第16話 ニホンショクと恋!

 オレは滞在している間に、ニホンショクとやらを食べてみようと、隣の領地まで押し寄せる……わけにはいくまい。

 悶々としていると、給仕係のニーナが話しかけてくる。

「どうです? 一度、民草の声を聞いてみるのは?」

「ほう。城から出てもいいのかな?」

「それはもちろんです。アルムンガンド様がそう仰っていたので」

「勉強しろ、と?」

「さようで」

 メイドであるニーナはロングスカートの端をつまみ、こくりと頷いてみせる。

「ふむ。ではまず最初にニホンショクとやらを味わってみたいのだが」

「それなら、隣町のリース家におもむくのが一番かと」

「つれてってくれるのか?」

「最高のおてもなしを、と言われてますので」

 ニーナの協力もあり、幌馬車が一台。隣町へ向けて発車する。求むはニホンショク。

 フレディはリース領地の城から馬車で二時間かかる距離を進むと、噂のエンジェルビーズにたどり着く。

 店内に入ってみると、古びた定食屋といったイメージがしっくりくる。席は少なめで、とても売れているとは思えない。

 美食家でもない限り訪れないのか、あるいは単にまずいのか。前者であってほしいと思う。

 注文を聞かれ、ニホンショクで、と頼むと活発そうな男児が厨房の裏手に向かう。

 運んできたのは少女。外見はビスクドールのように整っていて、肌につやがある……気がする。

 まだ幼いのに、もういっぱしのホールリーダーだ。

「お待たせしました。日本食のとりあわせです」

 髪の長い少女は机の上に見たことのない料理を並べていく。

「こちらが肉じゃが、こちらが味噌汁、こちらが天ぷら、そしてこれが漬物です」

 はっきりとした口調で告げる少女に思わず驚きの声がでる。

 しかし、目の前の料理たちは香りがたつ。

 よほど良い食材を使っているのだろう。

 ごくりと喉が鳴る。

「これがニホンショクですか。おいしそうですね」

「おわぁ! びっくりした。いつまにニーナがここにいるんだ?」

「外で待っている訳にもいかないでしょう? それにわたくしもニホンショクを食べてみたかったのです」

「半分は私欲じゃねーか! オレをもてなすんじゃないのか?」

「だからこうして先に食べるのを我慢しているんじゃないですか」

「へっ……!」

 オレは目の前にある料理を見わたす。肉じゃがというのは煮込んだ野菜やお肉の料理らしい。ただ見たことのない色合いをしている。それよりも気になるのが茶色いスープ。中には白菜とネギが入っているようだが、味の想像がつかない。そして最後にツケモノ。これが厄介だ。見慣れた白菜とキュウリ。どこに料理要素があるのやら。天ぷらについては想像もできない。

 オレは黙ってツケモノからいただく、と。

「う、うまい」

 塩気が効き過ぎている感じがあるが、野菜のうま味を凝縮したような味わいだ。

 味噌汁とやらを飲んでみるが、風味が豊かで塩気がいい感じで効いている。

 天ぷらはサクサクの衣に、中には甘みの強い野菜やふわふわの魚が口当たりがいい。

 肉じゃがに関してはどれも感じたことのない味わいでコクが深い。味付けは想像もできない。塩だけじゃないだろう。

 フォークで食べようとすると、ほろほろと崩れるジャガイモ。

「こんなに煮込んであるのか」

 驚きのあまり目を丸くする。

「おいしいですね。どんな方が作っておられるんでしょう?」

「確かに気になるな。おい――」

 店員を呼び寄せると「シェフを呼んでくれ」と告げる。

 ほどなくしてシャーロットと呼ばれる女性が姿を現す。

「お口に合いませんか?」

「いや、その逆だよ。めちゃくちゃうまかった。そこで提案なのだが、オレの故郷で料理を振る舞ってはくれまいか?」

「そ、そんな……! いきなりの店舗拡大は行っておりません」

「そうかい。いずれでいいんだが開いてほしいものだ」

「そう仰って頂き光栄です」

 シャーロットはふかぶかと頭を下げる。

「ふむ。もったいない。このフレディ家に使えれば向こう千年は安泰だというのに」

 それとも、魔族を滅ぼすまでこのいくさを続けるのだろうか。

 こんなうまい料理を作る人間を生かす方法はないか。魔族が生き残る術はないというのか。

 まだ試していないが、を使えば魔族の勝ちの目は見えてくるのだが。

「しかしまあ、うまいめしだ。今後も食べていきたいものだな」

「そうですね。わたくしも美味しいと思いました」

 ニーナがおもむろにハンカチで口を拭く。

 ニホンショク。そのためにもオレは停戦協議を達成しなくてはいけない。


※※※


「ちょっと。ルナちゃん、どうして私がいくことになるの?」

「この料理を作っているのはシャーロット。そなたじゃ」

「でもレシピを書いたのはルナちゃんじゃない」

 ヘンリーの母は頑なにシェフを呼びつけた男をさけようとする。

「でも、あの男の人、強そうよ。乱暴されない可能性はないじゃない」

「大丈夫じゃ。いざとなったらわしが助ける」

 わしはサムズアップをして送り出す。

「ホント? ホントに助けてくれるの?」

「お母さん心配しすぎだよ。僕が聞いた限り危ないひとじゃないよ」

 ヘンリーが背中を押すように呟く。

「ホントに大丈夫かしら」

「もう。お母さんは心配性なんだから」

「本当じゃな。わしもあそこまで心配せえよ」

「……前々から思っていたけど、ルナは好きなひといる?」

「いないがどうしてじゃ?」

「い、いや。なんでもない!」

 そうか。ヘンリーはわしのことが気になっているかのう。でもあまり好みのタイプじゃないじゃよ。

 前世で一緒に添い遂げた夫である栄太えいたに未だに恋をしているのじゃ。他の男が目に入らない。

 栄太以上に心に響く相手はいるのじゃろうか。

 この世界でも彼は生きているのじゃろうか。わしの一年前に亡くなった彼も、94歳で安らかに眠ったのじゃった。となると一歳年上で転生しているのじゃろうか。

「して、どうやって探すのやら……」

「何を考えていたのだ! おれっちには分からないぜ!」

 ダニエルが不思議そうにわしの背中を叩く。

「やめい。痛いぞい」

「ははは。それはすまない!」

 彼は誰に対しても、同じようにスキンシップをするじゃろうか。それにしても。

「ダニエルも違うのう」

「何が違うんだ!?」

 ダニエルがけっこうショックそうに声をあげる。

「さあ。仕事じゃ。仕事!」

 そう言って料理を始めるわし。

 そのあと、嬉しそうに帰ってきたシャーロットであった。

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