる。そもそも、リックによれば、この国は建国から百年が経っている。一代でこの国の統治を続けている女王の歳は幾つになるのだろうか。何歳で王位に就いたのか。様々な疑問が湧き出てくる。


 そんなことを考えている間に、謁見の間の扉が開かれた。重い扉の音が、中の空間にこだましたことで、中の人物たちが振り返り、こちらへ視線が向けられるのがわかった。


「ああ、忘れていた。謁見する前にきちんとした服装で来るべきだったな」


 リックが思い出したように言ったのが聞こえ、健二はここへ来たことを後悔した。確かに、この世界へ来てから服装など気にしていなかったが、どう見ても、場違いな服装であることは確かだ。そもしも、国王に会うというのに、正装を怠った上で不潔な身で姿を晒すことは、どれだけの無礼となるのだろうか。リックも健二と同様に、薄汚れた旅装束にここ数日間はろくに水浴びもしていない。身体からは酸っぱい臭いが漂っている。


 二人は広間の奥へ続く赤い絨毯の上を歩く。健二は作法がわからず、ただリックの動きに習い、ゆっくりとした足取り広間の奥へ進む。


 広間は円柱状の形を成している。二十メートルはある高天井の外からは、明かりを取り込んだ窓から昼の日差しが差し込んでくる。天上には直径五メートルはあろうかという巨大なシャンデリアが吊されており、天井から差し込む明かりを反射し、幻想的な空間を演出している。


 広間の奥に目を向けると、数段高くなっている壇上に玉座がある。そこに一人の人物が鎮座していた。


 リックは壇の手前で歩みを止めると、膝を突いて深々と頭を垂れる。健二もそれに習い頭を下げる。


「リック。良く戻りました。報告を聞きましょう」


 リックに柔らかで落ち着きのある慇懃な口調で言葉が掛けられた。


 言葉を発したのが、この国の女王だということはわかった。健二は女王の声色に困惑した。女王が、百年以上の年月を生きた人物だと聞いていた故に、嗄れた老婆の声を想像していたのだが、二十代から三十代だろうか、女王の声は若かった。健二はその顔を窺おうとわずかに頭を持ち上げ、視線を向ける。だが、女王は頭に御簾が降りた冠を乗せているため、顔は御簾で隠れていて観察できない。ここでリックが小声で健二を制したことで、女王の頭の位置を戻す。


 リックが長々と旅の道中で得た情報を伝えている間、健二はただじっと膝を突いたまま耐えていた。リックが報告を終える頃には、地面に突いた膝は痛みと痺れで我慢の限界にきていた。


「――それで、その少年は」


 リックが報告を一通り終えた頃、女王の関心は健二へ向けられた。


 女王はおもむろに立ち上がると、ゆっくりとした足取りで健二の前に立つ。


 女王の突然の行動に健二は驚きを隠せず思わず後退る。だが、足が痺れていたせいで体勢を崩し後ろに転んでしまった。


「ああ、申し訳ありません。大丈夫ですか」


 健二が転んだことに、女王が驚いた様子で手を差し伸べる。


「陛下、なりません。どこの者かしれぬ者に対して、気軽に近寄るなど危険です」


 手を差し伸べた女王と健二の間に、一人の男が割って入った。


 男は鋭い目つきで健二を睨み付ける。


「良いのですよ、ジラルモ」


 女王は優しい口調で男を宥めると、改めて健二に向き直る。


「――それで、あなたは」


 女王が健二に対して追求を深めようと詰め寄ったとき、リックがそれを遮る。


「陛下。お言葉を遮ってしまい申し訳ありません。この少年の件は、後ほど改めてご報告させていただきたいのです」


 そう言ったリックの表情は、意味ありげに女王を見据えていた。


 リックの言葉に女王は頷く。


「それでは、後ほど。私はまだ公務を終えておりません。客間で待っていて下さい」


 女王はそう言うと、玉座へ戻ってしまった。




 女王との謁見後は客間へ通され、女王が公務を終えるまで待機することになった。


 客間は、謁見の間に比べると質素ではあったが、豪華であることに変わりはなく、その煌びやかな置物をはじめ、無駄に艶やかな大理石の床に、真っ白な漆喰を施された壁。それらの全てが、健二の心を静かではあるが、忙しなく掻き乱し落ち着きのなさが、緊張感を高めていた。


