第57話 研究者は変態の憑き纏いに恐れ慄く


 ロイフェルトからこっそりの高評価とガッツリのツッコミを受けたその本人であるトゥアンは、グルエスタの剛腕ヘラクリオスに投げ放たれ、弧を描きながら敵陣へと一直線に向っていた。


「オグバギラグヌヲーーーーーー!!」

「な、なんだあれは?!」


 奇声を放ちながら向かってくる未確認飛行物体変態女子に、自陣のクリスタルを守護している守備隊メンバー達は面食らっていた。


 その中でも、守備隊のリーダーである自身の得意魔法を二つ名に抱く『城壁』ことケルベルト・フォン・ニアステリアは、さすがの反応で防御魔法を組み上げる。


城壁クゥワスウォル!』


 瞬時に張り巡らされる障壁。


 その障壁を視界の隅に収めながら、未確認飛行物体たる変態女子トゥアンは、咄嗟に腰紐に下げていた筒状の魔導具を引っこ抜き、一気にマナを通してそれを作動させた。


舞姫マァファ!』


 唱えられた神聖言語ホーリーワードに反応し、トゥアンの魔導具が一瞬にして変化する。


 筒の中に、折り畳まれて収められていた魔虫の羽根がトゥアンのマナに反応し、パサリと音を立てながら彼女の目の前で広がった。


 するとトゥアンは、体を捻ってその広がった魔導具に着地し、直ぐ様操作し始める。


 そう、この魔導具は、以前作った魔導ボードを改良して作った新型魔導ボードなのだった。コンセプトは、浮遊や旋回、ホバリングに特化した魔導ボードだ。


 もとの魔導ボードは、ロイフェルトの意向によりスピードに特化した作りになっていたのだが、小回りが利かず、操作性は二の次な仕様だった。それに加え携帯には不向きで、限定された状況でしか使えなかったのだ。元々はロイフェルトが自身の娯楽のために作った魔導具であったので、機能的にはそれで問題なかったのだが、トゥアンはそれを別の用途で、しかも携帯に便利な形状にして使いたいと考え、魔導ボード開発メンバーであるロイフェルト、トゥアン、ミナエルの三人に加え、このコンセプトに興味を示した第三王女ユーリフィの護衛の一人であるティッセも参加し、計四人で開発したのがこの新型魔導ボードだ。(因みにロイフェルトが使っていた折畳式の魔導ボードも、この時に作られている)


 携帯して持ち運ぶ事を前提としているので、耐久性の面で不安があり長距離飛行や高速飛行には向かないが、今回の様な状況下では、無類の操作性を発揮する事が出来る。


 トゥアンは、張り巡らされた結界に衝突する寸前にフワリと滑空し、結界の表面を滑るように大きく旋回し始めた。


「撃ち落とせ!!」


 それを見たケルベルトは、取り巻きの二人に直ぐ様そう指示を出した。


 その指示に二人は返事を返す間も惜しんで呪文を詠唱し、魔法を放った。


月精霊の飛礫ツクォムバゥレ!』

伏影の矢ホゥエアーロ!』


 トゥアンの頭上に無数の光弾がと、同時に無数の魔法の矢が背後に生み出されて、そして降り注いだ。


「ウヒャウホヒルラプファエラルレ〜」


 間の抜けた悲鳴と共に、トゥアンは不規則な軌道を描きながらその光弾や矢をひょいひょいと避けて行く。半透明な魔虫の羽にマナが浸透して美しく薄っすら光り、上下左右に予想の付かない動きを見せるその様は、まるで空を舞う蝶のように映るだろう。


「早くそのを撃ち落とせ!」


 まぁ、あくまで見る者によっては………だ。


「がががじゃなくて、せせせせめてと言って下さいぃぃぃぃぃ!!」 


 そう抗議しながらも、トゥアンの挙動にはそこそこの余裕が見受けられ、それが、相手に取っては小馬鹿にされているように見えるのだ。


爆炎流ルルフロウ!』


 数を撃っても躱されるだろうと、今度は広範囲の炎属性魔法を放つが、トゥアンはそれを「きひぃぃぃぃぃ〜ん」と奇声を発しながらも、海の大波を滑るサーフボードのように乗り越える。


