4.知らない世界

 部屋の窓から望む森の景色は、真冬の吹き付ける寒風と黒く沈んだ雲のお陰で、薄暗くどんよりとした重たい空気を纏っている。


 建物は木々が生い茂った森の中に、忽然と拓けた場所に建っていた。自然の中に静かに佇んでいることで、何者にも干渉されない安らぎの空間となっている。


 僅かに香木の甘い香りが漂う室内は、二十畳ほどの広さで、明かり取りの小さな窓が備え付けられている。それだというのに、外の天気のせいで、窓から十分な明かりを取り入れることができず、部屋の中は薄暗い。


 暖炉には、火の消えかけた薪が僅かに熱を放出しているが、外の寒気が室内にまで浸透し、冷え切った空気が室内を満たしている。暖炉の薪が燃え切り、ごとり、と音を立てて崩れる。


 暫く窓の外を眺めていると、外の状況は徐々に変化していく。吹き付ける寒風は、次第に穏やかな微風に変わり、遂にはしんと静まり返った景色に変わる。それと入れ替わるように、空全体を覆う暗灰色で厚い雲から降る雪が、しんしんと眼前に広がる景色の全てを覆い尽くさんばかりに降り積もっていく。


 ただ呆然と景色を眺めていると、部屋のドアが開いた。錆び付いた金具が軋み、甲高い心地良いような、苛つくような耳障りの音を立てる。視線を向けると、一人の少年が立っていた。


 身の丈は十三歳前後の子供ほどの小柄な体系。幼さが残る青白い肌の顔は、室内の灯りに照らされると、僅かに健康的に見える。オッドアイの目が、何よりもその少年に神秘的な印象を与えている。右目は黄金のような煌めきを放つ金色の瞳。左目は透き通るように澄んだ銀色の瞳。髪は腰まで届きそうなほどの長さもある、赤みがかったブロンド。


「師匠。降り出してきました」


 少年はそう言うと、両手に抱えた薪束を暖炉の傍らに積み重ねられた薪束の山に足していく。


「――そうだな。見ていたから、わかるよ」


「師匠。そんなところにいては身体が冷えてしまいます。暖を取ってもらわないと、身体に障ります」


 少年は暖炉に薪をくべながら、心配する面持ちでこちらを見つめる。


「――そうだな。冷えてきたし、私も暖まろう」


 窓際の椅子からおもむろに立ち上がり、暖炉の近くまで寄る。先程までは消えかけていた火が、薪を足したことで、勢いを取り戻し激しく燃えさかる。冷えていた部屋の空気は、徐々に暖まり、居心地の良い空間へと変わる。


「それで師匠。身体の具合はどうなんですか」


「まあ、ここ最近は良いと思うよ」


「そうですか。それは良かったです……ところで、今回の戦争。女王から召集令状が出たのですよね」


「ああ、確かに……来ていたな」


 少年の言葉に応え、卓上に広げられた書状に目を向ける。


 書状は封が切られ、中身が開かれたまま無造作に置かれている。


 赤い下地の紙に、金字で二行ほどの文章が連なっている。文末には、署名とドラゴンと百合の花が模された紋章が記されている。それが国章であることは言うまでもなく、署名の主が誰であるかも明らかだ。その名を目にしたとき、深いため息と共に、何ともいえない憂鬱感で全身が重だるくなるのを感じた。この命には、有無を言わさぬ強制力がある。そんな憂鬱な様子を察したのか、少年が卓上の書状を卑しめるように見据えて言う。


「師匠は療養をされている身です。招集に応じる必要はないのでは」


「ああ、本来は休養をとっていたいところだな。だが、この戦争は人族と獣人族、そして魔法使いが率いる種族の間で永きに渡り繰り広げられてきたものだ。この戦争は百年近くも続いている。なぜかわかるか」


「――他の種族を根絶やしにしたいから」


「それほど単純であれば良いのだが。実際のところは違うな。この戦争はそれぞれの種族が、自身の正義を掲げている。獣人属は自分たちの権利の主張。人族は魔法使いとその者たちに従属する者たちの既得特権の剥奪と、自分たちが世界を主導したいという思惑。魔法使いは、この世界の秩序の維持」