 本当に女王と対面してしまった。総理大臣はおろか、有名人でさえテレビでしか目にしない存在だったというのに、女王との距離は僅か五十センチ程度というものだった。思い出しただけであのときの緊張が蘇る。だが、あの距離でも女王の顔を窺うことはできなかった。


 健二の好奇心は益々高まるばかりだった。百年以上の時代を生き、尚若さを維持することは可能なのか。それとも声がただ若いだけなのか。想像すればするだけ妄想は膨らむばかりだった。




 女王が姿を現したのは、日が西へ沈みかけた頃だった。待ち時間の長さにくたびれ、いつしか客間のカウチで寛いでいた健二は、女王の姿に慌てて姿勢を正す。


「お前、無礼だぞ。叩頭礼をしろ」


 慌ただしく姿勢を正した健二だったが、気分を害したらしい女王の傍らに立つ男が凄む。鋭い眼差しで健二を睨み付ける男は、先程、女王との謁見の際に、健二と女王の間に入ってきた男だった。


「良いのよ、ジラルモ。なぜそのように煙たがるの」


 怒りを露わにした男は女王に宥められジラルモは口を噤む。


 ジラルモは静かに女王の傍らに侍って無言を貫くが、健二へ向けられた視線は鋭く、一挙手一投足の不審な言動さえ、めざとく見つけては指摘しかねない様子だ。


「陛下。ご足労をお掛けします」


 健二の隣で膝を突いたリックが頭を垂れる。


「苦労など、気にしていません――それで、今回の報告は、あの場での内容以外に重要なことがありそうな素振りではありましたが、何だというのですか」


 女王の言葉にリックは深く頷く。


「はい。実はこの少年のことなのです。この少年によれば、向こう側から渡ってきたというのですが」


 リックが健二に視線を向けて言う。そのとき、女王が少し取り乱したように怪訝な様子を見せる。


「向こう側から……それは事実なのですか」


 女王は、初めて見た珍しい置物をつぶさに観察するが如く、健二の回りを一周しながら、まじまじと見つめる。


「あ……はい。そうです」


 健二の言葉に、女王は思い詰めるように深くため息を吐く。健二はその真意がわからないまま、微動だにせず、女王の様子を見守る。


「――なるほど。では、精霊王のという可能性は捨てきれないですね」


「しかし、陛下。あの者の報告では……」


「ええ、そうですね。捜索は彼に任せていたはず。こんな偶然があるとは、天神か何かのお導きなのでしょう」


 女王の口調から安堵の様子が窺える。だが、健二にとっては、『精霊王』という言葉が焦燥感を募らせる。その言葉は以前にも耳にしている。自分の命を狙って襲ってきたシューベンタルトと名乗った男。あの男も『精霊王』という言葉を口にしていた。精霊王とは一体何なのか。なぜ、自分は命を狙われる存在なのか。


「精霊王って何」


 自分の中で徐々に不安が増し、この負の感情をどう払拭して良いのかわからず、ただ怯えるだけの健二に、女王は優しい口調で諭すように言う。


「大丈夫よ。私の庇護下にいる限り、あなたへ危害が及ぶことはありません」


 女王はそう言って言葉を継ぐ。


「精霊王とは読んで字の如く。世界中に存在する精霊たちの王、という意味なのです。あなたは、世界中の全ての精霊たちを使役する者。この世界において、精霊王は天神にも等しい存在とされているのです」


