第三章 時の世界

第22話 魔法!

 リース領地に帰ると、ミアが抱きついてくる。

「お帰りなさい。ルナ!」

「そんなに嬉しいかのう」

「ええ。とっても! ……あれ? 下の方がなにか」

 そういえば性転換の水は一週間ほど続くかのう。

 慌ててミアを離すと、わしは心を落ち着ける。

「なんでもないのう。ちょっと休みたいのじゃ」

「そうなの。分かったの!」

 ミアがそう言うとわしはお風呂へと向かう。

「わたしが湧かせるの」

 ミアが実家にいる時点でおかしいと思っていたが、彼女は毎日のようにわしの帰りを待っていたそうじゃ。そこまで好きになるとは思わなかった。

「しかし、父と母はなにをやっているのじゃ」

「今日もツケモノを仕込んでいたの」

「なるほど。毎日稼いでいるかのう」

 もうお金に困ることもないというのに。勤勉な両親じゃのう。

 ミアが率先して火をおこすと、風呂の水を温める。

「これで暖かくはいれるの」

「ミア。ありがとうなのじゃ」

 わしは裸になると、風呂に入る。丁度良い暖かさで安心じゃ。

 でも、気がつかなかったのか、わしは今、男の身体になっておるのじゃった。

「……っ!?」

 それに気がついたミアが顔をまっ赤にする。

「あああ、ああああ。ルナのルナがルナで!?」

 バグったミアを尻目にさっさと身体を洗い終える。

 こんなもの見せたらミアに毒じゃ。さっさとしまうかのう。

「ルナは男の子だったの!?」

「い、いや。これは天の水の影響じゃ」

「それなら子どもも産めるのね!」

「へ……っ!?」

 驚きのあまり言葉を失ってしまう。

「わたしたちの子が……! げへへへへ」

 若干、笑い方が汚いが、ミアにとっては朗報だったのだろう。

 お風呂を終えるとすぐに衣服をまとう。

「なんじゃか落ち着かないのう」

 わしは風呂場から出ると、すぐに和紙作りに関して訊ねてみる。

「して。紙はどうなっているぞい?」

「紙作りは順調なの。すぐに普及するの」

「それはひと安心じゃな。うん」

 魔石を転がして見る。

「それ、魔石じゃないの?」

「ああ。親切な人にもらったかのう」

「親切なひとって……なかなかそんなひといないの」

 まあ、わしが完全無敵な身体でなければ、今頃ひどい怪我を負っていたかもしれないのじゃ。そういった意味では安いものかもしれぬ。

 とはいえ、ひかれてた慰謝料といってもミアは怒るかもしれぬ。

「それよりも、どうするの? 魔法の勉強をしないの?」

「ああ。そういれば、そんな話もあったかのう」

 すっかり忘れとったが、そんな話もあったのじゃ。

「よし。今すぐに図書館へ向かうのじゃ」

 わしとミアは国立図書館へ向かう。

 馬車を走らせること十五分ほどで目的地にたどり着く。

 赤煉瓦で統一された、漆喰の壁が外観になる図書館だ。

 中には数百種の本が並んでおり、その総数は三十万冊以上。中でも魔法をつかさどる本が一万冊近くある。

「して、まずは基礎の基礎から学ぶ必要があるかのう」

「驚いたの。本が読めるの!」

「わしの父は小説家ゆえ、文字の読み書きはできるかのう」

「じゃあ、お父さんの本もここにあるの」

「そりゃ分からん。物語をつくるのが好きで好きで、底辺作家じゃとして、活躍しているのじゃ」

「底辺……? そうなの?」

「恐らく……じゃ」

 言葉にはしていないが、わしには理解できるものではなかった。小説としては難しいことばかり連ねているからのう。

「それよりも、じゃ。基礎になる本はどれかのう」

 初級魔術。

 誰でも分かる魔法の書。

 ゼロから分かる魔法のススメ。

 なるほど。どれも基礎から学べそうじゃ。

「とりあえず、この三点を読んでみるかのう」

「ん。どれも基礎から学べるの。よく見つけられるの」

 だって初級て書いてあるじゃろ。

「わたしが見つけるまで一年はかかったの」

「それは遅すぎじゃな」

「そんなことないもん! わたしだってやるときはやるんだから」

 両手をグーにしてボクシングのようなポーズをとる。

「そうなのじゃ。そうなのじゃ」

「ホントだもん!」

 ミアが両手を後ろに伸ばし抗議してくる。

 その三冊を読んでみて思ったことがある。

 魔法の基礎はルーン文字とよばれる古代文字らしい。

 四つの四大元素と、精神アストラル体の五つからなる五芒星がこの世界の魔法の基礎。

 五芒星の描き方や詠唱の言霊。どれもどこかで聞いたことのある言葉だ。

 ちゃんとした勉強はあとにするとはいえ、目の前にいるミアがにっこりと笑う。

「ちょっと。ちょっと!」

 後から追ってくるミアを置き去りにし、わしは実家へ帰る。

「なんじゃ?」

「なんで勉強、やめちゃったの?」

「いや、一区切りついたかのう。あとは実戦してみるのじゃ」

「実戦って……」

 わしは領地の端で水魔法の詠唱を始める。

 突き出した手のひらに水分子を集約するイメージで、水のボールをつくる。それを穴の開けた風船のようなイメージで飛ばす。

 と目の前にあった樹木に直撃させる。

「すごいの……。わたしの三ヶ月分かけて覚えたの」

「ふむ。次はこうかのう」

 イメージした水の形を変えてみせる。詠唱の修正だ。

 水の形を球から円盤状に変えてみせる。

「そんなことをしても無駄なの」

 やれやれと分かったような顔をするミア。

「それはどうかのう?」

 わしはその円盤状の水を樹木にぶつける。

 ウォーターカッターのように樹木を切り裂き、両断する。

「え……」

 驚きのあまり目をパチパチさせるミア。

「ふむ。これなら実戦でも使えるのう。普段の生活でも薪割りに使えるのう」

 それに水でカットしているせいか、断面はきれいになっている。うまく使えば家事も楽になるもやしれぬ。

「今度は火魔法かのう」

 火炎放射のようなイメージで火球を作り、目の前の樹木にぶつける。が火球が小さすぎて燃え移ることはない。

「ほう。もう少し火力と威力が必要じゃな。でも家事ではこのくらいでいいのう」

「なんで。わたしが二ヶ月で学んだことを、たったの数分で……」

 ミアがショックをうけておるが、仕方ない。わしは前世でのイメージで魔法を構築できるが、テレビもないミアの時代では難しいのじゃろうて。

「次は風魔法と土魔法じゃな」

 両手に同時に発動させ、風を舞わせ、土塊つちくれから人形をつくる。

「が――――っ!! わたしの頑張りが――――――っ!」

 なにやら騒いでいるが、ここなら問題ないじゃろう。

 なにせ領地の端くれじゃからのう。

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