第33話 初めての仮説

白い薄膜の向こう側がリエルが元いた世界だろうということがわかると、筑紫は次に、いかにしてあの薄膜を向こう側へと抜けるかを調査し始めた。

リンの日本刀で斬りかかってみたり、ハンマーで叩き割ろうとしてみても、ゼリー状にぷるぷるとするばかりで、一向に破れたり突き抜けたりはせず、柔らかく衝撃を吸収してへこむばかりであった。

また色々な術による攻撃をしても、いずれも瞬間的にその部分がへこむのみで、ほとんど効果が無いようだった。

さらに筑紫は、膜の成分分析をしようと試みたが、膜そのものは削れず、採取ができないためにこれも不可能であった。


結局のところ薄膜の正体は「よく分からない」ことが分かったのであるが、筑紫の仮説によれば、薄膜は『世界の境界面』がこの世界に実体化したものではないかとのことだった。

要するに、何らかの物質によって世界が隔てられているのではなく、2つの隣り合った世界の接地面があの薄膜なのだということだ。寒気と暖気の境界に前線が形成されるように、水と油が触れ合ったらそこに境界面が出来るように、『この世界』と『リエルの世界』の境界面が、あの薄膜のように見えているものの正体だ、ということのようだった。


リンとリエルは筑紫の説明を聞くと、分かったような分からないような反応をした。

「えっと……、なるほどですね……」

「と、いうことは……、どうしたら私は元の世界に戻れるんですか……?」

「それなのよねぇ……」

と筑紫は困った様子だった。

「ただ、境界を向こうから突き破ることは出来るんだから、向こうと条件を揃えれば、こちらから突き破ることも可能だと思うんだけど、良い案はまだ見つかって無いな……」

この筑紫の言葉に対して、少しだけリンとリエルは落胆をしたが、すぐに気を取り直して明るくいった。

「まぁ、きっと、何か見つかりますよ!」

「調査で協力できることがあれば何でも言ってください!」


 ***


薄膜の向こう側へと突き破るヒントは思いがけないところでやってきた。

筑紫は相変わらずリエルと他の探検家数人と一緒に薄膜の調査を行っていたが、薄膜から出現してくるモンスターの討伐にも徐々に慣れてきて、色々な方法で行うようになっていた。

その中で、筑紫は遅延術ディレイを戯れにモンスターにかけてみた。

「リエル……、今の見た……?」

「はい……? モンスターが遅延術ディレイによって、出現スピードが遅くなったんですよね……、それがどうかしましたか……?」

「そういうことではない。そもそも遅延術ディレイは空気中のエーテル濃度を一部だけ上げて、そこを高速で動けないようにする術だ。空気中では腕をブンブン振り回すことができるが、水中では抵抗が増して中々高速で振り回せないようなもんだ。逆に言えば、遅く動く物体にはあまり意味が無い。つまり、モンスターの出現スピードが遅くなる理由は無いんだ。だから私も『意味はない』と知りつつ、今、気まぐれに術をかけただけだったんだが、どうしてこの術で出現スピードが遅くなったんだろうな……」

「……、どうしてですか……?」

遅延術ディレイで変化するのはエーテル濃度だ。つまり、エーテル濃度とモンスターの出現に関係がありそうだが……」

そういうと、ぶつぶつと筑紫は独り言を呟き始めた。こうなると、周りの音が聞こえなくなってしまうことは、ここ最近の筑紫との探検でリエルが学んだことである。


――エーテルの濃度を上げるには……、遅延術ディレイはあくまで周辺のエーテルを……一時的なものだから……、もっと大規模にエーテル濃度を……。

ぶつぶつと独り言が続いていたが、筑紫は唐突に先ほど討伐したレッドウルフから採取されたエーテル鉱石をリュックサックの中から取り出した。

そして、筑紫はエーテル鉱石へエーテルを流し始めた。すると、徐々に徐々にエーテル鉱石が白く光り輝きだし、その数分後、エーテル鉱石は破裂しそうなほどエーテルが注入されていった。

そうして、筑紫はその眩しく光り輝くエーテル鉱石を薄膜へと近づけた。それでもなお筑紫はエーテルをエーテル鉱石に流し込み続けた。その数秒後、エーテル鉱石が流し込まれたエーテルに耐えきれずに破裂した。

リエルが術士適性検査でやったように、キラキラとした虹色に光る濃縮されたエーテルが薄膜付近に舞い散っており、明らかに薄膜付近のエーテル濃度が高まったことが分かった。

そして試しに筑紫はそこらへんに転がっている石を薄膜に押し付けると、簡単にその石の半分程度が薄膜の向こう側へとめり込んでしまった。つまりその石が薄膜を突き破り、半分だけでもその向こう側に移動出来たことになる。

「これだ……!」

先ほどよりも筑紫は明るい表情で言った。


リエルは筑紫に話しかけても大丈夫と考えて、素直に「何が分かったんですか?」と尋ねた。

すると筑紫は説明をしてくれた。

「まだ仮説段階なんだが、恐らくはエーテル濃度の差で、こちらにモンスターが流れてくると推測される。前にリエルが言ってたと思うが、確か向こう側の世界はエーテル濃度がこちらより断然濃いんだろう? つまり、向こう側とこちら側のエーテル濃度に差があることで、その濃度が平衡になろうとする力が働いて、こちらにエーテルの圧力と共にモンスターが出現してくると考えられるんだ。例えば、気圧の高いところと低いところが接していた場合、気圧の高い空気から低い空気へと空気が移動していくようなもんだな。つまりエーテル濃度の高い向こう側の世界から、エーテル濃度の低いこちらの世界に、そのエーテル濃度の差によって、こちらにモンスターがエーテルと共に転移してきたと考えられる」

「なるほど……」

リエルは何とか理解しようと必死に筑紫の話を聞いていた。


「つまり、リエルが元の世界に転移をするには、この部屋のエーテル濃度を無理やり向こうの世界以上に上げ、それと同時にリエルがその薄膜に飛び込むことで、戻ることが出来ると思われる」

そう、筑紫は結論づけた。

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