3.再開、それから起こる事

〇再開を急いだが故のアレコレ


外部コンサルが入り、再開への話し合いがようやくまとまったのが、私の自宅待機が明けてから二カ月も経過した後の事でした。ぶっちゃけ、遅すぎたと思うわけです。そもそも会議が週1回しかないってのもちょっと尋常じゃない遅さだったかと思いますが、他にクラスターが起きた病院でも早い所はもう既に診療を再開していたわけです。しかし当院は設備が整わない中、週1回しか会議していないわけですから、ある程度道筋が決まって工事を発注しようとしても、市中の工事会社は他の設備に引っ張りだこになっており、その為に工期が遅れるという状況になっていたわけです。


まーこの辺は詳しい話をしてもアレなのでザックリお話しすると、

・院内の換気扇はほぼ機能していなかった。

・病室にも換気扇が無かった。

・エレベーターの中にも換気扇が無かった。

・とにかく換気機能が無かった。

という事です。パチンコ屋の方がマシなレベルで換気機能が悪い。


ポジコロ感染対策として、動線分けと換気機能は必須となるわけですが、当院はCTが一ヶ所にしかないため、そこにポジコロ患者を入れるとなると、一度そのフロアはレッドゾーンとなり、患者を病室に戻して換気&消毒が完了するまでは他のスタッフは部屋から出歩く事が出来なくなってしまう訳です。


これは病室にしても同じ事で、私もポジコロで入院中は極力窓を開けておくようにスタッフから云われていました。病室に換気扇がないなら窓を開けての換気が必須になるわけで、春から夏はともかく、秋から冬になってくると冷えた外気で相当な負担が患者さんにかかる事になります。


それどころか、当院は築年数が古すぎて冷暖房機能も故障しており、これも大きな課題になるポイントでした。感染症病棟として再開してしまえば、工事業者もそんな現場には入ってくれなくなります。しかも、感染症病棟にはシャワールームもなく、この問題も棚上げになったまま「再開してから考えましょう。」と、結論が先送りになってしまいました。この時点で、私はもう来年は詰むな・・・という認識は持っていました。というか、私以外の多くのスタッフがそう思ったはずです。


そりゃそうですよ。建物は古い、真冬でも窓を開けての換気、風呂は入れない、外界とも隔絶、Wi-Fiもない、ついでに言えばテレビは有料、自分の体験からしても、最低としか言いようのない療養環境だったからです。


結局、再開を急いだという事でこれらの問題は全て棚上げになってしまいました。私のいた薬局にも換気機能がなく、非常に空気が悪いまま今も運営しています。ですが、そうした問題を全てクリアしている金も時間も、我々には残されてはいませんでした。一部の換気扇は冬を前に取り付けられましたが、今もまだほとんどの換気扇は機能していません。


色々な問題が山積したまま、病院は再開に向けて突き進む事になります。


〇環境よりも先に優先した事


換気扇の問題などは色々先送りにして、まず対応しなくてはならなかったのは、掃除業者やゴミ回収業者の確保でした。病院を回す上では必要不可欠な問題であり、まずはそこの話をつける事で事務方の人が色々と動きました。これには結構金がかかった模様。


一方で、我々現場スタッフは病棟を回す上で今までの紙媒体の現場をどうにかリモートワークに変える必要がありました。何しろ、感染症病棟からはあらゆる物の持ち出しが出来なくなります。一度持ち込んだカルテや処方箋も、感染症病棟内では封入環境などで隔離してウイルスが死ぬ3日間を経過した後でないと、他の部署に出す事は出来なくなるのです。とはいえ、電子カルテや院内LANシステムを導入する金も時間もない。


会議を通して苦し紛れに採用されたのが、アンドロイドやウインドウズで使えるフリーのSNSツールを使った情報共有でした。安いタブレットを各部署に導入し、それぞれにアカウントを作成、そして各々が共通するSNSツールを導入し、そのアカウント内でLINEのようにメッセージや画像を送り合うという案でした。

というか、それしか方法が無かったのでそれがそのまま採用されましたが、患者の個人情報を考えるとまず考えられない手法です。院内にはサーバーが無く、通常のインターネット環境(職員向けWi-Fi)しかありません。個人情報がザルになるという点は院長にも口を酸っぱく言ったのですが、結局他に方法はないという事で、この案は半ばなし崩し的に運用される事になりました。


失笑もんの話ですが、保険証の写真は載せるのは個人情報管理上NGで、処方箋の内容はセーフという謎の線引きで今も運営されています。(保険証だけは院内のFAXでやりとりされる事になったらしい。)この線引きは一時期ケンカになりそうなくらいスタッフ間でも揉めたのですが、もう個人が責任を負えるレベルの話でもないし、争う気も起きなくなるくらいバカバカしい話だったので、私はもうこのまま行く事に従いました。