「では、師匠が召集に応じる理由は」


「私の目的は、戦争に直接関わることではなく、互いの正義の理解と妥協点を見出すことだ。我々魔法使いは、希少な上に強力な存在だ。それ故に、各国に優遇され、希に建国するほどの力を持つ者でさえ現れる。だが、その一方で、人族は最も人口の多い種族だ。一握りの、力がある者に権力が集中していることに、不服を申し立てるといった形だな。まあ、獣人族の権利の保障は、誰もが考えを改めるべき事ではあるのだが――とにかく、世界全体を見ても、魔法使いに権力が集中しているのは事実だ。今回の戦争が終結すれば、我々もその存在意義を見直さなければならないだろう」


 そう言うと、少年は感銘を受けたのか、感嘆の表情でこちらを見つめる。


「師匠は色んなことを思案されているのですね。私も師匠のように、高名で賢明な魔法使いになりたいです」


 少年の眼差からは、尊敬と憧れが滲み出ている。少年の素直で実直な眼差しに、つい恥ずかしさを堪えきれず、照れ隠しに鼻で笑って見せた。


「大丈夫。お前は賢い。私以上の偉大な魔法使いになるよ」


 そう言うと、少年の口元が綻び、満面の笑顔になる。




 全身が重たく感じる。身体が温かく感じた。安心感のあるこの包まれた感覚は、何なのだろうか。


 ゆっくりと目を開くと、見知らぬ天井が視界に飛び込んできた。古びて穴の開いた、今にも崩落しそうなほど朽ちた天井だ。どうやら、寝台の上で毛布に包まれているようだ。


 健二は先程まで見ていた夢を思い出す。自分の視界が、なぜか別人のものだった。

声や動きなどから、女であったことはわかるが、その者が一体何者だったのかはわからなかった。ただ、その声が以前の深紅の空の夢で、背後から声を掛けてきた女と似ていた気がする。それに、夢の中で、自分のことを師匠と呼んでいた少年。あれはスノウに違いない。今と比べると更に幼さがあったが、今のスノウの面影があった。


 あの夢は、感覚が実感としてあり、深紅の空の夢と同じで現実そのものだった。自分は何を見せられたのだろうか。


 夢のことに頭を巡らせながら身体を起こそうとすると、身体に全く力が入らず混乱する。身体はおろか、指先を動かすこともままならない。


 暫く自分と格闘していると、人の気配が健二を見守っているのがわかった。

気配は健二の様子を気に掛けるようにして、顔を覗き込む。そこにあったのは、一人の男の顔だった。


 男は健二と目が合うと優しく微笑む。


 グレーの短髪に、日焼けした顔。男の口角が上がると乾燥しているのか顔全体の皺が引きつる。齢は三十手前だろうか。顔の皺が男の年齢を少しばかり引き上げているような気もする。


「よう、起きたか。大丈夫か。見たところ魔力が底をつき掛けてるみたいだったから、勝手ながら応急処置をさせてもらった」


 男はそう言って机に何かを置くと、椅子を持って健二の横に腰掛ける。


「まあ、暫くの間はろくに身体も動かせまい。ゆっくり休むと良い」


 男はそれに、と言って何かを取り出す。仰向けになったまま、身動きできない健二の上体を起こすと、背中に枕を噛ませる。


「ここ二日間、眠り続けてたんだぞ。まずは柔らかいものを食べて、体力を回復させると良い」


 そう言うと、手にしたスープをスプーンで掬って、健二の口元へ運ぶ。突然スプーンを目の前に差し出され、強制的に口に含まされ、拒もうとした健二だったが、身体は正直だった。含んだスープの温もりが、口の中で染み渡り身体中に巡る。


「美味しいか。これは俺の特製コンソメスープだ。少し濃いめに作ってるが、君は体力と魔力を消耗しているからな。良い塩梅だろ」


 男は続けて健二にスープを差し出すと得意げに微笑んで見せる。


「それで、何であんなところで倒れてたんだ」


 スープを全て食し、落ち着きを取り戻した頃。男が怪訝そうな表情で尋ねる。


 男の問いに、健二は口を噤む。何を話せば良いというのだ。そもそも、この男は何者なのか。それすらもわからない状況で、自分の身の上やスノウの事、これまでの経緯を話すべきではない。