紫電疾走エルドラブ!』


 すかさずもう一人が、今度は威力は弱めだが出足が早く、回避が難しい雷属性の魔法を放った。これは流石に避けきれず、トゥアンの乗る魔導ボードに直撃する。


 しかし………


「ここここの魔導ボードはたたた耐電仕様の特別製なんですよぉぉぉぉぉ!!」


 そう、エコーを残しながら遠ざかるトゥアンの姿に、攻撃した二人はイラッとこめかみに血管を浮き上がらせ、直ぐさま追撃の為に駆け出した。


 それを見たケルベルトが、慌てて「待て! 罠だ!」と声を上げ呼び止めようと試みるが、それに被せるように言い放たれた「つつつつ捕まえられるもんならつつ捕まえて下さいですプププのプー」という頭の悪そうなトゥアンのセリフにかき消され、軽く頭に血が登った状態の二人には届かない。


 二人を連れ戻す為に自分も追いかけるべきかどうかの暫しの逡巡………しかし、その迷いを突いたかのように、状況は一変する。


「キタキタキタキタ来ましたよぉぉぉぉぉ!!」


 そう奇声を発しながら、トゥアンは人外じみた動きで身体を捻り、全てを記憶に焼き付けようとするかの様にカッと目を見開いて、ケルベルトの頭上高くにその視線を向ける。


 それに釣られるように、頭上を見上げたケルベルトの視界に写ったのは、今まさに魔導ボードから飛び降りようとしているグルエスタの姿だった。


 魔法まで使って気配を消していたはずなのに、自分達の接近に気付いたトゥアンにうすら寒い物を感じながらも、グルエスタは『今は競技に集中』と心の中で叫び、携えていた大剣を頭上に振り上げて、呪文を唱えながらケルベルトに向かって落下する。


犀撃ライネヒルト!』


 それに対してケルベルトは、直ぐさま、範囲は狭いが高い防御性能を持つ結界魔法を発動させる。


多重城壁トゥエルクゥワスウォル!』


 唱えられた魔法名キーワードと共に、幾重にも生み出される結界障壁。


 その障壁がグルエスタの剣を受け止めたかに見えたその瞬間、激しい稲光を撒き散らしながら一枚、また一枚と障壁が叩き割られて行く。


「クッ………」


 抑え切れないと悟ったケルベルトは、障壁の角度を調整しながら自らは後方へと飛び退いた。


 グルエスタの剣は受け流され、そのまま地面を激しく叩いて轟音を響かせる。そこから爆風が生み出され粉塵が巻き上がり、衝撃波となって広がっていく。


 飛び退いたケルベルトは、その衝撃波に吹き飛ばされるように地面を転がるが、何とか体勢を立て直し、結界障壁を再展開しながらグルエスタがいる方へと意識を向ける。


「ホイっとな」


 聞こえてきた緊張感の無いそんな台詞に、ケルベルトは慌てて振り返る。視線の先にいたのは、自分達が守っていた筈の守護対象クリスタルを、無造作に台座からひょいっと抜き盗ったロイフェルトの姿。


「クソッ! いつの間に!!」


 追撃に備えた一連の行動は、ケルベルトが戴く『城壁』の二つ名に相応しい優秀な魔道士の所業であったのだが、意識がグルエスタに集中してしまった事は、まだ一年生で、集団戦に慣れていない彼の経験不足が招いた失態だった。


「まだ水晶クリスタルは割られてない! ロイフェルトこいつはこの領域内では無能力者だ! 水晶クリスタルを割れない! 逃げ道を塞いで取り囲め!!」


 ケルベルトの命令に、取り巻き二人は牽制がてら魔法を放ちながら駆け付ける。


 しかし、それはロイフェルトの思う壺だった。わざわざ声を上げ、自らの存在を主張したのは、自分自身に注意を向けるためだったのだ。


 彼らは、まず剛剣の二つ名を持つグルエスタへと意識を向け、ロイフェルトとグルエスタが連携できない様に立ち回ったが、彼らの立場と持っている情報からそれは無理からぬ事であった。だが結果的に、この選択が勝負を決定付けることになる。この場で一番目を放して行けなかったのは、ロイフェルトでもグルエスタでもなかった。


「ほ〜らよっと」


 そう掛け声を上げながら、ロイフェルトが手にしていた水晶クリスタルを無造作にポイッと頭上に投げ放つと、三人は一斉にそちらに視線を向ける。その先にいたのは、得意の水魔法で水妖精の刈取り鎌ウインデクロウを生成し、それを構えた一人の少女。


 つい先程まで、逃げ惑い遠ざかっていた筈の……


「「「無音サイレント!?」」」


 彼らの顔が驚愕で歪むのも無理はない。彼女から視線を外したのはほんの数秒だ。しかも、確かに視線を外していた事は間違いないが、それでも決して彼女への警戒を解いていた訳ではなかったのだ。


