第15話 ルーン語とアルムンガンド!

 たくりを終えると、白皮を灰で煮る。さらに一日ほど川さらしですすぐ。角棒で繊維が綿になるまで叩く。水と、とろろを加えてザブリを終える。流しずきをして、紙床しとと呼ばれるものに重ねていく。一昼夜を終えると圧搾といい、重石で圧力をかける。プレスし終わったものを一枚一枚剥がし、天日干しで乾燥させる。

 そうしてようやく和紙ができるのじゃ。

「うーん。よく分からないけど、時間がかかりそうなの」

 ミアは頭を抱えて行程をめもしている。

 説明をしても、大変なことを言っていると思う。じゃが、それがあればもっと住みよい街造りができるのじゃ。

 その熱意を買ってくれているのか、ミアは嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれる。

「これをこうするの?」

「そうじゃ。うまいぞい」

「えへへへ。褒められたの」

 嬉しそうにほころばせる。まったく笑みの似合う子じゃ。

 作業を終えると、やっと和紙が完成する。

「長かったのう。五日はかかったかのう」

「でも、この五日で紙を作れるのは画期的なの。しかも、その由来が植物なんて」

 今までは羊皮紙、つまり羊の皮を加工して作ったもの。羊に比べたら植物の管理は簡単なもの。

 国政としては紙は貴重品であるとともに、必要とされてきた。それを覆す力がある。

「それにしても、意外と形になるの」

 天日干しされた和紙を見て、そう呟くミア。

「そういえば、ルナに会いたがっておった者がおったが、わたしから丁重にお断りしたの」

「え。なんで断ったんじゃ?」

「紙の製法が難しいと思って……。余計なお節介だったの?」

「ちなみにだれじゃ?」

「ルークスとアリサなの」

 ルークスとアリサ。どちらもよく覚えておる。確か戦場でわしを支えてくれたものじゃ。

「できるだけ早いうちに、会いたいんじゃが」

「分かったの。そう伝えておくの」

 ミアは杖を取り出すと、ぱっとふってみせる。すると文字が空中に浮かびあがり、ひと書きで文字を連ねていく。

 言葉になったそれは、空に弾けて消えていく。

「な、何をしたかえ?」

「珍しく動揺しているの。まあ、これが魔法。本来なら皇族しか使えない秘技なの。

 そして今のは羊皮紙に書いて鳩に届けさせる魔法なの」

「ずいぶんと限定的な魔法じゃな」

「魔法は単純に見えて奥が深いの。構成が難しいの」

「構成……?」

「そう。ルーン語の並びから構成を考えて言霊を発するのが魔法なの」

「ルーン語を学べば、わしにも魔法が使えるかえ?」

 魔法が使えれば、わしにもチャンスがあるかもしれない。

「そうなの。でもルーン語を学ぶのは大変なの」

「やってみるかのう」

「ホント?」

「本気じゃ」

 ミアの言葉に引き締めた顔を向ける。

「そう。なら、国立図書館へ通うことをオススメするの」

「ほう。なるほど」

「まずはルーン語を覚えないといけないの。だから勉強するなら、わたしも手伝うの」

 ルーン語。それを覚えるのも大変そうじゃ。

 異世界にくると覚えることが多いのう。

「その前にルークスとアリサと出会うの?」

「そうじゃな。彼らには恩義があるかのう」

「そうなの」


※※※


 オレは魔族の七天王しちてんのうのうちのひとり、フレディ。

「フレディ様。危険です。人間世界へ降り立つなんて……!」

「その通りです。今の世界情勢を鑑みると、訪問するのに一年は見ていないと」

「長すぎる。それに今回は直々に表敬訪問をするのが目的だ。これ以上、被害を出す前にこの戦乱の世を止めたいのだ」

 分かってくれ、と呟く。

「フレディ様のお気持ちは嬉しいですが、奴らはすでにアンディ様を殺しています。簡単にはいきませんよ」

「分かっておる。どのみち、アンディをやったやつの偵察にもいかねばなるまい」

「さすがフレンディ様! ただの表敬訪問ではないのですね」

「ああ。もちろんだ。オレの力でできることをする。それでなければ、魔族のため粉骨砕身するのだ!」

「さすがフレディ様」「さすがとしか言いようがないですね」

 ふたりの衛兵が敬意を言葉にする。

「頼むぞ。我が手下ども!」

 そう言いながらほろ馬車に乗り込む。

 目的地はマリオット帝国第二領主、アルムンガンド。

 その皇族の領主に訪問することになる。

 アルムンガンド。

 その彼は抜け目ない、狡猾で残虐とも聞く。そんな奴と一緒にいられるのか心配されるが武術でオレが負けるわけがないとみな、知っている。

 オレは優れた才能を持っているとされているが、実際は努力の日々。両手両足に重りをつけ、研鑽けんさんしてきた。そんじょそこらの奴には負けない自信がある。


 アルムンガンドにつくとオレは奇妙な噂を聞きつけた。

「この隣の領地・リース家にニホンショクなる名産が生まれているそうですぞ」

 御者が世間話として告げる。

「ほう。それは面白いな。して、その料理とやらはうまいのか?」

「うまいもうまい。絶品と噂されおりますぞ」

「オレでも食べに行けるかな?」

「ほっほっほっ! それはアルムンガンド様に聞いてみなされ」

「そうだな。それも楽しみだ!」

 オレは御者の背中をバンバンと叩くと、がはははと笑い飛ばす。

「やれやれ、困ったお方だ」

 御者は大仰に肩をすくめる。


 御者に連れられ、アルムンガンドの面会を執り行う。

 尖塔のお城。その中でも、接見の間は開放的な空間になっており、その玉座にアルムンガンドが鎮座していた。

 赤と白を基調とした衣服にふちが金色に彩られている。腰には無骨な剣を携えており、ただの貴族ではなく戦士でもあることを示している。

「これはこれは遠いところ、よくお越しくださいました」

「いえ。このような接見、開いていただき光栄です」

「よい」

 まずはしたでにでてみる。が、この男は上から目線でかなりむかつく。だが道を踏み外せば交渉はうまくいかない。

「魔族代表として申し出るのですが、停戦協議に移りたいのです」

 でないと、あと一年以内に魔族が滅んでしまう。このままでは人間に圧倒されてしまうのだ。

 この交渉にどれだけの労力と胃痛を抑え込んできたことか。

「ふむ。面白いことを言うな。我らとしては魔族が滅び、田畑を開拓した方が利潤が大きいと思うが?」

「そのためには人間界でも、かなりの血と涙が流れることになるでしょう。それをさけるための停戦協定です」

「まあよい。表見訪問ということだったな。これから数日、この街で学んでほしい」

「……ありがたき幸せ」

 アルムンガンドが数日の滞在を許すこと事態、珍しいのかもしれない。

 今日のところは折れるのも大切なのだろう。

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