第四章 クラーケン

第33話 米とセクメトの計画と!

「帰ってきたばかりなのに、もう出発するの?」

「お母さん。でもわしにはどうしても、行きたい場所があるのじゃ。そこにある米をこちらにも輸入したいのじゃ」

「そう。目的がはっきりしているのなら、問題ないけど……」

 言葉に詰まるようにしゃべる母。

 わしのことが心配で心配でしかたないといった様子か。

「大丈夫じゃ。二重字勲章、二個目で、さらに皇族の準男爵家に認定される日も近い。これでヘンリーの店の経営も任されているのだから、そうしたらいいのじゃ」

「分かったわ。あなたの意思は尊重するわ。でもこれだけは忘れないでね」

「なんじゃ?」

「私も、父さんも、あなたを大切に思っているわ。何かしてあげたいと思ってあなたを生んだのよ」

「……そうか。分かったのじゃ。今度も無理せずに行ってくるのじゃ」

「何を言っているの! あなたは十分無理をしているじゃない。ひとりで敵の隊長とぶつかり合ったと聞いているわ」

「そうじゃな。今度からは気をつけるわい」

「それで無事に帰ってこれるんでしょうね?」

「そうじゃ。今度こそは大丈夫じゃ」

「そろそろ、いいかい?」

 御者が気まずそうに訊ねてくる。

「そうじゃな。そろそろ行ってくる」

「気をつけて……」

 小説で忙しい父に代わって見守ってくれるのは母だけ。

 ヘンリーやソフィア、ダニエルはエンジェルビーズで未だに働いているのだ。

「それでは、行ってくるぞい」

「わたしもついていく!」

 いきなり飛び込んでくるのはミア。

「ミア様! あなたには謁見すべき相手がいると聞く。行かせられません」

 母が引き留めようとするが、ミアは首を振る。

「わたしがいれば無理はしないでしょう?」

「それは、そうかもしれませんが……」

 これには面食らったような顔をする母。

「では出発しますぞ」

 御者が大きく鞭をしならせると、馬はいななき、馬車が動き出す。

 その方向は南。暖かな気候と穏やかな空気が漂うという、この国で一番安全な土地と言われている、らいす村。

 そこにはたくさんの米があると聞く。

「うまくいけばこちらでも米を育てる必要があるのじゃ」

「そうなんだ。そんなにおいしいの? ライスって」

「ああ。それはもう絶品じゃ。穀物の中では最高級じゃな」

「そんな美味しいものがあるなんて。わたしも勉強不足なの」


 馬車が数時間ほど走ると、御者が馬車をわきに止める。

「ふう。ここら辺でひと休憩といきます」

「分かったのじゃ。馬も休ませないといけないじゃろうて」

「勤勉な方々で助かります」

 中には無理をさせて馬を走らせるという野蛮な人もいるとか。馬の扱いが分かっていないものが多いこと。

「昼休みじゃ。漬物とサンドイッチでもつまむかのう」

「それもいいの」

 しかし、サンドイッチと漬物は合わないのう。

 早くおにぎりと一緒に食べたいものじゃ。

「何を考えていたの? ルナ」

「ちとな。お米のレシピは多いからのう。実際に食べるのが楽しみじゃ」

 じゅるりとよだれが垂れそうになるのを押さえ込み、目の前のサンドイッチを食す。

「今回もツケモノはおいしいの!」

「そうかのう。そうかのう」

 米が手に入るのなら、ぬか漬けとかもできるじゃろうて。カツ丼、豚丼、親子丼など。米の使い道は無限に広がっている。できれば寿司や刺身なども食べたいが、新鮮な魚はなかなか手に入らないからのう。


 昼休みも終わり、再び荷馬車にゆられること、数時間。

 闇夜の森を抜けて、小さな村にたどり着く。

 テマエの村。

 ここがらいす村の一歩手前の村。今日はここで一夜を過ごす。

 宿舎を借りうけ、わしとミアが同じ部屋になった。

 ゴロゴロとベッドの上を転がるミア。

「わしと一緒だと大変じゃろ?」

 今さらながら、皇族であるミアに気を遣う。彼女は普段、もっと柔らかなベッドの上にいることが多いのだ。

 こんな硬いベッドなど、気に入らなくても当然じゃ。

「そんなことないの。勉強不足なわたしに、色々なことを教えてくれるから楽しいの! それに父が言っていたの」

「なんと?」

「民衆の声を聞け、と。だからルナの声も聞きたいの!」

「それなら早く戦争が終わるといいのじゃが」

「そうなの。わたしもそれを望んでいるの。だって、戦争は痛いし、怖いものだって知っているから」

 目を伏せるミア。

 その身体をよせ、頭をなでる。

「そうかのう。戦争は良くないことじゃ。それを知っているだけでも十分じゃ」

 この間まで戦闘をしていたとは思えないほどの平穏に、身体が震える。

「次期党首はお主じゃ。ミアのしたい世界にすればよい。それができるのはミア様だけじゃ」

「また、ミアって言うの。でも、それが希望なの?」

「そうじゃ。戦争のない、暖かくて優しい世界を作っておくれ」

「うん。わたし、そうするの。だって悲しいのは嫌だから」

 ミアは本当に優しい子じゃ。他人の悲しみを自分のことのように悲しんでいる。

 戦争で失った命を悲しむことのできる強い子じゃ。わしらはこの子を大切に育てなくてはいけない。

 それがわしの役割なのかもしれないのう。


 夜になり、わしが寒さで目を醒ますと、トイレに向かう。

 トイレが終わると、頭に声が響く。

『やってくれたね。私の加護にも触れてくるなんて……』

「セクメトかえ?」

「そうだよ。私の加護を受けた魔族すらも、倒してしまうなんて、ね」

「奴に肩入れするのはなぜじゃ? なぜ、どちらか一方の味方をしない?」

「私らはもっと複雑なことを考えている。私らの高みまで至れるのは人間族、魔族、どちらにもいる。そんな彼らを導くのは私の役目」

「して、わしに〝強奪〟の能力までも与えたかえ?」

「そうね。そこまで知っているのなら話が早いわ」

 魔道書に書いてあった数千年に一度の逸材。全ての能力を引き継ぐことができる神に愛された人間。

 それが〝強奪〟の力を持った人間。

「あなたには期待していたが、ここまで派手にやるとは思ってもいなかった」

「そうじゃろう。でも、わしはまだこっちでやることがあるじゃろうて。神のいうとおりに生きるわけには行かぬ」

「私らと同じ高みには至れぬ……と?」

「そうじゃ。人間、そう簡単には神になれぬ」

「研鑽と思いやりがあれば、神になれるというのに?」

「どんな逆行も乗り越えて、さらに上を目指せ、と? わしには無理じゃ。わしは人間の限界を知っておる。仲間を増やしたいのなら、もっと別の世界を作れ」

「その言い方、本当に神になるつもりはないというの……」

 残念そうに呟くセクメト。

「今日はもう遅い。また説得しにくるわ」

 そういってセクメトは姿を消す。

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