第56話 研究者はげんなりしつつ物憂げう


「ふぇっ?!」


「ろ、ロイさん、いいいきなりどど如何したんですか?!」


 唐突なロイフェルトのその奇声に、トゥアンは敵にでも見つかったのかと慌ててそう問い掛ける。


「い、いや………な、何か今、存在を忘れられていたかの様な錯覚に襲われて………」


「いい一体全体だだだ誰にわわ忘れ去られてたって言うんですか?」


「いや、分かんないけど………強いて言うなら神?」


「いいいいきなり壮大ですね………まぁ、以前お聞きした、ろろろロイさんのお話が真実なら、この世界のかかか神様から忘れ去られている可能性はななな無きにしも非ずですが………」


「うん。そだね。そういう事にしておこう」


 クワバラクワバラと、彼にしか分からない言葉を唱えながら、ロイフェルトは肩を竦めてため息を吐いた。


 時間は第五班の突撃が始まる直前まで遡る。


 ロイフェルトとトゥアンの二人は、第五班の突撃を遠目で見届けると、相手防衛エリアの索敵エリアのギリギリ外まで侵入し、相手の様子を窺っていたのであった。


 これは、そんな中での一場面であって、決してサボっていたわけではない。


「ソロソロ御大のとこに行くとしようか………」


「そそそそうですね。ああああっち・・・の進み具合によっては、ままま間に合わなくなる可能性も、あああありますもんね」


「いや、あんだけ存在感ある人間だと、黙ってても相手に見つかっちゃいそうだと思わん? それが心配になって来たんだよね」


「………ななな無きにしも非ず………ででですね。ただ、ああ見えて、剛剣グルエスタ先輩は、げげ齧歯系小動物がお好きなようですので、いいい意外と森に融け込んで、栗鼠や子鼠と戯れてるかもしれません」


「ぶふっ………ま、マジか?! あのゴツい図体で齧歯類?!」


「まままマジです。この目で見たので、ままま間違いありません。ぜぜぜ前後不覚で頬が緩んでた先輩の姿は、いい厳しいふふふ普段の姿とのギャップが顕著で、ちょちょちょっと胸キュンしてしまいました」


 クネクネ身をくねらせそう曰うトゥアンの様子に、またか………とややげんなりとした様子を見せるロイフェルト。


「お前………また変に隠形の技能スキルが上がってないか? よく剛剣に見つからなかったな………」


「みみ皆さんから隠れ果せたロイさんにいい言われたくはないですが………まぁ、しゅしゅしゅ取材活動の一環でしたので、ああああたしとしても頑張らざるを得なかったと言う事情もありました」


「………何の取材かは聞かないでおく。つーか、それ・・に俺を巻き込むなよ?」


「………」


 ロイフェルトのひと睨みからつつーっと視線を外すトゥアン。


「返事はっ!?」


「たたた例えロイさんからのご要望と言えども、ソレは聞けないおおおお話です! コレはああああたしのアイデンティティのもんだ………」

「あっそう。んじゃ、キミとのツキアイもこれまでだサヨナラー」


 トゥアンの台詞を遮り、間髪入れずにそう告げるロイフェルトの口調は棒読みだ。


「あうあうちょちょちょっとお待ちを! いいい今のセリフは………水面下では、じじ実はあたしとロイさんはおおおお付合いしているって解釈で良いですよね? と言うかそうとしか取れませんよね? やほーい! ………って、そんな無表情で何も言わずに去らないで下さいぃぃぃ!!」


「………」

 

 最早、様式美となりつつあるやり取りを無言無表情でこなしつつ、ロイフェルトの内心『なんだかなー』とため息を吐きながらグルエスタ剛剣の気配を探る。


(向こうか………)


 グルエスタの近くに敵の気配は無く、予定通り探知魔法の範囲外で気配を殺して身を潜めているようだ。


(まさかホントに栗鼠と戯れたりしてないよな?)


 反応に困るから、それはご遠慮したいと願いつつそちらに向かうと、今まさしく栗鼠に怖がれて近寄れず意気消沈中のグルエスタが視界に入る。


 その気配に気付いたグルエスタが、慌ててズザァァァッと後退り、恐る恐る、ロイフェルトとその後方を慌てて追いかけて来ているトゥアンの方へと顔を向けた。


「………」

「………」

「………」


 無言で対峙する事ほんの数瞬、グルエスタとロイフェルトのふたりは一旦つつーっと視線を外し、コホンと咳払いしてからもう一度向き直る。因みにトゥアンは既に萌えの極みに達したのか、両手で口元を抑えてプルプルと首を振りながら、潤んだ目でその光景を見つめていた。


「………あー………この後は、一人が注意を引き付け、残り二人が死角を突いて攻め込むんだったな」


「そうなるね」


 取り敢えず、今あったことには互いに触れないでおこうと暗黙の内に頷きあって、今後の予定を組み立てる二人。


「うひ………」


 そう二人だ。この場にいるはずのもう一人は、自分の欲を抑えることに精一杯で役に立たない。お約束とも思える二人のやり取りに、トゥアンの妄想癖が遂にそのリミッターを外して溢れ出る。


