第24話 工房と女神!

 わしは二軒先のダニエルの父の工房に赴く。

 そこではカンカンッと金属を叩く音が響く。赤く熱せられた金属の板に、金槌を振り下ろす姿が見える。

 ガーリー=アランの工房。

「なんじゃほら!」

「えいやほら!」

 ガーリーとその子分がカンカンと叩き続ける。叩けば叩くほど、金属の棒は伸びていく。

「おろし金を作ってくれるかえ?」

「あん? おろしがね?」

 動きを止めるガーリー。溶接用のヘルメットをあげるガーリー。

「おろしがねってなんだ?」

「こう金属の板にとげとげとしたものがついているものじゃ」

 わしは紙に書いたイラストを見せて言う。

「ほう。面白い形をしているな。なんにつかうやつだ?」

「料理につかうのじゃ」

「それってあの……エンジェルビーズ?」

「そうじゃ。そこで大活躍じゃな」

「むむ。それは気になるな」

「そのほかにも料理道具一式をここでそろえようと思うんじゃが」

「ほう」

「修理も、新しい料理道具も。わしの武具についても同様じゃ」

「それはありがたい話だが。金しだいだな」

「それならほれ」

 わしは金貨十枚を懐から取り出す。

「ほう。たいしたもんじゃないか。これだけあれば当分は困らないな」

「いい仕事じゃないっすか。親分」

「そうだな。じゃあやってみるか」

 カンカンと金属音を鳴らし、おろし金を作り始めるガーリー。


 作り終えると嬉しそうに金貨を受け取るガーリー。

「これでどうじゃ?」

 そこにはおろし金――に似たものができている。

「う、うむ。これでもすりおろせそうじゃが……」

「む。それはやるから新しく作り直してくる」

「い、いや、これでもいいのじゃ」

「中途半端なのは気に食わん! ワシはやると言ったらやる!」

 職人気質なのか、徹底したようすにあたふたする。

「行っていいっすよ。まだお客さんがまっているっしょ」

「そうじゃの」

 わしは走ってエンジェルビーズに向かう。


 エンジェルビーズの厨房に入ると、大根をすりおろしてみる。

「ほう。これは危ないが、なんとかなりそうじゃ」

「「「おお――――っ!!」」」

 食欲を我慢に我慢を重ねてきたお客さんがどよめきの声を上げる。

 チーズはハンバーグの中程にいれ、形を整える。両面、焼いて肉汁を閉じ込める。皿に盛り付けると、その上からおろしと醤油でハンバーグを作り終える。

「これでどうじゃ?」

 わしの盛り付けた皿を運んでいくヘンリーとダニエル。そしてヘンリーの母。

 みんなに行き渡ると、おいしそうに食べ始めるお客さんたち。

「「「いただきます!」」」

 お客さんたちが一斉に食べ始めると、みんな顔をほころばせる。

「「「うまい! うまい! うまい!」」」

「ここで米があるといいんじゃが……」

「米? ライスのことか? それなら大陸の端、らいす村にあると聞く穀物じゃないか?」

「そうかもしれないかのう。どうすればいけるのじゃ?」

「うむむ。待っておれ。今思い出している」

「この紙に書くのじゃ」

「紙! なんて高価なものを!」

 紙はやはり高価なのじゃな。それもすぐに安くなるじゃろうて。

「これはわしの考案した紙じゃ。書いておくれ」

「いや、おれは書く読むができないんだ」

「そうかのう。じゃあ、わしが代わりに書こう」

「そうか。それなら書けるな」

 わしはそのものの話を聞き届け、紙にしるす。

「それじゃあ、今度行ってみるわい」

 らいす村への行き方を教えてもらうと、わしは厨房に引き下がる。

 再びハンバーグを作り始める。

 そのあとの客も、チーズおろしハンバーグを頼んだものが多い。

 夜になると、枕を高くして眠る。


 枕元に現れるセクメト。

「久しぶり、私はセクメト。この世界の神よ!」

「なんじゃ。今さらわしに何かようかえ?」

 わしは寝転んだまま、訊ねる。

「本当は魂を洗浄して、綺麗になった魂がひとの身体にとりつく。それが失敗してしまった例ね。上司に連絡はしてないから、あまり目立たないでほしいな~」

「目立つことをやった覚えはないのじゃ。わしはただ日本食を食べたいのじゃ」

「それが目立つことをしているって気がつかないのかしら……」

 はーっとため息を吐くセクメト。頭痛を抑えるように頭に手をそえる。

「とにもかくにも、もう女神に頼る必要はないかのう」

「えー。私としては不服なのですが……」

 残念そうに呟くセクメト。

「それよりもわしのチートは絶対防御かえ?」

「そう! それだけじゃないけどね!」

「ほう。他にもあるかえ?」

「そう。前世での善行を積んだから、今のあなたはかなりのチート持ちよ。でもすぐには発動しないようになっているわ」

「そうかのう。それが分かっただけでもいいわい」

「え! それ以上聞くのが道理じゃない?」

「知らぬ。わしはわしの知ることしか知らぬ」

「なに名言っぽく言っているのよ!」

「うるさいわい。いつまでも眠れないのじゃ」

「もう! そんなんじゃ、私が帰れないじゃない」

「どういうことかえ?」

 わしは首を傾げる。

「あなたの魂を洗浄して新たな身体にするのが私の目的だったのに」

「それはつまり記憶までも消すつもりかえ?」

「そうよ。そうしないと神様に怒られるのよ」

 神様。もっと上の存在がいるということだろうか。

「とにもかくにも、わしに、その意思はないぞい」

「それが問題なのよ。意識が薄くなったものじゃないと魂は引き剥がせないのよ」

「うむ。して?」

 わしは寝転んだまま、訊ねる。

「寝ている間にとろうと思うわ」

「なんで自分から弱点を言うのじゃ。……寝ないぞい」

「え! そ、それは困るわ。次これるのがいつになるか分からないし」

 全部ぶちまけているぞい。この女神。

「困ったわ……。このままじゃゼウス様に怒られるわ」

 困ったように首を傾げるセクメトであったが、わしには通用せん。

 わしはこのまま、こっちの世界で日本食を楽しんで一生を過ごすのじゃ。前世で夫になった栄太との出会いもあるやもしれぬ。

 栄太はいずこへ……。

 彼は前世の記憶を失っておるのじゃろうか。といっても、性格までが違うとも思わん。彼が生きておるのなら、わしも幸せじゃろうて。

「ルナ……いやマチコは何を考えているのかしら?」

「わしは自分の幸せを祈っておるだけじゃ」

「前世ではあんなに善行を積んでいたのに……」

「わしが幸せになったのら、みんなも幸せになれるのじゃ。そして、その輪を広げていくのが社会に出る、ということなのじゃろうて」

 うんうんと頷くわし。

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