2.再開に向けて

〇多くの看護師が辞めた。


職場復帰した後、まずは職場の仲間達とお互いの無事を確認し、安堵しました。

それぞれにどういった経緯を辿ったか、お互い医療職だけに気になる所は気になります。しかし、入院を契機に退職を決めたスタッフも多く、入院中にメールでやり取りしていた同僚の一人は、もう私の復職以降に現場に来る事はありませんでした。


まーそりゃそうなりますよね。自分は独り身でいつ死んでも別に構わんポジションの人間ですが、家族がいる人はそうはいかない。ポジコロは健康的な意味での危険もともかく、誤解や偏見による社会的なリスクも大きいからです。

何より、辞めた彼等の多くは国家資格を持った医療職。家族の事を考えれば、転職は極めて自然な判断だったと思います。中には、娘の学校の担任に「親の職業は絶対に他の生徒に知られないようにしてください。」と釘を刺した例もあったとか。怖い話だねぇ。でもこれが現実。


かくいう私も辞めるかどうかメチャクチャ悩んだのですが、辞めたところで次に行く宛てもなく、減った収入を補填するには調剤薬局への転職が不可欠でした。別に自分は調剤薬局での職歴が無いわけではなく、何度か管理薬剤師をこなした経験もあるので、不可能な話ではなかったのですが、ポジコロ本編でも書いた通り、調剤薬局の薬剤師は世間的には医療職とすらみなされていないですからね。所得は上がりますが、あまりにも社会的な地位が低く、しかもポジコロ騒動で処方箋枚数の低下も起きていましたから、年収交渉も厳しい現実が待っているように思われました。その為、今は転職の時ではないと判断し、取り敢えず今の現場の今後を見届ける事にしたわけです。まぁ、この他にも労災の処理とか、辞めると後が面倒な手続きも色々とあったので、ここは冷静に局面を見たといった所です。


〇再開に向けた動き


病院は再開に向けて動き始めました。ますは辞めなかった職員たちで集まって会議を開催し、今後をどうするのかという話し合いが週1ペースで開かれるようになりました。


選択肢としては4つのルートがあり、

1.玉砕覚悟で以前の通りの運営を再開する。

2.他の病院に身売りしてもらう。

3.廃院にする。

4.感染対策をしながら、新しい体制で運営を再開する。

というものでした。


実はこの会議、最初は院長不在の会議として始まり、現場のスタッフとして今後はどうした運営をするのがベストなのか?という話の骨組みを決める所から始まりました。まーぶっちゃけ、スタッフ総意としては2がありがたかったのですが、院長が断固それだけは拒否していたらしいので、1~3はもう選択肢としてはありませんでした。我々に残された道は4であり、感染対策をしつつコロナと戦っていくしかないという結論に至りました。


とはいえ、今回のクラスター騒動を原因から見返した時に、院長が

「どんな患者でも断らない!(キリッ)」

「僕らがそういう患者を断ったら、誰が患者さんを診るんだ!(キリッ)」

「こんな時に発熱患者を断るような医者は医者なんかやめるべきだ!(キリッ)」

という見目秀麗なスタンスで発熱患者を誰彼問わずに受け入れた結果だという事は明白でした。もう包み隠さず話しますが、こういうスタンスは医療職としては大変素晴らしい姿勢だとは思うのですが、ハッキリ言って病院長の器ではありません。そもそもこうした対応はキチンとした感染症対策が施された上での話になりますから、病院長は現場でそれが可能かどうかを冷静に判断する必要があるのです。それができなければ働くスタッフに危険が及ぶ事になるわけで、出来なければ発熱患者は受けるべきではありませんでした。この辺のリアルな問題は、院長のみならず、世間一般的、政治家レベルにまで、もっと広く理解される必要があると思っています。医療は科学的根拠に基づいて施されなければなりませんので、根性論で医療を提供したらどうなるのかは、今回私が書いた内容が最も分かりやすい例になったのではないかと思います。