 健二が口を噤んだままでいると、男は気まずそうに笑う。


「いや……その、君が話したくないんだったら、別に無理をして話す必要なんてないんだ。その、気になってな。君の装いはここでは見ないものだし、俺たちと比べても骨格が違うし――」


 ここまで言うと、男は確信したように表情が硬くなる。知ってはいけないことを知ってしまった者の表情だった。男は言葉を継ぐ。


「――もしかして、渡ってきたのか」


 男の言葉に、健二は思わず視線を逸らす。その言葉の意味を知っていただけに、その問いに対して口を噤むことで、それが意に反して返答していることを自覚していなかった。


「まあ、今の話は聞かなかったことにする。気にしないでくれ」


 男は愛想笑いを浮かべ誤魔化そうとする。




 暫くは身体を動かすことができなかったが、次第に少しずつ身体を動かせるようになった。


 やっとの思いで起き上がり、寝台から足を下ろす。まだ全身が重だるく、気を張っていないとすぐに寝台から転げ落ちそうになる。


「おお、大分回復してきたな。この調子なら、明日には普段通り生活できるようになる」


 男はそう言うと、おもむろに支度を始める。


「待ってよ。どこかに行くの」


 健二が不安になって尋ねると、男は気まずそうに肩をすくめるように頷く。


「ああ、そうだ。俺は各地を旅していてな。色々と見聞した事をまとめて研究しているんだ。だから、一所に長く留まっている余裕がないんだよ」


 男はそう言うと、荷物を背負ってそそくさと立ち去ろうとする。


「待ってよ。それじゃあ、俺も連れてってよ」


 健二は思わず言葉を口にする。ここに取り残されることが嫌だったわけはなく、自分の身に危機感を覚えたわけではなかった。この男に付いていくことが、自分の絶望的な状況を好転させてくれるような気がした。故に何が何でもこの男に付いていくことが、自分にとって重要だった。


「ええっ。だけどな……困ったな」


 健二の言葉に、男は戸惑った素振りを見せる。考えるように、もどかしそうに足踏みする。どうやら、健二を連れて行くことに躊躇しているようだ。それが健二にとっては、好機でしかなかった。男が迷っているのであれば、自分の意思を押し通せば良い。


「何か問題でもあるんだったら言ってくれよ」


「俺の旅は過酷だぞ。旅の道中は何が起こるかわからない。下手すれば死ぬこともある」


 男の表情は真剣だった。健二に迫るように言い寄り、釘を刺すように『死』という言葉を強調する。だが、ここに留まっているだけでは、死を回避することはできないことを健二は自覚していた。それに比べれば、男に付いて旅をすることで、今の自分が置かれている状況を理解すると同時に、この世界の理解を深めることが重要である気がした。


「覚悟はできてるよ。ここにいても、俺は何もできないから」


 健二がそう言うと、男は深いため息を吐く。眉間に皺を寄せ、暫く苦い顔をしていたが、決心したように頷く。


「わかった、連れて行く」


 男の言葉に、健二は嬉しい気持ちを必死に抑えて平静を装う。


「――ありがとう」


「良いってことよ。だけど、食いぶちは自分で稼げよ。そこまで面倒は見ないからな」


「わかった。何とかする」


「それで良い……そういえば、まだ自己紹介をしてなかったな――俺はリックだ。よろしく」




 リックとの旅は、予告された通り過酷なものだった。


 旅をするための移動手段は徒歩のみで、日が昇らないうちに起床し支度を始める。顔を洗うと、旅を続けるための装備の確認と補充すべきものの確認。近辺に街があるのであれば、朝市が出る頃にそこへ向かい、買い出しをする。それを終えると、どこともしれない場所へ向かい歩き出す。


 向かう場所が同じ商人や馬車を使う旅人がいれば、同行させてもらい荷車に乗ることはあるが、基本は徒歩のみだ。


 次の目的地に辿り着くと、目的としている研究の見聞や調査を行う。どこへいっても、同じようなことをまるで流れ作業をこなすように繰り返される。


 共に旅を始めた頃は、日々の疲労に不満を漏らしていた健二だったが、リックはそれにいちいち反応することなく、聞き流すだけだった。そんなリックの振る舞いに、苛立ちを覚えていた健二ではあったが、自らリックに懇願して旅を共にしている手前、自分の意地を通すわけにもいかず、やせ我慢を続けていた。すると、この生活にも徐々に慣れていき、街を三つほど超える頃には、街の景色や世情に目を向ける余裕ができていた。


