第34話 初めての異世界

筑紫の結論としては、「こちら側の世界のエーテル濃度を向こうの世界以上に上げる」ことが転移に必要だということだったが、その方法が問題だった。

薄膜の小部屋は『小部屋』とは言われていたが、実際には部屋ではなく8方向に道が伸びており、そこでエーテル鉱石を多少破裂させてもすぐにエーテルは拡散してしまうのであった。


そこでリンとリエルと筑紫で日々探検に行っては、探検で得られた鉱石からなるべく質の良い鉱石を選んで、『大洞窟』内部でエーテルをそこに限界まで詰めるという作業を繰り返していった。

作業をする中で、あまりに詰めすぎるとちょっとした刺激で破裂してしまうため、程よいところで止めるのが重要なのだとわかった。

そして、その作業の合間、筑紫はリエルに話を切り出した。


「なぁリエル、リエルが転移する時に私も一緒にそっちの世界に行ってもいいか?」

「……、それは……いいですけど……、どうしてですか? こっちの世界に未練は無いんですか?」

「未練が無い訳でも無いけど、こっちの世界でエーテルの研究をするにも限界を感じてるし、それならいっそ、リエルの世界でエーテルとか魔法を研究をするのもアリなんじゃないかなって。……、そっちの世界で私の能力がどこまで通用するのか分からないし、自信がある訳じゃないけど……。……、でも、まぁ本当はこれはあまり当てにしちゃいけないんだろうけど、リエルってお姫様なんでしょ? ……そっちの生活に慣れるまでは、少しの間でいいから、どこか泊めるところとか……、お世話してくれたら、それなりに生計を立てられるようにはなるとは思ってるんだけど……、なんというかとても図々しいお願いでごめんね……」

ロリ顔天才美少女が上目遣いでリエルにお願いをした。非常に様になる可愛らしいお願いの仕方だった。

「筑紫さんの頼みなら喜んでですよ!」

「本当にごめんね。でもありがと」


すると、このやりとりを聞いていたリンも口を挟んだ。

「私もリエルの世界に行く!」

「えぇ!」

「どうして……?」

「だって楽しそうじゃん!」


あっけらかんと言うリンに筑紫は忠告をした。

「……、一応言っておくと、私はそれなりの覚悟を持ってリエルに言っているんだからな……。こっちの世界に一生戻って来られなくなるかもしれないんだぞ。向こうに行ってから後悔しても遅い。それでも良いのか?」

「いい。だって私は探検をしたくて『大洞窟』で探検家をやってるんだよ。その『先』に行けるチャンスがあるのに行かないなんて、そんなの絶対に私は後悔する。大丈夫、行って後悔することは無いよ」

「……、そっか。普通は『一晩考えろ』って言うところだけど、リンならそう言うよな……」

「リン! 一緒にきてくれるなら、こんなに嬉しいことは無いよ……!」

リエルは満面の笑みで言った。

「あのね、このエーテル鉱石にエーテルを詰める作業、私が元の世界に戻るための重要な作業だって分かってるんだけど、心のどこかでずっと『終わらないで』って私思ってたの。だって、これが終わったら、こっちの世界のみんなとはお別れなんでしょ。こっちの世界には数ヶ月しかいなかったけど、みんな大切な人達だから、別れるのがすっごく辛いの」

「リエル……」

「リエルちゃん……」

「だから、リンに筑紫さんが私の世界に来てくれるのは本当に嬉しいの。ありがとうね。私の世界に来たら、大歓迎してあげるんだから、期待しておいてよね!」


 ***


そうして、できる限りのエーテル鉱石を準備をして、リエルが元の世界に戻る実行日がやってきた。

決行日の朝、筑紫は寺本に3人が薄膜を通って戻って来ないかもしれないことをあらかじめ伝えておいた。寺本に伝えるというのはリンとリエルとも相談して決めたことだったが、無駄に探検家組合に捜索隊を派遣させないためである。

寺本は非常に驚き、薄膜の向こうに何があるのかと尋ねたが、筑紫はリエルの本当の世界が向こう側にあることをを誤魔化しつつ、「何があるのかを見に行く」とだけ言っておいた。この目的もあながち筑紫の目的に近く、完全に間違いという訳でもなかった。

寺本は非常に心配をしていたが、筑紫は『止めてでも絶対に行く』と堅い決意を伝えると、ようやく納得してくれたようだった。

ただ、方法については、根掘り葉掘り聞かれたため、仕方なく答えてあげることにした。

――まぁ転移方法を聞いて、それを試して実際に転移をする人は、もはやそれは自己責任だろう。

と筑紫は思った。


そうして、リュックサックにパンパンにエーテル鉱石を詰め込み、リン、リエル、筑紫は地下3層の白い薄膜を目指して進んでいった。


途中の探検については、リエルと筑紫が何度も何度も調査のために行き来をしていたため、特に問題はなく、『リエルの小部屋』から転移術を活用して順当に目的の薄膜の小部屋に到着した。


