第36話 お米騒動とすいとん!

 米の配達を始めて二日目。

 わしは毎日お米を食べて元気百倍!

 お米は最強の食べ物なのじゃ。ほんのりと甘く、粘り気があり、うまいのじゃ。

 この上にサツマイモやタマネギ、ニンジンの天ぷらがこの上なく美味なのじゃ。

 うまくて舌がとろけそうじゃ。

「これが天丼……! おいしいわ~」

 目の前の母ですらうっとりとした様子で天丼を食べている。だし、醤油、みりん、砂糖で味付けしたタレを絡めて食べるのはうまいぞい。

 ちなみにダシは干物にした魚から作っておる。鰹節や昆布の代わりに使っているが、まずまずのできじゃ。

「して、漁に行きたいのう」

「漁? 魚をとりたいの?」

「んいや。昆布とわかめ、それに海苔を作りたくてのう」

「そうなのね。やりたいことがはっきりしていて、良いわ」

 もうわしのすることに口を挟まなくなったのう。母の順応性恐るべし。

「父さんも誇り高いぞ。うまい飯が食える! それだけで男は頑張れるもんさ」

「久しぶりに全員そろった……!」

 妹のレイが久しぶりに顔を見せる。

 え? わしが忘れてしまったわけなかろう。そうじゃろう。そうじゃろう。

 まだ9才の年端もいかぬ少女よ。

 くりりとしたおめめに、金の髪、きめ細やかな肌をした女の子じゃ。

 こうして一家団欒だんらんで食事をするのも、久しいのう。

「これおいしい……」

 レイがおいしそうに食べているのを見て、ふと思い出す。今までわしは自分が日本食を食べたいから、という理由で周りを振り回してきた。でも前世では誰かのために料理を振る舞ったもの。愛すべき家族のために料理を振る舞ったのだ。

 何か欠けていると感じておったが、それが欠けているのじゃな。

「料理は愛情、じゃな」

「りょうりはあいじょう?」

「そうじゃ、食べてもらう相手の顔を思い浮かべながら作るのじゃ」

「あら。いいこと言うわね。私もそう思っていたところよ」

 母の口癖じゃからな。忘れる訳があるまいて。それと、働かざる者食うべからず。この二つは母の受け売りになるのう。

「ははは。うちの台所はルナに任せた方がいいんじゃないか?」

「そ、そんな。私だって頑張っているのよ?」

「でも、お前にはこんなうまいもの作れないじゃないか」

「そんなことを言っても、私だって頑張っていたんだから!」

「そうか」

「そうか……ってなによ。まるで興味ないみたいじゃない!」

「ちげーよ。お前が話をややこしくするから、黙っていただけだ」

「言いたいことがあるのなら言いなさいよ! 男なんでしょ?」

「気を遣って言わなかったのに、それに対して怒るのか! どこまでも自分勝手な奴だな」

 ふたりがケンカを始めたところで、わしとレイは割り込もうとするが、取っ組み合いのケンカに発展してしまう。

「ちょっと。ふたりとも大人げない」

「「子どもが言うな!」」

「ええい。こうなったら荒療治じゃわい」

「どうするの?」

 レイの純粋な瞳に撃ち抜かれたが、頑張ってみるわい。

「ええい!」

 わしは土魔法でゴーレムを生み出す。シュッと風魔法で風圧を使い、ふたりを分断する。そしてゴーレムに捕まえて引きずりだす。

「ちとは頭が冷えたかのう?」

「ああ」

「つーん!」

「お母さんも、冷えたかえ?」

「つーん!」

「お母さん?」

「つーん! 私は今、怒ってます。謝罪を要求します」

 わしはため息を吐くと食事を再開する。

「飯がまずくなったのう。せっかく作ったのに」

「レイも食べる! ……うーん。なんだかおいしくない~」

 先ほどの取っ組み合いで机の上はぐちゃぐちゃしている。そんな中で食べてもうまくなるはずがない。

「「……」」

 父と母は無言で、気まずい雰囲気が辺りには漂う。

「おれが悪かった。おいしい食事の邪魔をしてしまったな」

「……私も頭に血が上っておりました。気をつけます」

「して。わしのレシピをお母さんにお教えするかえ」

「な、なるほど! そうすれば私でもおいしい料理ができるわね」

 父は苦笑いを浮かべているが、言いたいことを我慢し、呑み込んでいるのだろう。

 四人が席につくと、レイが呟く。

「やっぱりこっちの方がおいしい」

「そうか。悪かった」

「そうね。レイが一番可哀想なことに巻き込んでしまったわ」

「そうじゃろう。レイは関係ないのにのう」

「レイは、みんな一緒がいい」

「そうじゃのう。わしも、みんな一緒がいいのう」


※※※


 両親のケンカから二日。

 エンジェルビーズから耳よりな情報が入ってきた。

 お米がなくなったという。

 まだ一週間、経っていないというのに、もう完売してしまったのだ。

「しょうがないのう。らいす村に連絡をいれて至急、追加分を要求せい」

「そうね。そうしましょう」

 シャーロットがそう呟くと、フクロウの足に請求書と一緒に金貨三枚をつかませ、飛びただせる。

 ここかららいす村は馬車で二日かかるが、障害物のない空を飛べるフクロウなら半日とかからない。つまり、三日後くらいにはお米が届く手はずになっている。

 その量、50キロ。飲食店でもない限り、使い切れない量だ。金貨三枚ではあまりにも破格な金額だが、話題沸騰中の今ならまだ間に合う。

 表には〝ライス品切れ中〟と記載されている。そのせいか、客がめっきり遠のいている。

「まったく、こんなに人気にんきがでるなんて思わなかったよ」

 ヘンリーはびっくりしたような顔を浮かべる。

「お米を炊くのが一手間だけど、これだけおいしいのを作れるならいいね」

 ソフィアも嬉しいそうに弾んだ声を上げる。

「そうなのだ! うまいものは嬉しいのだ!」

 このレストランでは肉の切れ端などを利用してまかないを提供している。だからお米のうまさも知っているのだ。

 また見内に提供できないものはお客にも提供できない、とのポリシーを掲げているから、みんな一度は味わっているのだ。

 牛丼も、天丼も、おいしく頂いたのだ。

 お客は未だにいるが、頼むのはパンと肉じゃがみたいな組み合わせになっている。

「やっぱり米じゃないと、食欲が進まないわね」

 まかないを食べていたシャーロットが残念そうに呟く。

「しかたないのう。すいとんでも作るかえ」

「すいとん? なにそれ?」

「いいからみておれ」

 豚肉、大根、ニンジン、里芋、まいたけ、それにだし汁、みりん、醤油を用意する。小麦粉と塩、水も用意し、すいとんの生地を作る。他の材料を煮込み、味付けすると、生地を一口大に切り分け、一緒にゆでる。

「これでできあがりじゃ」

 本来は戦時中の米不足で作ったとされる料理じゃが、口に合うかのう?

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