 リックと旅をしていて、わかったことが幾つかある。この世界の仕組みと世情だ。

 世界の構造と切り離せない存在に、『精霊』という存在が欠かせない。精霊は生物や植物などという存在ではなく、『現象』なのだという。自然、生命、物質、環境といった、この世界を構成している全ての物質に干渉し、物質が世界に留まって存在するために、繋ぎ止める働きをしている。基本的に、精霊は世界の現状を維持するための現象に過ぎないが、希に意思をもったものがいるのだという。ドラゴンやノーム、ドライアドが『それ』なのだという。だが、それはあくまで伝承や伝説の域を出ず、実際にそのような存在を目にした者がいたという記録は少ない。


 リックの口から語られたことは、健二にとって理解しがたいものばかりだった。自分にとって、馴染みのない存在や理。それが当然であるかのように語られたところで、半信半疑で聞いているしかなかった。だが、精霊という存在が、この世界において不可欠だということは、何となく理解できた。


 精霊にとって、『生命の樹』という宿り木のような存在をなくしては、世界に留まることができないことを知った。


 仕組みや理由などは解明されていないが、今、世界各地で生命の樹と呼ばれる老樹が、枯れる現象が起きているというのだ。生命の樹が枯れるということは、精霊たちにとっての宿り木がなくなる、ということになる。即ち、精霊の死を意味する。精霊がいなくなれば、ドミノ倒しのように世界の秩序が崩壊していくのだという。リックはそれを事前に食い止めるべく、世界各地を放浪し、見聞や調査を行っているのだという。


 そんな状況でも、世界では各地で戦争が勃発している。世界中から精霊の気配が消え始めているというのに、それぞれの種族が、互いの主張と身勝手な正義を掲げ、互いの街への侵攻と破壊を繰り返しているのだという。


 主に対立しているのは、人族と魔法使いが率いる種族で、リックはそれぞれが主張していることを口にはしなかったが、以前に健二が目にした夢の中で、謎の女とスノウらしき少年が会話していたことが事実なのだとすれば、その対立構造を想像することは容易だった。


 人族と魔法使い以外に、種族間でも最も冷遇されているのが、獣人族だ。種族間で、最も知能が低いことに加え、他の種族に比べ数が少ないこともあり、最も数の多い人族に奴隷として扱われることが多いのだという。上流階級の者たちの間では、獣人族同士を剣闘士として戦わせ、賭博をする者たちや農奴や鉱奴として劣悪な環境で働かせいている者たちがいる。


 獣人族は、そんな自身たちの人権の保障と地位の確立を求めて立ち上がっているのだという。


 この世界は、自分がいた世界とは全く違う。目の前にある現実を見せつけられ、自分は異世界に来てしまったのだ、と嫌でも思い知らされた。


 各地を転々していると、様々な種族の者たちの姿を目にすることになった。はじめは、その異形の姿に驚きや戸惑いはあった。だが、そこには、日常の生活を送り、他種族と交流する者たちの姿があった。あまりにも当たり前すぎるその光景に、健二もいつしか違和感を覚えることはなくなった。




「――この生活にも少しは慣れたんじゃないか」


 夕食を摂りながら焚き火を囲んでいると、リックがおもむろに口を開く。


「うん。まあ、慣れてきたよ」


 質問の意図は読み取れなかったが、この生活に慣れ始めていることは事実だった。何気ない会話なのか、と思い、健二は頷く。


「それは良かった……実はカトラリア王国の王都に行こうと思ってる」


「――カトラリア王国」


 健二は聞き慣れない地名に、思わず言葉を繰り返す。すると、リックは吹き出すようにして笑う。


「すまん。君は渡って来た人間だったな。カトラリア王国っていうのは、魔法使いが統治する国のことだ」


「魔法使いって本当にいるの」


 唐突に言葉を零した健二に、リックは呆れた表情で笑う。


「何を言ってるんだ君は。君自身が魔法使いじゃないか」


 リックの言葉に、健二は凍り付く。自分が魔法使いという自覚はなかった。だが、リックに言われて、何となく納得することがある。スノウと別れ、シューベンタルトに追い詰められたとき、何かの弾みで魔法のようなものが発動した。だが、それが自分が魔法使いである、という確証には繋がらない。


