第二章 第二の敵、現る!

第7話 日常とセクメト!

「ソロモンよ! わしは帰ってきた――っ!」

 わしが自宅のドアを勢いよく開くと、父と母が感動のあまり泣き出した。

「よく帰ってきた。お陰でうちの家計は安泰だ」

「ルナはもう休んでいいのよ」

 暖かな言葉をかけてくれる父と母。その後ろでつまんなさうにうつむく妹のレイ。

「お姉ちゃんと少し遊ぶのじゃ」

「うん。お姉ちゃん、好き」

 抱きついてくるレイに、顔がほころぶ。

 ふたりで追いかけっこをするが、すぐに捕まってしまう。わしよりも回避と捕まえる力が強い。

 ところで神様からもらったチートとはなんぞ? 未だに発揮していないところから察するに、遅咲きなのかもしれない。それとも戦闘用なのだろうか。

 うーむ。気になる。

 ここでうなっていてもしかたないので、妹のレイと一緒に遊ぶことに専念した。

 そのあと、レイが眠るのを待ってから、干していた大根を取り込む。これを沢庵にするために塩漬けにする。

 醤油の諸味やみりんの様子をうかがう。

 この調子だと、あと三日でできる。

 にやりと口の端を歪めると、わしは床に就く。

 久しぶりに眠れる環境というのはありがたいもの。二重字勲章をもらってからというもの、やたらと周囲の視線を気になってしまうが、しかたない。戦場の気分が抜けきらないのだ。ピリピリとした視線を浴びている気がする。

 眠りこける。


 朝起きると、隣のソフィアが訊ねてくる。

「今日は仕事しないのかな?」

「うん。するよ。手伝う?」

「うん! 手伝う! お金ほしい!」

「現金なやつめ」

 わしの仕事部屋に向かう。

 釜に入ったみりんと醤油をかき混ぜ、様子をみる。

「ほう。そろそろいいかのう」

「え。なにが……?」

 小首を傾げ疑問に思うソフィア。

「ふむ。これで日本食が楽しめるわい」

「にほんしょく……?」

 棒読みでおうむ返しをするソフィア。

 そうか、こっちの世界では日本は存在しないのか。もったいない。

 隣の部屋にある、漬物と一緒に寝かせた沢庵がある。それを台所で切り分ける。

「なにそれ?」

「沢庵じゃ、うまいぞ」

「ふーん。食べてみてもいい?」

「もちろんじゃ」

 わしは切り分けた沢庵の一枚を与えてみる。

 パリパリといい音を立てて食べるソフィア。

「ぬっ! この食感、味わい、おいしいよ!」

「そうじゃろう。そうじゃろう」

 よい感想をもらえて嬉しい気持ちになる。気分をよくしたわしは漬物と一緒に沢庵を卸すことを考える。

「父さん。この沢庵も一緒に持っていて」

 これから皇族に届ける漬物を持っていく父を呼び止める。

「なんだこれは? たくあん?」

「そうじゃ。大根の漬物、みたいなものじゃ」

 困惑する父に対して懇願する声音。

「ふーん。なるほどな」

「味見してみるかえ?」

「お、おう。してみる」

 ちょっと乗り気な父に、一枚の沢庵を渡してみせる。

「これか」

 じっくりと眺めたあと、ゆっくりと咀嚼する父。まだ白いままの沢庵に驚きの声をあげる。

「うまいじゃないか! これをもっと作れるか?」

「それには資金が必要じゃの」

「よし。これを持っていくがよい」

 そう言って金貨一枚を渡してくる父。これで豪邸が建てるのだから、多すぎるくらいだ。

「父さん。ちょっと多い」

「いいって。気にするな!」

 父は沢庵と漬物の樽を持って、皇族に向かって歩き始める。

 その足取りはしっかりしていて、頼もしいものだ。やはり男性が家族にいるというのは楽なものだ。

「さて、買い物にいくかのう。ソフィアもついてくるかえ?」

「え。うん! ついていく!」

 わしは商店街――露店の並んだ中央区へ向かう。公道の両脇にずらりと並ぶ露店。その中にある青果店により、白菜、キュウリ、大根を購入する。生魚店でテキトーな魚を購入する。

「嬢ちゃん、さばけるのかい?」

「無論じゃ」

「ははは。つえーな。今なら捌くサービス付きなのに」

 苦笑いを浮かべる鮮魚店の店主。

 わしは手をふり、自宅へ帰る。ソフィアは目を丸くしている。

「こんなに食べられるのかな?」

「わしのうちだけで食べるわけじゃないからのう」

 家に帰り、さっそく魚を捌き、三枚おろしにする。と、小さな籠に魚を入れて、天日干しにする。白菜やキュウリは塩漬けに、大根は沢庵にするための準備を行う。

 それをソフィアと一緒にこなすと、日も暮れていた。

「今日も高く売れたぞ~!」

 嬉しそうに帰ってくる父。

「父さんも、帰ってきたし。ソフィアはもういいぞい」

 わしは銀貨一枚を渡すと、ソフィアを家に帰す。といっても隣の家だが。

 父と母、それに妹のレイと一緒に食卓を囲う。そこには夢にまで見た漬物と沢庵がある。

 他はシチューと、パン、レタスとタマネギのサラダが並んでいる。

「残りものだが、うまいぞ~」

「なんであんたが自慢しているのかしら。頑張ったのはルナでしょう」

「うぐ。でも、こんないい子に育てたのは俺らのお陰だろ?」

「ふふふ。そうかもね」

「お姉ちゃん、すごいの~?」

 何気なく聞いてくるレイ。

「そうだぞ。お姉ちゃんがいなければ、こんな豪華な食事はできないからな」

「お姉ちゃん、ありがと!」

「そうほめるでない。わしはみんなと一緒で嬉しいぞい」

 照れるではないか。やめい。

 食事を終えると、わしは一人で将棋の駒を彫る。本当は今日中に終わらせる予定だったが、予想外に時間を食った。とくに漬物と沢庵に時間をとられた。毎日のこととはいえ、意外と重労働なのだ。この細身の身体にはこたえる。


 夜、床に就くと、どこかで聞いた声が聞こえてくる。

『あれま。どうして前世の記憶が蘇っているんですか?』

 女神セクメトが不思議そうに訊ねてくる。

『まさか、女神パワーがつきたのですか!?』

「何を言っておる。わしにはさっぱり分からんぞい」

『そうですよね。今すぐ魂を洗って、新しい魂にしますので、ちょっと出てくれませんか?』

「いやじゃ、そちの手違いをこちらの責任に転嫁するのはやめい」

『でもこのままだと、異世界のパワーバランスが崩れて、崩壊しますよ』

 慌てた様子でわしに投げかけるセクメト。

「そうさせぬためにも、わしが一役買ってみせるわい」

『どういう意味ですか? 私にも分かるよう、説明してください』

「なんじゃ。女神でも分からないことがあるのかのう」

『そうです。だから人間は放置されているのです。私たちに新たな刺激を与えてくれますから』

「ほう。面白いのう。まさか女神の道楽に付き合わされているとは」

 にやりと口の端を歪めると、セクメトは熟考する。

『分かりました。今回は見逃しますが、今度、おかしな行動をとれば……、どうなるか分かってますね?』

 そう言い一方的に会話を閉ざすセクメト。

「何が女神じゃ。わしにも考えがあるのじゃ」

 そう独りごちる。

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