 そう言うと、女王は膝を突く。女王の突然の行動に困惑する健二をよそにその場にいた皆が健二に向かって膝を突く。


「この世界はあなたに掛かっているのです。私たちに力を貸してほしいのです」


「あ、あの。俺、どうしたら」


「君が決めることだ。君の意思を尊重する」


 リックの言葉は穏やかだが、その表情は不安の色が滲んでいた。精霊王という存在が、この世界にとって重要だということは理解した。精霊が各地で姿を消している現象については、リックからも聞いていた。こんな状況を知っているだけに、選択肢は一つしかなかった。


「自分ができることはやってみるよ」


 健二の言葉に皆の安堵が伝わってきた。


「――ありがとう」


 女王はそう言うと、顔の前に掛けていた御簾を取り払う。このとき、初めて女王の素顔を目にすることになった。


 見た目は三十代といったところだろうか、皺一つない透明感のある白い素肌に赤い唇。両目はアイラインを引いていないのに際立っており魅力的に感じる。だが、ここで健二は女王の顔に見覚えがある気がした。なぜかわわからないが、その顔を知っている。自分の記憶の片隅にはっきりとそれがあった。そして、何かが一気に押し寄せる。


 健二は頭に激痛を感じ抑える。頭が割れるように脈が波打つ。激痛に耐えかね床の上でのたうち回る。


「おい、健二。大丈夫か、しかりしろ」


 健二の異変に取り乱したリックが、慌てた様子で顔を覗き込んでいる。健二は自分で意識が遠のいていくのを感じた。




「私は、この戦争に参加しない。だが、お前がこれまで積み上げてきたものをただ静観するつもりもない。私は私なりにこの世界の平穏への道を探っていくつもりだ」


「それはどういう――」


「良いんだ、何も言うな。お前が口出しすることではない――これは私の贖罪だ」


 その言葉に、女は困惑の色を隠せない表情でこちらを凝視する。その表情は、自分にとって障害となるのか。それを必死に見極めようとしているようだった。


「お前が国のために奔走しているのは知っている。だが、私にも信念というものがある。お前たちの志は立派かもしれないが、他の種族のことを思案するのも私にとっては大切なことだ。魔法使いのことばかりは考えていられない」


 その言葉に、女は悲しみの表情を浮かべる。自分の価値観を押しつけるわけにはいかず、その一方で価値観を理解してほしいといった複雑な感情がその表情から滲み出ている。


「そうですね……あなたは精霊たちの王ですから」


 女の声は沈んでいた。相手を説得できず自身の不甲斐なさに落ち込んでいるのがわかる。


「すまない。お前は私にとって数少ない友の一人ではあるが、こればかりは自分の志を貫くつもりだ。私は世界のために存在しなければならない。例えそうでなくとも、私はこの世界の平和を望む。一方の種族だけが権威を振い、他の種族が冷遇されるのは私の望む世界の形ではない」


 その言葉に女はふっ、と笑う。


「あなたはいつもそうですね。弱い者に救いを、何者にも等しさを、ですか」


「――すまない」


「いえ、あなたのことは私が一番理解しているつもりです。私がその志を阻めないのならば、何人もあなたを止めることなどできないでしょうね……その、アンメイザ。私たちは――どんなときでも友ですか」


 女は念を押すように尋ねる。どうやら自分との友情が決別することに不安を抱いているようだ。


「もちろんだ。どんなときもお前の友であることに変わりはない」


 そう言って笑ってみせると女は安心したように微笑む。




 健二ははっとして目を見開く。自分の状況がわからず、慌てて身体を起こす。意識がもうろうとしており、焦点が定まらないのと身体の怠さで状態を維持できずにその場に伏せる。


 身体が重く動かすことに嫌気が差した健二は、仰向けのまま夢に見た光景を思い出す。夢には二人の女が出てきた。自分の視点に映っていた女は女王だ。今更思い出したが、女王の素顔を見た瞬間、フラッシュバックのようなものが起こった。誰かの記憶が自分の中に雪崩れ込むかのように、一瞬にして様々な映像のようなものが波の如く押し寄せた。それは、恐らく自分の視点に立っていた女の記憶だと推察できた。女は女王にアンメイザ、と呼ばれていた。女王とアンメイザという人物の関係は、どのようなものなのだろうか。気になって仕方がない。