「そんなことない。俺は魔法なんて使ったことないよ。実際、ここに来るまでは、魔法使いなんてお伽話の中での存在だと思ってたし」


 健二の言葉に、リックは難しい顔をする。その表情の意味を読み取れなかった健二を悟ったのか、リックは丁寧に説明してくれた。


 境界門を通過できるのは、魔法使いだけなのだという。それは精霊と関係しているらしく、魔法使いは、全ての種族の中で唯一、自身を構成する精霊に干渉することができるのだという。詳しくは解明されていないが、自身の精霊に干渉することで、境界門を経て世界を渡ることができ、精霊の質量の違いで、向こうの世界での活動範囲や時間も異なるのだという。


「――あれ、だとすると、矛盾するな」


 ここまで健二に説明し、リックは再び難しい表情をする。


「君は向こう側の人間なんだろう。だが、向こうの世界に精霊など存在しない。理の違う世界の者が、境界門を跨ぐことなどできないはず……君は一体何者なんだ」




 カトラリア王国は、大陸の北西部の端に、かじり付くように位置している小国だ。

国主は魔法使い担っており、建国から百年が経った現在でも、一代の王が統治し続けている。


 王都はフレテンス。街全体が要塞都市として成り立っている。丘陵地帯のなだらかな地形の頂に王城が建ち、その周りを街が円形を成して建ち並んでおり、街全体が迷路のように入り組み、要塞と化している。


 街と外を隔てる外壁は、優に三十メートルを超えており、外壁を見上げると、その存在感は更に増し、威圧感さえ覚える。


 街からの見晴らしは良く、丘陵地帯に街が形成されていることで四方の遠く離れた地も見渡すことができる。対攻城戦に備えてなのか、壁の縁には巨大な投石機が並んでいるのが見えた。


 街へ続く街道には、幾つもの関所があり、そこでは多くの人々が列を成している。

リックはそんな関所を難なく通過する。関所を守護する兵士たちも、リックが何かを提示するだけで即座に道を開けた。


「一応、俺はそれなりに顔が広いんだぞ」


 好待遇なことに健二が気になっていると、リックが得意げに言った。健二はその理由を尋ねたが、リックは含みのある笑顔で誤魔化すだけだった。


 王都へ誘う重厚な鋼鉄の両扉の門を潜ると、フレテンスの街並みが見えてきた。


 門を潜るとすぐに大通りがある。ここが街のメインストリートとなっているようだ。


 街並は、産業革命以前の十八世紀前半のヨーロッパを彷彿とさせる。通りでは、様々な馬車、荷車、人々が往来している。中には、通りの端で屯する者たちや出店を構えている者もいる。街の雰囲気を見ていると、この国が戦争の直中にあるとは思えない人々の活気と賑やかさがあった。


 リックは通りを足早に進んでいく。健二も周りの光景に目を奪われながらも、リックからはぐれないように付いていく。


 街の中心部へ進むにつれ、賑やかだった街の雰囲気は次第に厳かなものへ変わっていく。庶民的な建物が建ち並び、人々が溢れかえっていた場所も、いつしか格式高い屋敷が軒を連ねるようなった。通りにある姿は、散策目的らしいき人影が数人と街の衛兵で、殆ど人気がない。


 通りを何度か曲がると、遂に街で一番大きな建物が目に入った。


 建物は高い壁で外界と隔てられているが、それでも、一部は壁の外からも目にすることができる。


 全体的に白を基調とした建物は、円柱の棟が均等の距離で建ち、五角形を形成するように塀が棟を繋げている。ここからでは、建物の全貌を窺うことはできないが、これが王城であることは明白だった。


「ここが城なの」


 健二の問いに、リックは小さく頷く。


「今から女王陛下に謁見しなければならない。君にも謁見してもらう」


「何で俺も女王に会わなきゃならないの」


 健二はリックの言葉が気になり尋ねる。すると、リックは再び意味深に難しそうな顔で言う。


「ちょっと君に関して気になることがあってね。陛下がご存じかもしれない。君も、自分が何者なのかわからず、混乱してるんじゃないか。自分が何者か知る良い機会になるだろう」

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