そして、リュックサックからエーテル鉱石を取り出して、ハンモックを薄膜のちょうど真下にセットした。

そしてそこに強く光を放つエーテル鉱石を100個近く積み重ねた。いずれの鉱石もあと少しエーテルを込めれば弾けそうであるほどの光だった。

その光で洞窟内部がかなりの範囲で明るく照らされていた。

そうして、薄膜にジャンプして飛び込むための簡単な台をセットすると、リエルの世界に転移するための準備が完了した。


そして筑紫が「さて、やろうか」と言った次の瞬間、風のようにエーテルが動くのが感じられた。

これは転移術が使われた時に特有の現象であった。誰かが、この近くの転移先まで『リエルの小部屋』から転移してきたようだった。

筑紫は「面倒なことになったなぁ」と思いつつ、誰がきたのかを確認すると、寺本がその通路から出てきた。

と思ったら、その後ろに神林、さらに再度エーテルが風のように動き、蜷川と羽田と幡ヶ谷、さらにターニャと宗谷が次々と出てきた。

モンスターの大群を討伐した際の大隊メンバーが勢揃いしてしまった。


神林が代表して言ってきた。

「寺本から聞いたぜ、そこから向こうに行っちまうんだってな」

「そうですね、でも止めないでください。決意は固いんです」

とリンが一歩前に出て言った。剣士らしく、もし止めるようなら、剣を抜くことも辞さないという迫力を持っていた。

「いやいや、止めるつもりはねぇよ。でもよ、最後くらい、お別れの挨拶をしたくてよ。お嬢ちゃんたちには、本当にお世話になったからな。この数ヶ月、お嬢ちゃんたちのおかげで、『大洞窟』の探検がめちゃくちゃに進んだんだ。それこそ10年前から俺は探検家をやってるがな、この10年分と同じくらいだけ進展したと言っても過言じゃないかもしれないんだ。そんな功労者を黙って送り出す訳にはいかねぇと思ってよ」

「神林さん……」

この中で最も神林との付き合いが長かった筑紫が前に出てきた。少しだけ目が潤んでいるように見えた。


「それでよ、送り出すのに、何かお土産でも渡そうかと思ってここまで来たんだ。でもまぁ、俺もさっき寺本に聞いたし、あまり気の利いたものは準備できなかったが、せめてこっちの世界のことも覚えてて、いつでも戻ってこいよ、ってことで、これを渡すよ」

そう言って神林は非常に軽い小さな麻袋を3人に渡してきた。

「エーテル関係は向こうの世界の方が濃いから、こっちのエーテル関連のものを渡しても意味がないし、これから冒険をするのに重くて嵩張るのは渡せねぇ。だからこんなのになっちまったよ」

3人で麻袋を開けると、種子が入っていた。

「近くの園芸屋で買った花の種子だ。向こうの世界で育てられたら、こっちの世界のことを思い出せるだろ。なんの花かは3人とも違うが、まぁそれは育ってからのお楽しみってことで。向こうの世界で3人が大きな花になってくれよな」

そこまで言うと、神林もリン、リエル、筑紫が向こうの世界に行ってしまうことに徐々に実感を持ったのか、少しだけ目に涙を浮かべていた。

その他にもターニャはこの部屋に着いたときからわんわんと泣いていた。

「うわーん!」とターニャ。

「いつでも戻ってきてよね」と寺本も涙を堪えて言った。


行ってきます。

そう3人が言うと、ハンモックに積まれたエーテル鉱石に術士が5人で手分けしてエーテルを込めた。そして1つ弾け飛ぶと、次々と連鎖的にエーテル鉱石が破裂していった。

キラキラとした輝きだけが飛び散り、特に薄膜のあたりの輝きが非常に濃くなっていた。

「行くよ!」

筑紫はリンとリエルに言った。


3人で台に同時に飛び乗って、そのまま天井の薄膜へと頭から突っ込んで行った。

すると今まで全く傷1つつかなかった薄膜に簡単に穴が開き、そのまま圧力差を均されるように天井の白い薄膜へと吸い込まれていった。

スムーズに薄膜の中に3人とも吸い込まれていき、足だけが残り、そうして全身が薄膜の中へと完全に入ってしまった。


後には準備したハンモックと飛び込むための台、そして破裂したエーテル鉱石のキラキラとした輝きだけが残されていた。

神林は遂に泣き出してしまった。


そうして、リン、リエル、筑紫はこの世界を飛び出して行った。

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ガールズ・ケイヴ・エクスプローラー 皆尾雪猫 @minaoyukineko

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