第12話 料理店!
漬物。
それは塩だけのシンプルな味付けゆえ、他の食事の何倍もおいしい食べ物。それを食べたものはこう言うだろう。
「今まで、なんで食べてこなかったのだろう」と。
だが、ここにも食べず嫌いをする大人がいた。
「嫌ですわ。こんな塩くさいの」
「いいから食べてみるの」
ミアが母シャーロットに漬物の味を知ってもらおうとするが、シャーロットはあまり乗り気ではないらしい。
これでは
「まあ、皇帝陛下もご食事されて大変、気に入られたので悔しいのでしょう」
隣にいたユーフリッドがからかうような声音をあげる。
「……そうね。食べてみないと分からないものよね」
皇女殿下はゆっくりと漬物に手を伸ばす。
咀嚼。
野菜本来の甘みに塩気が効いており、より一層甘さを沸き立てている。
「これは……おいしい」
「皇女さまのそのお言葉が聞きたかった」
ミアは喜びで目を細め、次の言葉を待つ。
「そうね。ニホンショク、やってみなさい」
「はい。分かりました。こちらで準備しますので」
「やってみなさい」
ユーフリッドが横合いから飛び出し、護衛のためミアに近づく。
「ふふ。まさかユーフリッドにああ言われるとは、ね」
面白いものを見た、と言いたげな母・シャーロット。
「まずはお店が必要なの」
「そうですね。ミアお嬢様。そちらの手配を済ませていますが、一から作るわけにも行かないのでどこかのお店と共同で給仕できるようにするべきではないでしょうか?」
「な、なるほど。それならコストが抑えられ、かつ簡単に店舗が確保できるの」
ふむふむと納得するミア。
※※※
魔族を倒して二重字勲章をもらった日から一週間。
このところ調子がいい。漬物の入った酒樽を持ち上げるのも苦労しない。本来なら大人三人がかりで持ち上げるのをひとりで、しかも片手ですむというのだから驚きだ。
「ほれ。持っておいき」
わしは荷馬車に乗せると父に呼びかける。
「ああ。ありがとう」
その腕力に驚きを隠せない。
これも女神セクメトの言うチートなのじゃろうか。着実に筋力が上がっていく。酒蔵にある醤油用の釜を酒樽に移すにも、この腕力はかなり役立つ。
父を見送ると、わしは和紙の様子を見に行く。
乾燥し、長方形になった紙にハサミをいれていく。端っこをおとすとしっかりとした和紙になっている。ちょっと
魔族を倒すと力を得られるのだろうか。
力仕事をなんなくこなすと、ダニエルとヘンリー、ソフィアがやってくる。
「広場の張り紙みましたか?」
ヘンリーが不安そうな声音をあげる。
「なんじゃ?」
「おう。それなら見たぜ。国営の
ダニエルがヘンリーの肩をポンポンと叩き、がはははと笑う。
「そうか。ミアが……。その国営はきっとわしらの仕事になるじゃろうて」
「そうなのか! もっと精進しなくてはな!」
「僕も手伝うよ。できることを言って」
「あたしも手伝うわ。給金がもらえるならなんでもするかな」
三者三様な意見だが、合意してくれているのは代わりない。
それもありがたい話じゃ。
馬車が勢いよく飛び出してくる。土埃をあげ街角を曲がり、尋常じゃない速度で目の前を通過する。と、街を一周してから目の前に止まる。
「やっているかい?」
とニヒルな笑みを浮かべるミア。
「いや、なんじゃ。どうしたんじゃ?」
「今日からヘンリー=ミューアの家でニホンショクを提供する国営の食事処を開こうの。通知は来ているの」
「確かに。来ていましたね……」
ヘンリーが、はははと乾いた笑いを浮かべるミア。
「なら分かるの。ヘンリー、さんのおうちで料理店を営んでいるのは知っているの」
「なんで僕の家なのさ……」
若干引きつった笑みを浮かべるヘンリー。
「そりゃ、僕のうちは儲かっていないし、家計は火の車だけど……だからって国営との共同なんて……」
ブツブツと呪いのような言葉を呟くヘンリー。
そんなのは無視して話は進んでいく。
「お主らの力を借りてニホンショクを広めたいの!」
ヘンリーの家の看板が下ろされ、新たな〝国営レストラン〟という看板が取り付けられる。
「あのう。お金はどうなるのでしょうか?」
ヘンリーは不安げに訊ねる。
「大丈夫じゃ。共同だから、売り上げの半分を分けようぞ」
「それって勝算あるんですかね……」
未だに疑問を抱くヘンリー。無理もない。ヘンリーとダニエルは日本食を食べていないのだから。その不安は大きいだろう。
「わしは、他の仕込みの作業あるから、手伝える時間は限られているのじゃ」
「そのため、君たちの力を借りたいの。これはわたし自らの命令なの」
「えー。勅命をこんな形で使うとは思わなかった……」
ヘンリーがヒクヒクと口の端を歪める。
「それにしても、覚えることが多いな!」
ダニエルが大きな声で不満を言う。
「それを行うのが民草の役目なの」
優しい声音で毒づくミア。
「そりゃそうか」
そこで納得するあたり、この世界での地位依存は決まっているようじゃ。
さっそく店舗に回ってみると、相変わらずの閑古鳥。木製の椅子と机が三席、カウンター席が五席ある、小さめの店舗だ。
そこの厨房を借りることになるが、日本食に向いている環境とは言いがたい。どちらかと言えば中国料理を連想させるような食べ物ばかりだ。
「私たちの店舗に何の用かしら?」
ヘンリーの母・ロージーが不機嫌そうな顔で出てくる。手には帝国の刻印された封筒がある。
「も、もしかしてミア=リース様ですか?」
母のロージーは慌てたような顔をする。
「そうだ。わたしにも分かるよう、料理をだせい!」
「はっ、はい!」
ロージーは慌てて厨房に入り、料理を開始する。
ジューッと肉を焼く音と、ぐつぐつと煮込むような音が聞こえてくる。ほのかに漂ってくる香ばしい香りと、塩気が食欲をそそる。
「さあ。できましたよ! 〝気分屋な日替わり定食〟」
「こ、これは……!」
わしは驚きのあまり声を上げてしまう。
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