第11話 労働力と国営レストラン!?

 この世界に学校はない。だから識字率も低いし、簡単な問題も解けない。だからダニエルだけがアホなのではない。わしが天才にされているのじゃ。

 でもこの世界に教育機関が存在すればもっと効率良く農作業ができ、もっと早く文明開化が起きるのだろう。

 未だにまきを買い釜にくべるのも、ガスコンロという概念が存在しない点で劣っている。農作業も手で行うことが多い。木製の足踏み式脱穀機だっこくきとかはあるらしいが、機械という発想がないらしい。

 だから未だに手作業で行っていることも多い。

 一日を通して母とダニエル、それにヘンリーに仕事を教えると、夕方になる。ついでだからダニエルとヘンリーにも日本食を作ってやろうて。

 簡単な煮物と、味噌汁を振る舞う。

「これが日本食かー。うめー!」

「おいしい。これは儲かりますよ!」

 ダニエルとヘンリーは目の色を変えて食事にのめりこむ。

「ホントすごいわね。前世の記憶とやらは……」

「そうじゃろ。そうじゃろ」

 無駄に長生きしておらんわ。これでも92歳まで前世で生きとったんじゃ。

 戦争時の貧乏生活も、そのあとの復興や災害。様々なことを経験し、そのたびに立ち直ってきた。息子も、孫も、幸せにしてみせたという自負がある。

 でなければ、こんな風に今を生きてはいまい。前世に未練がないからこそ、こちらの世界にやってこれたのじゃろうて。

 しかし、この身体になってから、やけに眠気が襲ってくるようになったのう。


 次の日の朝になり、漬物と沢庵を作り終える。魚の干物も、もうできたじゃろう。

 それらはもう父と母に任せても良かろうて。

 そしてわしは醤油とみりんをソフィアと一緒に作る。

「なるほど。湿度と温度が重要になるのかな」

「そうじゃ。ソフィアはのみ込みが早くて助かるのじゃ」

「それにしてもこの倉じゃ、作れる釜が少ないかな」

「そうじゃ! 分かってくれるのかのう」

「もちろん! あたしの知り合いにも手伝ってもらえるか、聞いてみるのもいいかな」

 うんうんと頷くわし。

 日本食が広まっていくのは、どこか誇らしい気分になる。

 ソフィアに教えた、昼下がり。

 しこんでおいた和紙のおもりをとりはらう。

「む。ちと失敗したかのう」

 おもしをどけると無作為な繊維に穴が空いている。一カ所ならまだしも、いろんなところで見受けられる。これはこれで紙として扱えるかもしれないが、やはり完璧を目指したいところ。

「材料から見直してみるかのう。それとも、製作過程を……」

 ブツブツと言っていると母が後ろから紙を見る。

「あら! 本当に紙ができているじゃない!」

「まだ完成品とは言えぬがな。あとは天日干しをする必要があるのう」

「分かったわ。お母さんも手伝うわね!」

 母の力を借り、表に天日干しする和紙。

「ほー。今度は何を始めたんだい?」

 正面で金物屋を営んでいるガーリーが物珍しそうにこちらを見やる。ダニエルの父でもある。

 金物屋ということで、色々と知りたいことはあるが、いつも剣や鎧をカンカンやっている様子が見受けられる。いつか、その技術を借りて機械を作ってみたいものじゃ。

 そういった意味でもダニエルとは仲よくしておく必要があるのう。

「ダニエル。分からないところはあるかえ?」

「この小さじ、とか大さじとか分からないんだけど」

「これが小さじ、これが大さじじゃ」

「なるほど。小さい方が小さじ、大きい方が大さじか……」

 ふむふむと頭を上下させているが、ダニエルには難しいことのようじゃ。

「そこに小さじ・大さじって彫ってあるじゃろ?」

 木製のスプーンには文字を彫っておいた。うちのレシピは全てこのスプーンを使っている。正確には小さじ1は5ml、大さじ1は15mlと決まっておるが、まあ、こちらの世界ではこれで良かろうて。秤もないし。

 市場にならぶ野菜・果実なども形や大きさがまちまちだし、そんなに裕福ではない国と思ってきた。実際そうなのかもしれない。

 食の貧しい国は、その国の土台も貧しいものだ。

 それにしてもミアがやってくるのが遅い。彼女がやってきて、大きな声で皇帝初の食事処を建築するだろう、と踏んでいたのに。

 半日もそうしていると、ミアのことが気になり出す。

 そろそろ来てもいいじゃろうて。

 ため息を吐き手に顎をのせる。

「こんなところで呆けていていいのかな? ルナちゃん」

「ソフィア。ミアは本気だったと思うかえ?」

「思うよ。そしてやってのけるかな。それまでは分かるけど、詳しいことは分からない」

 ソフィアはのみ込みが早く、地頭がいいが、圧倒的に実戦と知識が足りない。そう言った意味では時代に飲まれてしまった可哀想な子供にも見えよう。

 じゃが、その立派に生きている様をバカにするなんていうのは野暮じゃかろうか。


※※※


「市民に国営の飲食店を開く!? とうとう血迷いましたか? ミア=リース様」

「そうじゃないの。民草の中には優れた技術者と料理人がいるの。それを皇族で守っていきたいの」

「何を仰いますか。市民は貴族のためにこそある。貴族・皇族がまひすれば明日の道を示す者がいなくなるぞ」

 ミアが邪険にあしらうが、なおも食いついてくるジャック。

「あー。もう、この分からずや! ここで人類の宝をなくす気か? ジャックの目はそれほどまでに節穴か!」

 どんよりとした目を見つめ、ハッとする。

 もう民草の実力を信じていないのだ。彼らの上に成り立つ皇族という意思さえ失われてひさしい。

「だからお前は第三位の男で終わるのじゃ」

「なっ! その発言は不適切だぞ。とりけせ!」

「いや。わたしには心に決めた人がいるの。もう迷わないんだからね!」

 ミアは赤くなった顔で叫ぶ。

「な。ミア様に男っ気などなかったはずなのに。相手はどんなやつだ!」

「相手はルナ=キルナー。わたしの大切な友だちなの」

「知らんぞ、そんな男は!」

 ジャックはマントをひるがえし、怒りを露わにする。

「失礼ね。女の子よ。彼女は素敵な人なの~」

「お、おおおおおんな?」

 動揺で剣をギターのように振るわせるジャック。

「まあ、そういうわけで国営の食事処は作らせてもらうの」

「女だと!?」

 驚きの声を上げるジャックを尻目に、ミアは母に会いにいく。

 父はポートシティで会合のはず。今いる最高責任者は母のシャーロット。彼女さえ納得させればいい話だ。

 それにとっておきも用意してある。

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