「ごごご剛剣先輩とろろロイさんの赤面を隠しながらのこのやり取り………ふ、普段は質実剛健で強面な先輩と行雲流水でどちらかと言うと優形なロイさん………ごごご誤魔化したい先輩はともかく、いいいつもなら指差しながら心を抉るような悪辣な一言を浴びせるロイさんが、それ・・に触れずに内心・・先輩を気遣って優しく話を進める………コレキタァァァァァ!! ついに来ました来ちゃいましたよ!! 漢と漢の耽美な恋愛物語ラブロマンスが! ロイさんが優しく微笑んで『先輩………貴方の心は俺が守ります』と言い切り、そいで先輩が少し照れながら『止せよ、ロイフェルト。俺はお前の庇護を受けるほど弱くねぇ。見損なうな』って悪態をつきつつそっぽを向く。そしてそんな先輩にロイさんが決然とした表情で『だからこそですよ、先輩。俺は貴方のその高潔さを守りたい』ときっぱり! それに対して先輩は唖然とした表情で『何…だと?』 はい、そこでロイさんが『ふふっ………先輩………俺はその顔が見たかった。俺は……』俺は………へ?」


 襟首を掴まれ、ハッと我にかえるトゥアン。首だけ振り返ると、額に青筋を立てた剛剣の姿。


「………んじゃ、此奴が囮ってことで良いな?」


「ちょちょちょっと待っ………」


「そうっすね。あ、方角はあっちです。そいつ、ちょっとやそっとじゃ壊れないんで、思いっ切りやっちゃって下さい」


「任せろ。伊達に『剛剣』の二つ名を戴いちゃいねぇ『内なるマナよイーサマーナ………』」


 無情なロイフェルトの言葉に、顔を蒼くするトゥアンに構わず、グルエスタは無表情に振りかぶる。


「んぐぇ………」

剛腕ヘラクリオス


 襟首が引かれて首が絞められ、少女らしからぬうめき声を上げるトゥアン。それを無視してグルエスタは身体強化を最大限に展開し、敵陣に向かってトゥアン変態砲を投げ放った。


「ンゴブギエルラブファ………」


 意味不明の叫び声を撒き散らしながら遠ざかるトゥアン変態。グルエスタとロイフェルトはそれを無表情に見やりながら、敵陣へ切り込む為の準備を始める。


 ロイフェルトは、蛇腹化収納に成功した新しい魔導ボードを引き伸ばしながら地面に展開し、それに飛び乗ってグルエスタを振り返る。


「んじゃ先輩、後ろに乗って」


「おう………なんつーかこれ、アイツ変態に見られたらまた変な妄想垂れ流されそうだな」


 魔導ボードに足を掛けながら、苦い物でも噛んだよう表情でそう呟くグルエスタに、ロイフェルトは「んぐっ」っと声を詰まらせ苦渋の表情を浮かべつつ、大きくため息をついてそれに答えた。


「………先輩には死角になる上空から飛び降りてもらって、あの変態の目に入らないようにしましょう」


 ロイフェルトは、無駄な努力になるかもしれないけど………と内心で苦々しく付け加える。


 自分の趣味に関わる事となると、異様なほどの執着と人外の物とも思える卓越したスキルを発揮するトゥアンを、ロイフェルトは過小評価しない。寧ろ学園内で最もトゥアンを評価しているのがロイフェルトだろう。


 トゥアンの魔導士としての学園内での評価は決して高くない。それは、魔法を使う上での学園の評価基準が、内在するマナの総量、破壊力のある高ランク魔法の習得、術式の複雑な高難度魔法の習得等々、貴族でなくては成しえぬような高い魔力が前提であるからだ。


 これらは国防を担う騎士団に所属する魔導士や、古代魔法と現代魔法の融合を図る魔法研究所の職員に必要な資質であって、どれも、平民で一般総合学科所属の更に言うなら商人志望のトゥアンには荷が重いものなのだ。


 だが、ロイフェルトの基準は違う。ロイフェルトにとって、魔法は手段にすぎない。どの魔法を使えるかではなく、どのように魔法を使うかが彼の評価の基準だ。そんな彼からすれば、トゥアンはかなりレベルが高いのだ。高い火力の攻撃魔法も複雑な術式の高難度魔法も扱えないが、自分自身の特性に合わせた魔法の取捨選択が卓越している。


 実際、洞窟ダンジョンにペアで潜るとそれを如実に感じる事が出来る。呪印を持ってるので高いレベルでの索敵が可能で、その上潜伏ハイディング能力も高く、実は斥候役としてかなり有能だ。モンスターの中に放り投げても逃げ切れるくらい逃げ足も早い。


 モンスターを一撃で仕留められるほどの火力は無いが、足止めや目くらまし、それを応用した戦闘の補助など、サポート役としても有能だ。学園内でも、魔導士としては評価が低くとも、冒険者としては評価が高い。


 魔法研究者としても、低コスト魔法の開発に於いて、高い適性がある。主に自分の商売に関わることだが、ハーブティーを作成する時に使う魔法や、魔導ボードの開発に於ける彼女の省エネ魔法理論は記憶に新しい。


 まぁ彼女は冒険者を志望してる訳でも研究者を志望してる訳でもなく、今も昔も商人になる事を志望してる訳であり、ロイフェルトとしては、こんな得体のしれない能力満載の商人なんぞ、恐くて誰も信用しないだろうに………と、内心ため息を吐いているのだった。


 見た目はドワーフ系ロリ巨乳美人で人気があるのだが、もう周りにも彼女の奇人変人ぶりは周知され始めており、遠巻きに眺めるに留めておくのが吉だと認知されている。


 素直に商人にスキルを伸ばしていけよとツッコミを入れつつ、ロイフェルトはグルエスタを乗せて彼女の後を追うのであった。


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