「ああ、起きたんですか。心配しましたよ」


 健二は何者かに声を掛けられ、視線を向ける。


 そこにいたのは、黒のシルクハットに燕尾服。まるで英国紳士を気取った装い、しわひとつ、ましてや汚れさえ見当たらない、清潔感と言うより完璧主義というに相応しい男が立っていた。


「シューベンタルト」


 その姿を目にし、健二に緊張が走る。なぜこの男がここにいるのか理解できず、ただ恐怖で息が苦しくなる。


「いやいや。落ち着いてくださいよ」


 シューベンタルトは混乱する健二を落ち着かせようと諭す。


 健二は混乱の中で、ここが王城だということ、自分が意識を失ったあとに何が起こったのかはわからないが、この男が女王の知人であることは理解した。


「何であんたがここに」


 健二の言葉に、緊張と混乱が収まりつつあることを察したシューベンタルトは、安堵のため息を吐く。


「私はこの国。つまりカトラリア王国の上級魔法使いなんですよ。もっと言えば、女王陛下の弟子でもあります」


 そう言ってシューベンタルトは微笑んで見せる。その微笑みが、自分を見下しているような気がしてならない。健二はシューベンタルトを睨み付ける。


「あんたが、この国の魔法使いだって言うのかよ」


「そうです。健二君……失礼。あなたの名前はリックから伺っていますし、その他にも旅のことやその他諸々ですが……まあとにかく、はじめに、あなたには謝罪しておきたいのです」


 そう言ってシューベンタルトは深々と頭を下げる。シューベンタルトの突然の謝罪に、健二は訳がわからず唖然とする。


「何で謝るの」


「私の言葉が足りないばかりに、あなたには辛い思いをさせてしまったと反省しているのです」


 そう言って、シューベンタルトは再び頭を下げる。健二は何と声を掛けて良いのかわからず戸惑ってしまう。


「いや。別に謝ってもらわなくても」


 その後も、暫くはシューベンタルトの弁明に付き合わされることになった。だが、それのおかげなのか、弁明が終わる頃には今まで感じていた緊張感は既に払拭され、何となく打ち解けた雰囲気になっていた。


「それで、あの者とは別れたままなんですか」


 シューベンタルトの問いに、健二は質問の意図が掴めずに眉を顰める。


「あなたをここへ連れてきた者のことです。確か名前はスノウ、といいましたか」


「スノウとは、あれから会ってない。それより、何でスノウたちと戦ってたの」


 健二は疑問をぶつける。スノウからはシューベンタルトに命を狙われている、と聞かされていた。だが、実際はそんなことはなく、女王の庇護下に入り、今では安全が保証されているほどだ。スノウの陣営と女王の陣営は、何が原因で対立しているのか不可解でならない。


「その理由に関しては複雑でして。私の口から説明することは憚られます」


 健二の言葉に、シューベンタルトの表情は曇る。


「では、私から説明しましょう」


 声がした方へ目を向けると、そこには女王が立っていた。


「健二、起きたのですね。急に倒れたので驚きました。身体に問題はなさそうですが、具合はどうですか」


 そう言って女王は健二のそばに寄る。女王は前に見たときとは違い、ゆったりとしたラフな服装だった。


「陛下。なぜこちらへ」


 シューベンタルトの言葉に女王は微笑む。


「健二の容態が気になったので。まあ、見るからに容態に問題はなさそうですが」


 女王は部屋の中央に据えられているカウチにゆったりと座る。


「それで、スノウたちとは一体何が原因で争ってるんですか」


 健二は気になっていた疑問をぶつける。


「その説明をするとなると、長い話になるのです。何から話せば良いのか――」


「それじゃあ、アンメイザという人がどんな人なのかを教えてほしいです」


 健二がその名を口にしたとたん、女王ははっとした表情をする。健二がその名を知っていることに驚きを隠せない、といった表情だ。たが、女王が口にした反応は意外なものだった。