こうして、処方箋の内容や物品の請求はタブレットを通じて病棟とやり取りをするという話が整い、いよいよ再開という流れが出来上がりました。


私はというと、薬剤師は感染症病棟には入れないため、タブレットで指示を確認したり、エレベーターを介して薬剤の受け渡しをしたり、注射用のラベルを作るなどして、病棟のサポートに移る事になりました。


というか、現行の法律制度では薬剤師にはそれくらいしかできる事が無いのです。採血やら簡単な処方指示くらい出せるなら、病棟に入っても良かったんだけど、医師会が頑なに医師の権限移譲に反対した結果、数余りを起こしている薬剤師は今でも現場で助けになる事は何一つできないのです。簡単な解熱剤の処方やら下剤の処方くらい、認めてくれればいいのにね。医師の数も増やしてこなかったし、今さら緊急声明とか、医師会はアホですよ。ネクタイ締めてテレビに出てないで、現場でナースと一緒にポジコロ患者のオムツ交換とかやればいいのに。医師免許は看護師免許の上位互換なんだから、ポジコロで患者の減った開業医でも何でもかき集めて手伝わせればいいと思うよ。一部の開業医はワインパーティとか参加するくらいには暇なんでしょうから。


〇第一波が収束してしまった


夏が終わる頃になって、病院はどうにか再開に漕ぎつける事が出来ました。

この時の体制としては、病棟は2病棟を確保し、片方はレッドゾーンの感染病棟、もう片方を感染の可能性のないグリーンゾーンの寛解期病棟としておりました。


しかし実はこの頃は第一波が収束して、患者が殆どいない状況になっていました。世間が一番緩んでいた時期でもありますね。病棟そのものも感染症病棟として隔離ゾーンを作り、伝達の手段としてSNSを駆使し、ゾーニングのルールも周知し、マニュアルも作成、とりあえず形にはして病院を再開したのは良いのですが、肝心の患者が来ない。この状況がしばらく続くと、スタッフも出勤調整で休まざるを得ない状況が続きました。私自身も交代で週2~3日の出勤しかなく、寛解期の病棟に至っては、患者ゼロにつき、ほぼずっと出勤調整の状態が続いてしまいました。


こうなると、職員の所得低下が起きてくるわけです。

出勤調整で休むと、雇用調整助成金でその分の給料は一応出るには出ますが、満額ではなく8割ほどです。つまり、休めば休むほどやはり収入は下がってしまう訳です。それだけではなく、休みが長引けば今度は本人のモチベーション低下や、不安感の方が増幅してきます。考えなくても良い事が頭の中をぐるぐると回り、遂には離職に至ってしまうという訳です。


また、片方の病棟だけが動くというのも問題でした。

第一波が収束したとはいっても、ポジコロ患者そのものは発生はしていました。しかしそれは大抵の場合が若年層の軽症者で、お風呂が無いという時点で「じゃあホテル療養するよ。」と、断られてしまいます。たまにホテルや自宅療養が困難な中高年の患者さんも入ってくるのですが、彼等はあくまでも軽症者であり、発熱が収まって経過観察の10日間を過ぎてしまえば、わざわざ寛解期病棟に泊まって無理に様子を見る必要もなく、さっさと自宅に帰られてしまいました。

しかし防護具を着ての作業は現場看護師にとってはかなりのストレスで、業務負担の大きな感染症病棟と、何も仕事が無い寛解期病棟のスタッフの間に不公平感が産まれていたというのも、予想外の問題でした。


こうして、感染が収束する中で再開した当院では、予期せぬ離職者を出す事になってしまったというわけです。


〇寛解者病棟、閉鎖。


元々ギリギリの人数でに病棟を確保していたのですが、看護部の離職者が相次いだことで、寛解者病棟の維持は困難になっていました。また、一方で患者数人を受け入れた感染者病棟では想像以上の負担が生じており、ヒマなナースがいるならこっちに寄越せよ!という声があったのかどうかは定かではないが、どうやら内輪揉めが生じていた事は間違いないらしい。減少したスタッフでは夜勤帯も回せないと判断した看護部長の一声で、遂に寛解者病棟は閉鎖に追い込まれてしまいました。寛解者病棟のスタッフも感染者病棟に回される事になってしまいました。


しかし寛解者病棟で働いていたナースというのは、そもそもポジコロに感染していないスタッフで構成された部署であり、そもそも危険な病棟での勤務は避けたいという希望を出していたスタッフがメインだったわけです。しかしここにきて急遽危険性の高い感染者病棟で働けという事になり、彼女等からしてみれば話が違う!という事にもなったわけです。こうした経緯もあって、離職者はさらに増えてしまいました。


そりゃそうだよ、彼女等だって家に帰れば夫も子供もいる普通の家庭なんだからさぁ・・・。


しかしここで、院長がいよいよ苛立ちを隠せなくなってくる。

次々と相次ぐ離職者に「医療者としての意識が低い。」だの、「一緒にコロナと戦う意識のない者は付いてこなくて結構。」などと、謎の強気発言を繰り返していた事が確認されています。スタッフは宝やぞ?アホなのか・・・?


次回に続きます。

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