第38話 フレディ。クラーケン!
刺身を食べてから二日。シャーロットに異変はない。食中毒にもならないから、鮮魚は刺身として提供することにした。
お米が届くまでの間、すいとんが大人気になっていた。そしてお米が届くと、天丼や牛丼、親子丼などが売れ筋になっていた。それでもすいとんを注文する強者もいた。
「しかし、売れ行きがいいのう。このままだと郷土料理が押されてしまうのう」
もともと郷土料理屋を営んでいたシャーロットとしては心苦しいのじゃろうて。
「そんなことないわよ。郷土料理も一緒に食べたい人も現れているのよ。それに味の改良を重ねたからね」
「味の改良かえ?」
「そう。味付けに醤油とみりんを加えたの!」
「それって日本料理じゃないかえ……?」
「え。そうなのかな?」
「まあ、ええわい。心配して損したわい」
てっきり落ち込んでいるのかと思ったが、精魂たくましく生き抜いておったわい。
それにしても、最近は平和じゃな。
※※※
「フレディ様。どうしてこちらに?」
「知っておろう。人間族との停戦協議に向けて、リオルドの意見も聞きたいのだ」
「そう言われましても、わたくしめはフレディ様の雄志に惚れ込んだのです。今さらその意見を変えるつもりはありません」
頭を下げるリオルド。
「ほう。ならお主も停戦に向けて考えておるのだな」
「はい。そのような戦局ならしかたありませぬ。全てはフレディ様のお心のままに」
「良かろう。ならその忠義に報いてみせる。楽にせい」
「はっ!」
リオルドは頭を上げると、胸に手をやる。
「楽にせいといった。そう硬くなるな。同じ
「ですが、それも7年の歳月は消せません」
オレは15才で八法砕の仲間に入った。その7年後、14の若さで入っている。
「気にするな。最年少で八法砕に入ったのはお前だ。その誇りを忘れるな」
「はい。ですが、驚きました。プライドすらも捨てて忠義を尽くそうとは」
「何を言っておる。うわべばかりを気にしてもしょうがない。本当のプライドを掲げるのなら、その誇りの高さで守ってみせよう」
そういい、オレも胸に手をあてる。
八法砕。それは八人の魔法を使える者たちが集う意思決定機関でもある。ようは優れた魔族だけに許された特権である。それをないがしろにしたものには千年の時を超えた苦しみが待っている、と言われている。
オレらはその八法砕の一人。
フレディ。リオルド。ルアン。クロエ。アイラ。フィローネ。イージス。カナリヤ。その八人により構成されている。
今はなきアイラ、クロエの跡取りも考えてはいるものの、そのふたりが人間族に滅ぼされたのは記憶に新しい。
このままでは魔族の威厳の前に滅ぼされてしまうのだ。それをさけるためにも停戦協議は行わなくてはいけない。
「これからフィローネの領土に向かう。彼女とて、戦闘は嫌うはずだ」
「そうですね。彼女なら力になってくれそうです。わたくしめよりもいい打開案を思い浮かぶやもしれません」
「そうか。お主もお主なりに考えての決定だったか。それなら早く言えい」
気弱な奴と、勘違いしてしまうところだった。
フレディが馬車に乗り込むと、走り出す。
フィローネが住んでいるところは、聖なる森の泉。そこは綺麗な命の泉があり、フィローネの身体を治癒することができる、らしい。
ここから三日。北西の方向にあるらしい魔族の集落を目指す。
「フレディ様はなぜ一人で行こうとしているのですか?」
「いいだろ。オレの独断行動だ。他の者を責めてはいけない」
はぁ~とため息を吐く御者――もといアレッタ。
「なるほど。部下のせいにされたくないから、長自らおもむくわけですか」
「そうだな。それがオレの役目でもある」
「それじゃあ、わたしどもに手柄はない、と?」
「……。そうか、そう言われるとそうだな。だが、一兵卒が言い出したところで発信力もないだろう?」
「失礼しました。まさかそこまでの配慮があるとは思いもしませんでした」
「よい。目の前の手柄を欲しがるのは悪癖だが、止めることもできぬ。そんなものよ」
※※※
「それにしても遅いのう……」
「何がですか?」
「わしの実験は成功じゃ。やはりあれは昆布とわかめ、それに海苔じゃったわい」
「そうなのですか。あの海藻が知っているものとなるとは」
シャーロットはこくりと頷いてみせる。
「昆布はダシとして使える。今日、試してみるぞい。わかめの味噌汁でのう」
昆布でダシをとり、最後に乾燥わかめを具材に加える。味噌で全体的な味を調える。
その海藻を、漁に出ている者たちから買い取る約束をしているのだ。今日は海藻を持ってくる漁師が少ない。どうしたというのだろう。
「しけっているわけでもあるまい」
風、気温ともに落ち着いている。
この町の西にある漁場は栄えている。他国からの物資も入ってくるので、この町は発展してきた。
「味噌汁は任せたわい」
「はい。もう慣れましたわ」
シャーロットはため息を吐き、見送る。
漁師が大勢いる桟橋へ向かうと、どの漁師も出掛けてはいないらしい。
「どうしたのじゃ? 海藻や鮮魚を買い取りにきたのじゃが……。この静けさは?」
たまたまいた漁師のひとりに問う。
「ん? ああ。この先でクラーケンが現れたと聞いてな。みんな休んでいるのだ」
「クラーケン?」
「ああ。めちゃくちゃでかいイカだ。あんなもんにとりつかれたらたまったもんじゃない」
「船を出してはいただけない、と?」
「ああ。さすがに命が惜しいからな。みな蓄えはあるから、一時的にしのげるのならそれでかまわないのさ」
「それなら、どうしてあなたはここにいるんじゃ?」
「おれ? おれは蓄えがなく、しかたないから船を出そうとしているんだ。このままだと飢えて死ぬ」
ふむ、としばし考える。
「なら。わしものせてくれまいか?」
「何を冗談を。いくらルナ嬢でも、いやルナ嬢だからこそ、そんな約束はできまい」
「なに、わしは何も道楽で付き合うつもりはない。そのクラーケンとやらをわしが討伐してみせる」
「本気かい?」
「この目が本気じゃない、と?」
しばしにらみ合いが続く。
「参ったよ。分かった。ついてこい。ただし、死んでも文句言うなよ」
「大丈夫じゃ。わしに負けはないのじゃ」
「えらくポジティブなこった」
がはははと笑い飛ばす漁師。
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