第32話 初めての光明

「モンスターが! モンスターが!!」

というリエルの叫びを先頭で聞いていた寺本は、そんなバカなと思った。

――索敵術ソナーにはモンスターは引っかかっていないが……。

そう思うも、リエルがそんな面白くない冗談を言わない子だとも知っているため、急いで八角形の部屋へと戻った。


他の隊員も小部屋になだれ込むと、例の白い膜の天井から、奇妙な足が4本生えているのが見えた。

「なんだあれは……」

寺本は絶句した。

10人の探検家に見守られつつ、天井の薄膜からモンスターが徐々に出現してきた。

薄い膜を突き破るように、奇妙に膜が捩れながらも4本足から下腹部、そして獰猛な牙が徐々に姿を表してきた。

どうやらノーマルタイプのボアのようだった。


そして1体目が完全に出現する前に、2体目のモンスターの足が薄膜の別の箇所から出現し始めた。

「おい! どうなってるんだ! 2体目もでてきたぞ!」

神林は叫んだ。

そして、神林が叫び終わると同時に、1体目が濃いエーテルの大気と共に、完全に薄膜から押し出されて洞窟に着地した。

ボアは自分の気に食わないことが起きたのか、それとも目の前に敵意を剥き出しにした相手がいるからなのか、既に戦闘態勢を取っていた。


しかし地下3層を主に縄張りとしている探検家相手では流石に分が悪く、そのボアに最も近い位置にいたターニャが、そのまま日本刀で鮮やかに斬り倒した。

しかし、2体目のゴブリンが半分程度薄膜を突き破って出て来たと思ったら、3体目のモンスターの翼も別の薄膜から出現をしていた。

「3体目だ……!」

蜷川が静かに警戒感を込めて注意を向けた。


そうして次々とモンスターが出現していき、結局、ボア、ゴブリン、バットが2体、スライムの合計5体が出てきたところで止まった。

そして今回出現したモンスターはどれも、地下3層を主に探検している探検家にとっては容易く倒せるものだったために、これらのモンスターは薄膜から完全に出ては剣士に次々と切られていった。


またいつ先ほどのようにモンスターが出現するか分からないため、警戒を解くことなく、寺本が話し出した。

「一体何だったんでしょうねぇ、今の……」

寺本は神林に聞いたが、神林も答えを持っているとは思えなかった。

「何かわかるか? 筑紫」

神林はこの中で一番エーテルに詳しそうな筑紫に話を振った。


「いや、私もそんなすぐにわかりませんよ……でもまぁ、モンスターがこちらに出てくる瞬間、一瞬だけ薄膜の向こう側が見えますよね。その瞬間を調べると、何かわかるかもしれないですね。術士なら気づいたかもしれませんが、モンスターがこちらに出てくる瞬間に、非常にエーテルの濃い大気が少しだけこちらに流れて来てましたから、たとえばその空気を調べるとかすると面白い結果になりそうですよね」

筑紫はそう言うと、リエルの方を意味深に向いた。

リエルも確かに、モンスターがこちらに完全に出る瞬間に、エーテルの濃い大気が一瞬だけ流れ込むのを感じていた。そして、先ほど筑紫がこちらを意味深に向いたことから、筑紫の言いたいことが読み取れた。


――このモンスター、リエルの世界からここに転移しているんじゃないのか?


きっとそういうことを筑紫が言いたいのだと感じた。

確かにリエルの元の世界はこの『大洞窟』よりもだいぶエーテル濃度が濃く、モンスターと共にこちらに流れて来ていた大気と非常によく似ているとリエルは感じたし、一瞬こちらに流れ込んでくるリエルの世界のエーテルが、この『大洞窟』で薄まったものと考えれば、それなりに筋の通る説明のようにも思えた。

そして、もしもそうだとすると、この白い薄膜はリエルの元の世界とこの世界を繋ぐゲートのようなものであり、これをモンスターとは逆の方向で移動ができれば、リエルは元の世界に帰れるということになる。


ここまで考えて、リエルは一気に心臓が跳ねた。『元の世界に帰れるかもしれない』という期待が急速に現実味を帯びたように思えた。

今までは、リンに『きっと戻れるよ』と言われるだけで、具体的な元の世界に戻る方法は、『きっとこの洞窟にあるはずだ』という漠然としたものだった。

しかし、元の世界に戻る方法が突然に目の前に現れた。これはリエルにとって初めての具体的な希望であった。リエルは目頭が熱くなった。


しかし筑紫は、リエルの中で期待だけが膨らんでいったのを見透かしたようにみんなに向かって言葉を続けた。

「まぁ、何にせよ調べてみないと何もわかりませんね……」


 ***


その白い薄膜の調査は難航した。

相変わらず筑紫を中心に調査を続けていくことになったが、調査を難しくする様々な要素があった。まずはそもそも調査場所が地下3層であり、転移魔法陣を使用したとしても探検には時間がかかってしまう。そして、地下3層ということでモンスターは強いものが出現しやすく、動員できる探検家が少なく、恐らく全探検家の1〜2割程度といったところだろう。また薄膜からモンスターが出てくるタイミングは完全にランダムのようで、せっかく調査に行って薄膜の前で数時間待っても一切モンスターが薄膜から出てこないことも度々あった。さらに、出てくるモンスターもどのモンスターが何体出てくるのかも決まっておらず、もしもサイクロプスのような強いモンスターや見たことのないモンスターが出てくる可能性もあり、調査にはそれなりの人数を投入する必要があった。しかも八角形の部屋のそれぞれの道は、天井から出現したモンスターの住処になりやすく、そのモンスターが調査中に襲ってくることもしばしばあった。

しかしそれでも筑紫は調査を諦めなかった。それは純粋に知的好奇心というのもあっただろうが、リエルのためという理由もあるようで、筑紫の調査時にはほぼ必ずリエルに連絡を入れて、一緒に探検についてきてもらっていた。


そしてその粘り強い筑紫の調査のお陰で、どうやら、薄膜の向こうは、この世界の大気組成とは明らかに異なることが判明した。

ということはつまり、薄膜の向こうは異世界であり、しかも感じられるエーテル濃度に鑑みると、どうやらその異世界はリエルの世界の可能性がかなり高いということが判明した。


筑紫はその分析結果がわかると最初にリエルに報告をした。

「本当ですか! 筑紫さん!」

リエルは驚き、そして元の世界がもう目と鼻の先にあると実感し、感極まったようだった。

しかし筑紫は冷静だった。

「これまでの調査中にあの膜を壊す方法や、向こう側へと通り抜ける方法もついでに調べてみたんだが、いまいちどれも上手くいってないんだ……。無理やり壊そうとしたり、術を色々とかけてみたり、モンスターが出てくる瞬間を狙ってみたりしたが、どれもダメだった。それでも、きっと、私が元の世界に戻る方法を見つけてみせるが……、もう少しだけ待っていてほしい……」

少しだけ悔しさを滲ませて筑紫はそうリエルに伝えた。

「大丈夫です。ここまで来たんですから、きっと戻る方法もじきに見つかると私は信じています!」

リエルは明るく言った。

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