さて、当院ではこれまでも患者の入退院は院長が独断で決めており、この事に伴うトラブルで現場はいつも振り回されているという現実があったため、今回我々スタッフは

・入退院の判断は絶対に一人では決めさせないようにしよう。

・出来ない事は無理してしないようにしよう。

・外部の感染症専門家の意見を入れ、現実的な方法で再建をはかろう。

という、基本的なスタンスを決めて、それに沿って動くという共通認識を得るに至りました。


〇専門家のコンサルが入る


会議を重ねていくうちに、今後の動きとしてスタッフの総意が固まったという事で、途中から会議には院長が加わる事になりました。院長の独断を止めさせるには部下であるスタッフからあれこれ言っても聞きもしないと思われましたが、流石に今回の件は(少しは)反省した部分もあったようで、専門家の指摘を入れてもらい、それに従いましょう。という事で、一旦の同意を得る事が出来ました。


まーこれもタラレバ論でしかないのですが、本当ならば経営者ならこの時点で今後のビジョンを冷静に見極めて、再開後を見越して設備構築に「早急に」動いておくべきだたっとは思うのですが、職員の給料が払えなくなることを恐怖していたのか、彼は特にそういった動きを取りませんでした。基本的に下から上がってきた意見に乗っかるだけしかしない人であったので、週1回の会議でしか話は進まないまま、ズルズルと時間だけが過ぎて行きました。これは後々の運営の支障となります。


さて、外部コンサルが入る事になり、某大学医学部から感染症の専門家2名が当院の視察に入る事になりました。

1.何故クラスターが起きたのか。

2.今後クラスターを起こさないためにどうすればいいのか。

3.その為には今後どのような運営がベストなのか。

彼等はこの点について的確な指摘をして帰って行きました。


まず1について言えば、「クラスターは起こるべくして起こった。」とハッキリ断言されました。そもそも当院は感染症対策に関する認識が甘く、インフルエンザの患者も隔離も別室ではなく、他の外来患者と少し距離を置かせる、位の事しかしておりませんでした。結核の患者も他の検査具と同じ部屋に隔離していたり、「今までよくこれで事故が起きませんでしたね。」位の事は云われましたよね。その上で、「今後は今まで大丈夫だったから、という発想は捨ててください。」とも釘を刺されました。

非常に残念な話ですが、この査察について最も熱心に話を聞いていたのは現場の主任看護師達で、院長はもう話のレベルについていけてないといった感じでした。頓珍漢な質問を繰り返したり、感染した患者の経過がどうだったとか、喋りたい事だけを喋るので、私を含めた現場看護師の多くが呆れて溜息をついておりました。


次に2の課題について、実に様々なアドバイスを受けました。とにかく感染対策の基本は「隔離」と「動線」が大事で、動線がクロスすれば必ず感染が拡がるという話でした。その上で、今の設備では外来患者と入院患者の動線の分離が難しく、そもそも発熱者を受けるという診療科である以上、外来と入院の共存は難しいであろう、というお話でした。


私のいた現場はCT室が1ヶ所しかなく、それも外来患者の待合室の近くにあったため、発熱患者が行き交う外来中は入院患者は検査が出来なくなるという問題が生じたのです。そもそも発熱がある外来患者と、発熱のない外来患者を区別する事も出来ません。入口を変えてみたり、診療時間を潰して換気時間を設ける等、アレコレと案は出たのですが、もう設備的に発熱外来を出来るだけの環境がない事は明白でした。


そこで、3の問題に言及するという点では、コンサル業として「我々はあくまで意見を出す立場だから、貴院に対してこのようにしなさい、と指示を出す事は出来ない。」と前置きした上で、現実問題としては外来は閉めて、コロナの入院専門病院として再建するのが現実的ではないか?という話に着地した訳です。


この当時、国を含めた自治体はポジコロ騒動で大変な危機に面していました。第2波がいつ来るのか?次にパンデミックが起きたらどうするのか?行政は保健所を含めて、次なる手を模索している段階でした。保健所の仲介で現場に視察に来たコンサルの先生方も、そういった面にも触れて提案をしていきました。

「コロナの専門病院になれば、行政からもそれなりに手厚い支援が得られる。外来を併せて再開しようとすると大幅な改築が必要となり、それに関しては行政からの支援は得にくいだろう。今の箱をそのまま使って経営を再建するなら、必要物品などの支援も得られますし、軽症者向けのコロナ専門病院として再開するのが最も妥当な手段だと思います。」

大体このような話で、設備的に外来の再建が難しい事は充分解っていましたし、危険な環境のまま再開すれば次のクラスターで今度こそ倒産である事を共通認識としていた我々は、その話に乗っかる事にしたわけです。


続く。

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