第21話 性転換と宝石!

 ライトニングの襲来を終えたヒースたち一行は幌馬車に乗り、自分の領地に帰っていく。

 わしはそれを見届けると、ゆったりとした気持ちでアリサに向き直る。

「して。どうじゃ?」

「燻製にした魚、おいしいわよ」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 隣からやってきた馬車をかわそうとすると、そのままの勢いで中央広場の噴水につっこむわし。

 音を立てて噴水の水を飲んでしまった。

「しまった!」

 男の声が耳朶を打つ。どこかで見覚えのある巨漢だ。

「だ、大丈夫ですか? ルナちゃん」

 アリサは慌ててかけよってくる。巨漢も追ってくる。

 そこにはゴホゴホと咳き込むわしがいた。

「うむ。一応大丈夫ぞい」

「良かった。これはオレからの陳謝の証だ。受け取ってくれ」

「うむ。大丈夫じゃ」

 受け取ったのは金貨八枚と、宝石。

「すまぬ。では急いでいるので」

 巨漢は馬車に乗り込みすぐに走りさってしまう。

 と、股の辺りに違和感を覚える。

「……なんじゃ?」

「ここの水を飲んでしまったのですか?」

「何か問題でもあるのかえ?」

「ここの水は天の水。性転換する、といわれている水です。それを摂取したら一日から一ヶ月は性転換したままになってしまうのです」

「なんじゃ、そんなことかのう」

「そ、そんなこと? そんなことかなー」

 アリサが混乱した頭でうわごとのように呟く。

「そんなことよりも、一緒にランチでも楽しもうじゃないかのう」

「そ、そうね。それもそうね。気にしてもしょうがないわね」

 たぶん、と呟くアリサ。

 話し終えると、わしは、アリサの家に向かう。

「それにしてもライトニングかー。そんなやつがこの近くに潜んでいたのね」

 アリサは困ったように頬をかく。

「ワタシらの管轄なのに……」

「わしもびっくりしたぞい。あんな敵がまだ近くにいたなんて、のう」

 ライトニングという敵が近くにいたのだ。アリサにとってはショックな出来事なのかもしれぬ。

「して。なぜいたのかのう、ライトニングは」

「不死の力を持つという魚の噂を聞いたのかも」

「確かに、そういった噂を聞いたが、本当なのかえ?」

「分からないのです。昔ながらの童謡に伝えられた話でしかないので」

「そうじゃな。不死と言われてもピンとこないじゃろうて」


※※※


 魔族であるオレがこうも簡単に追い出されるとは……。

「フレディ様、こちらにおられたのですか」

 ニーナが近寄ってくるが、この女どこか不自然だ。いつもオレの世話をしてくれるが、休息はいつとっているのだろうか。

「フレディ様?」

 サファイヤのような青い瞳に心まで覗かれているような気がして慌ててさける。

「なんだ?」

「いえ。あまり反応が良くなかったので、失礼いたしました」

 メイドであるニーナはスカートの埃を払う仕草をする。

「いや、いい。だが、このたびの停戦協議、いつになったら開かれるのだ?」

「すいません。現状では魔族側の意見が一致しないとのことで、もめております」

 ニーナが深々と頭を下げ、謝罪する。

 しかし、それが本当ならオレは誰と交渉すればいいのだ。

「オレは第一皇帝だぞ。そんな訳があるか」

「しかし『そのような軟弱者が皇帝のはずがない』と現当主がおしゃっているそうですよ」

「なに……?」

 現当主。誰のことだ?

 驚きで声を失っていると、ニーナがクスクスと笑う。

「もしかしてご存じないのですか?」

「あ、ああ……」

「今はクロエ=クレイが当主となっております」

 クロエ。

 大蛇を身体に巻き付けており、いつも紫色の衣服をまとった、不気味な雰囲気を持っている第二皇帝だ。

 確かにあいつならやりかねない。

「ふふふ。固まって、どうしたのかしら?」

「ああ。すまん。オレは一度帰還する」

「え! ……帰還するのですか? 誰も待っていませんよ!?」

 驚きのあまり大声になるニーナ。

「ああ。あいつらに一言ひとこと言わねば気が済まぬ」

「もう、どうなっても知りませんよ!」

 ニーナがオレを引き留めようとするが、無駄だ。オレが一度決めたことを取りやめたことなどない。

 門の前にあった馬車に乗り込み、馬車を走らせる。魔族の本拠地はここから遠い。馬車馬でも一週間から二週間。

「待っていろよ、クロエ!」

 怒りを覚える。せっかく、今の状況を打破できる可能性があったのに。


 走らせた馬車はひとりの少女を轢いてしまった。

 慌てたオレはその場でできうるだけの謝罪をした。

 魔力のこもった宝石をいくつか、渡すと馬車に乗り込み、颯爽さっそうとさる。

 この先にクロエが待っているとなると、こちらも臨戦態勢を整えねばなるまい。

 そういった意味合いでは先ほど、宝石をあげたのは間違っていたかもしれない。

 ……落ち着こう。こうして何度も陳謝しているのでは戦力がそがれてしまう。急がば回れ、とはよく言ったもの。

 慌ててしまえば、みなを傷付けてしまう。

 オレは魔族の安寧のみを考えればよい。

 あと一週間。

 その間にクロエとの戦いのシミュレーションをしておかねばなるまい。


※※※


「しかし、この宝石、なにやら怪しげに光っているのう」

「それって魔力がこもっているじゃないかしら?」

「魔石かえ?」

「そう。魔石!」

 魔石。それはこの世界では魔力のこもった宝石のことじゃ。

 この宝石は様々な能力を秘めており、単純な魔法を放つことができる。

 ルビーなら癒やし、アイオラットなら水魔法を放つことができる。

「これで魔法が使えるかのう……」

 もっと早くほしかったのう。

「うん。すごい純度。きっと優れた魔法が使えますよ」

「そうじゃな。わしも魔法が使える日がこようとは……」

 ふと思いをはせる。

「しかして、くれた巨漢のひとはこれをくれようとは」

「慰謝料代わりにしては太っ腹よね。ルナちゃんも怪我していなかったし」

「そうじゃな」

 金貨もたくさんもらってしまったし。

「して、なぜあんなに急いでおったのじゃ?」

「さあ。分からないけど。でも来たのはルナちゃんの自宅からよね?」

「そうじゃな。…………しばらくしたら帰るかのう」

「そうね。嫌な予感がするわ」

 わしはアリサとの会話を終えると、二日後の出発から明日の出発に切り替える。

 それでも一日かかる道のりだ。

「でも、燻製の魚や肉はワタシの店を潤すわ」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 うんうんと頷くわし。

「戦う以外に取り柄のないワタシでもやっていけそうだよ。ありがとう」

 いいんじゃ。若い者がいなくなるのは寂しい。

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