 トゥアンは、その二つ名に恥じぬ暗殺者さながらの動きで彼等の死角を突いて、瞬時にこの場所まで移動していた。


「いいい以心伝心愛がなせる技アタァァァァァック!」


 トゥアンが放った大鎌の一撃が、水晶クリスタルを二つに割って、第三班と第五班の一戦は幕を閉じたのだった。


 決まり手『以心伝心愛がなせるアタック』


 ロイフェルトがトゥアンを折檻したのは言うまでもない。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「いや完敗だよ、第三班。完全にしてやられたな」


 第五班リーダーのその台詞には、一切の影がなく、むしろ清々しさを感じるものだった。


「そんな事はありません。紙一重でした。貴方達の突撃をまともに受ける事は無理だと判断した上での苦肉の策です」


 それに対するカーミラの返答も、決してお世辞ではないことを窺い知れる熱の篭ったものとなった。


「そんな事はない。一連の魔法は全て俺達の足を止める為の作戦だったんだろ?」


「………まぁ、そうです。如何にして貴方達の突進力を抑え込むかが課題でしたから」


月壁マティレクションで俺達の突進の威力を削いで、陣形を組み直し、魔法と粉塵爆発を併用して動揺を誘った上で足元を沼地化し、俺達の足を完全に止める………俺は全て剛剣に攻撃させる布石だと思っていたんだが………いや、まさかあんた等全てが囮だとは思わなかったよ」


「私達としては、第五班と正面切ってのぶつかり合いは避けたかったものですから………」


「まぁな。正面切ってのぶつかり合いなら俺達は負けない。だが………今回は勉強になったよ。言ってみれば行きあたりばったりの俺達とは違って、第三班は常に戦略的だった。魔法を展開するタイミングが絶妙で、こっちは全て後手に回ってしまった。しかも開始直後の魔法と月壁マティレクション以外はマナの消費も抑えられていたのに、あれだけの効果を産んでいたんだからな。あれじゃ、勝てねぇ。もっと的確に攻撃を仕掛ける事を考えなきゃ、俺達の攻撃力は活かし切れないな」


 そう言いいながら、第五班のリーダーは肩を竦めて踵を返した。


 それを肩越しに見やりながら、カーミラは傍らのミナエルとナーヴァへと向き直る。


第五班あそこと早めに当たっておいて良かったわね」


「そうで御座いますわね。あの攻撃力に策謀が加わりましたら、正直無傷で対応する事は叶わないと思われます」


「今回も結構危なかったですしね。グルエスタ先輩達が早めに水晶クリスタルを割ってくれて助かりました。遅れてたら消耗戦に引き込まれて被害は免れなかったと思います」


「俺は大した事はしてねぇよ」


 ナーヴァの言葉に、そう返答しながら剛剣グルエスタが森の中から姿を現した。


「こっそり運ばれ、獲物に向かって投下されて、囮としてとて使われただけだ」


「………それだけ聞くと、まるでトゥアンさんへの扱いのようですわね」


「作戦名『トゥアン』………ですか………成功したのが奇蹟に思えますね」


「これから先、トゥアンを上空から投げ捨てる戦術を基本にすれば問題なし」


「ななな何が『問題なし』なんですか?! いいい意味不明です! もももも問題ありありですぅ!」


 更にロイフェルトとトゥアンが、そう漫才じみたやり取りをしながら姿を現す。


「ご苦労。ロイフェルトくん、トゥアンちゃん、それにグルエスタ………何やらだいぶお疲れの様子ですね? 三人じゃ負担が大きかったでしょうか?」


「「全部トゥアンこいつの所為」」


 と、同時にロイフェルトとグルエスタの二人が、トゥアンを指さす。


「あああああたしは忠実に任務をすすす遂行しただけですぅ」


「欲望に忠実だっただけだろう」


「俺、今までロイフェルトのトゥアンこいつへの扱いに少し同情してたんだが、それが適当どころかまだ生温かったんだって事に驚いてる。正直ロイフェルトに同情した。お前、よくこんなのと付き合ってられるな?」


「付き合ってんじゃなくて、憑き纏わられてんの」


「同情する」


「ひひひひ酷いですぅ! ………でも、ここここの短時間で、お二人の距離が………ぐふっぐふっぐふふぉ?!」


 不気味な笑い声を上げ始めたトゥアンに、どこからともなく取り出したゆで卵を投げ付けるロイフェルトと、微弱な魔力弾を打ち出したグルエスタだったが、トゥアンは咄嗟にそれらをひょひょいっと躱した。


「無駄に能力高くなりやがって………」

「その能力をもっと別な所で活かせよ………」


 二人のツッコミが、虚しく森の中へと消え失せて、本日の水晶領域戦クリスタルレギオンレイドは終了となったのだった。


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怠惰を冠する研究者《リサーチャー》 @remwell

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