第26話 前線と撤退!
前線にたどり着き、わしたちは状況を確認する。
「どうなっておるのじゃ」
「なんだ。あの小娘は」「いつの間に子守りをするようになったんだ?」「あれじゃ、笑ってくれって言っているようなものだな」
クスクスと笑っている者たちがいるが気にしてはいけない。何も知らないのだから。
「聞いて驚け! 今日は〝破壊の帝王ルナ〟様がやってくるらしいじゃないか!」
テントの一画から飛び出してきた
「あ」
伍長が驚きの声を上げると、周りが一様にざわめく。
「もしかしてルナ様ですか?」
「言われなくともそうじゃろうて。しかして、わしがルナじゃ」
「「「おおっ――!」」」
と歓喜の声で震える一同。
期待されるのも、相手の目標になるのも嫌じゃが、しかたない。セクメトの言う通り、目立ちすぎたのじゃろう。
出る杭は打たれる。噂される人間になれば、みんなから嫌煙と期待の眼差しで見られることになる。敵には過度の警戒を強いられる。
「嫌な時代じゃ」
「そうだな。おれたちが立ち向かわない、と子どもも守れぬ」
わしを見て、はっとした顔になる。
「いや、なんでもない」
子どもと知って顔を背けるか。お主もたいがいよのう、伍長。
「しかし、どうなっているんだ? この編成でよく持ちこたえたな」
ヒースが盤の上にのった地図を片手に敵地を見わたす。
四方八方から攻められて、今は背水の陣といったところか。まとまっている分だけ、こっちの方が有利だが、いつ攻め落とされてもおかしくはない。
「後ろの川はどのくらいあるかえ?」
「ん。幅は八メートル。深さは六メートルはあるぞ。そんなのが役立つのか?」
「ふふ。それは見てのお楽しみ、という奴じゃな」
「ルナ様がお考えなら、いっそやってみようじゃないか」
「伍長もそう仰るのなら、まずはそこら辺の木を切り倒さないといけないぞい」
「そっち。もっと縄を引っ張るぞい」
「うへ~。くたくた……」
「にしても何をなさるつもりだ。破壊の帝王ルナ様は……」
部下の言葉にも耳を傾けるのが民の上にたつというもの。だから
「これから何名かに泳いでもらうのじゃ!」
「「「え――っ!?」」」
批判の声があがるのは当然で、わしは
「して。泳ぎがうまいのは誰かえ?」
「はっ。三人ほどおります」
「じゃあ、縄を持ったまま対岸まで泳いでもらうのじゃ。それに全員に泳ぎの練習を!」
「ええ……それはちょっと……」
「これで勝てれば我々の志気も上がるというもの。やってもらうぞい」
わしひとりの説得では難しいのう。
「さあ、出発だ。相手は二重字勲章だぞ。何か意味があるのだ」
「もう訳分からない」
※※※
「ほれ見ろ。我の部下は無傷で帰ってきたぞ。フレディ」
「それは……お前が時間遡行できるからだろ? 実際に戦っているのはお前ひとりじゃないか。それでも戦えるのかよ」
「ふむ。我なら部下の動きをも把握したまま戦えるというもの」
「だが、時間遡行には代償がある。それに使う度、自身の身体に痛みがフィードバックしてくる、のだろう。それでこの前線を維持するのは無理がある」
「そうかね。我は今ところやってのけているさ。それにもう少しで部下で固めている。近いうちに追い詰めることもできよう」
「そうですか。ならオレは傍観に徹しますぞ」
「言わぬとも分かっておる。我はこの軍勢で堕としてみせる」
ちっと小さく舌打ちをするオレ。
このクロエは聞く耳を持たないようだ。しかし、なんて軍勢の多さだ。弱い代わりに数で圧倒するのが奴のやり方か。装備はほとんどが槍。距離をとり追い詰めていくもの。その後ろから矢を放ち、敵を堕としていくのだろう。
クロエのやり方は確かに損耗率の低いものになるだろう。だが、それだけで全てを解決できるとは思わない。
相手にだって脳はある。他の方法で攻撃を企むものも多いかも知れぬ。きっとこの戦略すらも、分析・解析されすぐに戦略が無駄になる日も近いだろう。
「アルディ。ここから退くぞ」
「はい。しかし、そのあとはどうします?」
「いったん、第二次拠点下がる。残存勢力をまとめてシャツ村へむかえ」
「分かりました。こちらでまとめておきます」
「頼むぞ、アルディ」
「お任せあれ」
オレは馬車馬を借りると即、シャツ村へと向かいだす。
その途中で『破壊の帝王ルナ』の名を聞く。天の水、その街で出会った人、ひとりの少女を思い起こさせるがすぐに
あの子が戦場にいるはずはない。きっとあの魔石も宝の持ち腐れにでもなっているだろう。でなきゃ、売りに出せばいいのだ。オレが悩むことではない。
「今夜中にはケリをつけるというのに、そんなに慌てて荷造りか?」
「クロエ。この
「言ってくれるわね。でも、時間遡行があるのだから、問題ないわ」
「時間遡行、そこまで便利なものかね」
オレはクロエの無謀さに呆れかえり、その場を後にする。
アルディとオレたちは後方にあるシャツ村へと向かう。あそこにはまだうまい飯が残っているのだろうか。
※※※
「して、ここで狙い撃つ」
カンッと音を立てて、金属の棒が地図の位置を指し示す。
「ここで弓兵をそろえるなんて。でもみんなこっちに避難するのだろう? やっていけるのか?」
「大丈夫じゃ。今夜はルーン文字で刻み込んだ漬物でバフをするのじゃ」
「バフ、ですか……?」
「一時的に能力を高めることになる。試している時間はない」
「いきなり、実戦しなきゃいけないのか」
「そうじゃな。今夜あたりにでも攻撃をしかけてくるじゃろうて」
「なぜ、それが分かる? ルナ嬢」
「奴らは月明かりを狙っているのじゃろう。さて、みなに漬物を配るかのう」
わしは一枚一枚にルーン文字を刻んだ漬物をみんなに配る。
塩気が効いていたのか、みなうまそうにかじりついていた。
「うまい。これをこの味を楽しめるなんて!」
若干酔っているのかと思わせるハイテンション感に少し苦笑がもれる。
「今夜が山場じゃのう」
「それがなんで分かるんです?」
伍長が訊ねてくる。
「やつらは広範囲に部隊を分けておる。だから食糧などの補給は裏から回るしかない」
「それは分かりますが」
「部隊が広範囲なら、物資を届けるのも時間がかかる。となればすぐにでも攻め込みたいはず。次の攻撃を流暢にしている場合じゃないのじゃ」
「な、なるほど」
こっちが有利になる局面でもあるしのう。
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