第37話 漁と実験!

「これがすいとん? 初めてみるわ」

「ただ小麦粉をこねただけじゃ、なぁ?」

 ダニエルがつまんなさそうに呟く。

「では。いただきます」

 シャーロットは箸をそろえて食べ始める。

 もぐもぐ。

「おいしいかも……? ご飯ほどじゃないけど、甘みと粘り気があるわ」

「そうじゃろう。そうじゃろう」

「これもメニューに加えていい?」

「もちろんじゃ」

「やった――っ!」

 わしの承諾を受けるとガッツポーズをとるシャーロット。

 すいとんの作り方を事細かに説明していく。

 それが終わると、わしはソフィアに向き直る。

「確かソフィアの両親は漁師だったのう?」

「そうだけど? どうしてそれを?」

「わしを漁にいかせてほしいのじゃ」

「また変なことを始めたのだ! 危ないのだ」

 ダニエルが危惧を抱く。

「漁って、大変だって知っている?」

「大丈夫じゃ、わしは潜ってわかめ、昆布、海苔を食べたいだけじゃ」

「……へ? なんて言ったの?」

 ソフィアが目を丸くする。

 聞き馴染みのない文字の羅列に、混乱するソフィア。

「まあ、よい。それに魚は刺身で食べたいのじゃ」

「刺身……あたるかもしれないよ?」

「昔の人は毒があるかもしれない魚を食べていたのじゃ」

「つまり?」

 ソフィアが続きを促す。

「毒があっても食べたい。そんなものもあるのじゃ」

「そんな話はないわ。大人として言うけど、それは良くないわよ」

 シャーロットが大人としてたしなめる。

「分かっておる。ちゃんと食べられるものを摂ってくるのじゃ」

「そ、そう。ならいいのだけど……」

 わしの言葉を鵜呑みにするシャーロット。


※※※


「振り落とされるなよ。ルナ嬢」

「大丈夫なのじゃ。わしは気にせんでええ」

「ルナは初めてのるんだよね?」

「そうなのじゃ。でも前世では乗っておったのう」

 前世では臨海合宿という名目で職業体験みたいなのを経験したものじゃ。それも漁の体験だったため、わしは身体で覚えているものじゃ。

 漁船に乗り込むと、グラングランと揺れる。波に揺られている漁船。小型なせいか、波の影響をうけやすい。

 まずは下見じゃ。もしかしたらいい方法が浮かぶかもしれんのう。

「そいやさ。そいやさ」

 乗組員はわしを含め四人。ソフィアと、その父・ジョセフと、その弟・ルークだ。

 しかけは網ですくい上げるというもの。漁網ぎょもうは天然繊維からできている。だから、どこかが腐食していないかを確認しながら海へ投げ込む。

 海に出て、漁網を張り魚を捕らえる。

 引き上げると、そこには多種多様な魚が捕まっていた。

「しかし、どれがうまいのか、分からんのう」

「うちで食べるのはこいつと、こいつと、こいつだな」

 マグロみたいな見た目の、と。アジ、さばみたいな魚が捕まっていた。

 漁船で食べられるものとそうでないものに分類され、食べられないものは海に捨てていく。

「こうすれば、あとで分けなくてすむ。軽くなるから動きも早くなるし、捨てた魚が巡り巡って他の魚の餌になる。これぞ自然の摂理だな」

 がはははっと笑うジョセフ。

「ほう。じゃが、うまそうなのもいるのじゃ」

「あれは毒がある。お腹にくる」

「な、なるほど。そうかのう」

 魚は捕まえるが、海藻系は食べないようじゃ。

「また絡んでやがる」

 ジョセフがため息を吐く。

「なんじゃ?」

「海藻、絡んでくるんだよ」

 見てみるとわかめや昆布に似た海藻が絡んでいる。

「待て! 待つのじゃ。それは捨てるんじゃないのう」

「ほへ。これかい? お嬢ちゃん」

 海藻を捕まえると、困惑するジョセフ。

「そうだよ。こんな硬いものを食べられるわけないよ」

 ソフィアが目を丸くする。

「煮込めば柔らかくなるぞい」

「え。煮込むの? 海藻を……?」

 やはり海藻を食べる文化のない世界には不思議に映るのじゃろう。……というか、前世でも他の国では食べていなかったし、のう。

「まあ、とっておいてくれぬか。ちょっと実験してみたいからのう」

「実験……!?」

「まあ、そう言われちゃとっておくが……。ホントに食えるのか?」

「恐らく、じゃがのう」

 さっきの魚のくだりを見るからに、こっちの食性も向こうと大差ないみたいだからのう。


※※※


 漁をおえて、一番に海藻を持って帰るわし。

 道中、いろんな人から好奇の目にさらされたが、気にしてはいけない。海苔の海藻らしきものもとれたのでよしとしよう。

 木枠で海苔を結びつけ、天日干しにする。そのあと、昆布とわかめを分ける。昆布もわかめもぬめりがとれるまで真水で洗い流す。

 ぬめりがとれると、昆布をじっくりこってり煮込む。わかめも天日干しにして乾燥わかめにする。

「これでレパートリーも増えるのう」

「おい。また何か始めているぞ」「近いうちエンジェルビーズに新メニューがのるんだろうな」「でもあれ、海藻じゃないか?」「食べられるのか? あれ」

 奇異の目が集まってくる。わしが何かを始めるたびに国営レストランにみんな集まってくる。それだけ日本食が受け入れられている証拠じゃ。

「待っておれ。待っておれ」

 わしはそう言い流すと、作業に戻る。

 ちなみに生魚ももらってきた。

 これを捌くとうまい刺身になるじゃろう。

 台所に入ると、わしは魚を三枚におろす。そのあと、刺身にしてまかないとして振る舞う。

「どうじゃ。どうじゃ?」

 わしはお米と一緒に食べるわし。

 醤油を少しつけるとうまいのじゃ。

「お、おいしいわ。でもお腹を壊すんじゃないの?」

「そのためのまかないじゃ。食中毒になるようなら、お客には振る舞えぬ。わしの特製じゃしな」

 一度、魔法で氷漬けにし、それを解凍、刺身として調理したものだ。冷凍にすることで寄生虫を殺すことができる。じゃが、殺菌はできまい。それを見極めるためのまかないじゃ。

「え。なに。私で試したの? ルナちゃん」

「そういわるとそうかもしれぬのう。こっちの人間の丈夫さが分からんし」

 口笛を吹いて刺身を頂くわし。

 刺身はうまいのう。

 もぐもぐと食すと、ごちそうさま、といいわしは食べ終える。

「おいしかったけど、今後が不安だわ」

「大丈夫じゃ。わしの回復魔法がある。いざとなったら介抱するぞい」

「そうじゃないのよ。私を利用するなんて、ひどいわ」

「いいじゃろ。これでお主もおいしいものを極めることができたんじゃ」

「極めた、のかしら……?」

 シャーロットは首を傾げて天を仰ぐ。

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