「やはり、あなたが精霊王で間違いありませんね」


 女王の不可解な言葉に、健二は困惑する。アンメイザという人物の名を出すことで、自分のことを精霊王、と確信できる根拠が全く思い付かない。


 困惑した健二に、女王は微笑む。


「アンメイザは、先代の精霊王です。そして、彼女は私の友であり、師匠でもあります」


「――師匠」


「アンメイザは千年近く生きた魔法使いなのですよ」


「千年……どういうこと」


 女王の言葉を聞いて、健二は凍り付く。千年という膨大で気が遠くなるほど無限にも等しい年月を生きるなど、考えただけでも変になりそうだ。


「魔法使いは、他の種族と比べてとても長命なのです。平均寿命は、五百歳とも言われています。そして、魔法使いの中でも特別な精霊王は、千年の寿命を得るのです」


 そう言って女王は面白がった様子で健二に微笑む。


「それじゃあ……その。女王様の歳はいくつになるんですか」


 女性に対して歳を尋ねるのは失礼とは思いつつも、自分の中で膨れあがる好奇心に健二は抗えなかった。


「好奇心が旺盛なのですね……わかりました。私は今年で確か……」


 女王はそこまで言って、考え込むような素振りを見せる。どうやら、正確な歳を把握していないようだ。


「陛下……失礼ながら、今年で四百三八です」


 シューベンタルトがすかさず言い含める。


「ああ、それくらいの歳になりますか。いつしか、歳を数えるのも止めてしまったせいで、いざ歳を尋ねられると困ってしまいます」


 そう言った女王の表情は、少しばかりの恥じらいと不機嫌が混在している。どれだけ齢を重ねようとも女性である以上、年齢は気にしていると見える。


 その後は、女王からスノウと女王自身の関係性について聞くことになった。女王とスノウは、いってみれば同じ師匠を仰ぐ弟子同士なのだという。スノウがアンメイザの元にいたときには、女王はすでにカトラリア王国の国主として国を治めていたのだという。以前は、女王とスノウの関係は良好だったのだが、関係が拗れたのはアンメイザが命を落とした頃からなのだという。


 健二は初めてアンメイザが、存命していない人物なのだということを知った。アンメイザの死は、謎に包まれているのだという。アンメイザの死後、世界から緩やかに、だが確実に精霊たちの数が減少しおり、精霊王の不在が、世界を窮地に向かわせている。


 アンメイザの話をしているときの女王は、俯き加減で、その表情も曇っていた。アンメイザの死に関しては、何か知っていそうな様子ではあったが、その死に直接関わっているとは思えず、追求はしないことにした。


 スノウが健二をこの世界に導いた理由が、何となくではあるが、見えてきた気がした。健二を時代の精霊王として推挙することが、スノウの目的なのだろう。一度はスノウと離ればなれになってしまったが、この世界にいる以上、スノウが再度接触を図ることは言わずと知れていることでもある。スノウの目的となぜ、女王の派閥と対立しているかはわからないが、この対立が世界の行く末を左右しかねない事になるのは明白だ。


「健二が精霊王であることは間違いありませんが、本当に意味では精霊王ではありません」


 女王の含みのある言葉に、健二は首を傾げる。


「本当の意味では、というのは」


「アンメイザの師匠。つまり、あなたから見て先々代の精霊王。その者から力を受け継いだ際、彼女は精霊の泉で儀式を行ったと言っていました。しかし、儀式の内容までは明かしてはくれませんでしたから、詳細な内容は知らないのです」


 女王が言っていることが事実だとすれば、精霊王としての素質を持っていたとしても、力を解放する術を解明しない限り世界の荒廃を食い止めることはできない、ということになる。


「儀式の内容が明らかになるまではここに留まっても構いません」

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