第34話 ようこそ! らいす村へ!
「ようこそ! らいす村へ!」
高らかに宣言された声音に震えるわし。
ようやくここにたどり着いた。
「ここには米があると聞く。さっそく見せてくれい」
「はい。こちらに取りそろえてあります」
田んぼのあざ道を行くと黄金色に実った米粒が見えてくる。
「これがお米なの? ルナ」
「ああ。ああ! 間違いないのう。会いたかったぞい、お米よ~」
泣きながら米に抱きつくわしの姿はみっともないと、捉えたのか。それとも狂ったように見えたのか。どちらにせよ、らいす村の人が怯えるには十分だったらしい。
「本当に大丈夫なのですか? あのお方は」
こそこそと話しているが、聞こえておるぞ。
わしの耳はそう遠くはないぞい。
「それにしても、お米をここまで愛されているとは……」
「わたしもびっくりなの」
「この村の村長、カール=オイホットなのです。よろしくなのです」
「よろしくなのじゃ。わしはルナ=キルナー」
「よろしく。わたしはミア=リース」
「存じ上げております。さて、立ち話もなんですから、こちらへ」
「そうじゃな。わしもここで話をまとめるつもりはないぞい」
「良かった。ルナの行動からして、ここでまとめそうだったの」
「わしとて分別はあるのじゃ」
わしとミアは村長と同じ部屋に案内されると、さっそくお米の話し合いに応じる。
「この村の主食はご存じお米です。これを取引に使えるとなると、そうとうな量をご所望とのこと」
「まずは十キロほどのお米を頂きたいのじゃが?」
「十キロですか……? そんなに大量のお米をどうするのです?」
「わしの経営しているお店で振る舞う。儲かれば、次の月にもさらに倍のお米を、と思っておるのじゃ」
「ほう。しかし、金額の方はどうするつもりですか?」
「十キロで金貨一枚では不服かのう?」
「!? そんなに頂けるのですか?」
「ああ。お米のためなら少しくらいの赤字経営など――」
「待ってなの。わたしはそんなことを許さないの。お米の取引価格はこちらの皇族でつけておくから、それに従ってほしいの」
「そう言われるとこちらも身の引き締まる思いです」
「大丈夫じゃ。最初のうちは値も跳ね上がるというもの」
「それはそうなの。最初は需要と供給のバランスが分からないから」
「だから最初は金貨一枚から始めようと思うのじゃ」
「分かったの。でもそれ以降は安値で取引させるの」
ちゃっかり政治家らしいことを言うのじゃな。さすが皇族といったところか。
こうして交渉が終わると、先ほどの御者に頼み込む。
「今後、お米の配達はお主に任せる。確か一キロ銀貨二枚じゃな」
「そうです」
「じゃが。以降、米の配達は銀貨四枚でどうじゃ?」
「まじですか……!」
「マジじゃ!」
これで運ぶ方も手はずは整った。あとは帰るだけ。と言いたいが、先にお米の味を確かめねば。
「うまそうじゃの」
この色艶、いいお米のようじゃ。
「いただきます」
そう言って炊けたばかりのお米を口に運ぶ。
わしを見ていたミアも倣うように食べ始める。
「う、うまいぞい!」
品種改良が進んでいないとはいえ、お米であることに代わりはない。粘り気と甘みは少ないが、米としてのうま味は残っている。
「おいしいの。珍しい味ね」
「じゃろう。じゃろう!」
持ってきておいた塩をとりだし、お米を丸めていく。塩気の効いたおにぎりとなった。漬物も出してみる。
「このセットがうまいんじゃ~~♪」
おにぎりと漬物のセットに
「
わしはつい希望を口にしてしまう。
「ノリ、コンブ。それもおいしそうなの! どんな形をしているの?」
「黒い紙じゃ。昆布はもっと分厚い紙じゃ」
「え。それを聞くとおいしくなさそうなのだけど……」
「それが絶品なのじゃ。今度は漁に出るかのう?」
「りょう? 分からないの……」
ミアが頭をひねっているが、答えを導きだせないでいる。
「まあ。そこまでは求めていないのう。そうじゃ。そこで待っている村長、他も、食べてみい」
わしは漬物とご飯のセットを出してみせる。
「ほう。ただの白菜とキュウリではない、と?」
「わしの言っているのは本当じゃよ」
村長はゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと口に運ぶ。
パリパリと小気味よい音を立てて塩漬けを食べ始める。その勢いでご飯も進む。
「う、うまい。これはうまい」
村長が食べ始めると、他の人にも伝播していく。他の者どもも、食事を始めていく。
みなが感動している中、わしはひとり村長を捕まえる。
「そういえば、イナゴで困ってはおるまい?」
「はっ! 困っております。なぜそれをご存じで?」
「ほう。まさに山形。して、そのイナゴも買い付けよう。安くはあるが」
「まじですか?」
「マジじゃ」
山形の郷土料理ではイナゴの佃煮というものがある。見た目はグロテスクだが、甘辛に煮込まれたのはなかなかに美味である。
それに今度は山形料理のダシでも作ってみるかのう。あれもなかなかにうまいんじゃ。
「まさにほっぺが落ちそうなうまさじゃな」
「
わしの言葉に反応したミアが困ったように眉根を寄せる。
「もう漬物がなくなったの。帰りの分はどうするの?」
「大丈夫じゃ。塩おむすびでも食べるといい」
そういえば、こちらの世界で梅を見ることがないのう。梅干しがつくれたらとても良いのに……。
「そういえば、梅はあるかえ?」
「うめ……? ですか? 聞いたこともないですね」
「そうなの。うめとやらもおいしいの?」
「ああ。うまいぞい。でも、知られていないんじゃ、探しようがないのう」
この世界は向こうにいた前世と似せて作られている。となれば、植生もまた同じような感じではないだろうか。
セクメトは神に至る道のり、などと言っていたが、競い合わせることで成長を促すというのか。そのためなら植生も同じにするのじゃろうか。
「うーむ」
「何を悩んでいるの?」
「いや、神様はどんな試練を与えるのか、と思ってのう」
「そうね。でも、今日まで頑張ってきたお陰で、おいしいものを食べることができるの」
「そうじゃな」
「ルナならもっとおいしいものを考えていけるの。それを支援するのも、わたしの役目なの!」
「ミアは賢い子じゃのう」
この子も神様へ至る道のりを強いられているのじゃろうか。それはあまりにも悲しいのう。
女神セクメトへの同情を誘うものとなっておる。
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