第6話 戦場をかけて、二重字勲章!

「うわあぁぁぁぁあぁ!」

 悲鳴がとどろくのは戦場。

 魔族のひとりが黒い炎を吐き出し、あたりを焼き尽くす。

「あれが魔族なのじゃな」

 わしはレンズごしに、その背中を見つめている。

 人の形をした背中に黒いコウモリのような羽が生えており、肌は紫色になっている。目は一つで、頭の上には羊のような角が映えている。素足で大地を踏みしめている。上半身は裸で、ズボンははいている。

「腹筋が割れているのう」

「そんなこと関係ないでしょ」

 ユーフリッドは悲痛な面持ちで、わしを見てくる。

「そんなに若いのが珍しいか。若造」

「いや、若いというよりも幼いな。軍隊志願者には見えないが……」

「わしは刑罰で徴兵されたのじゃ。気にせんでいい」

「いや。気になるだろ。普通。だってたったの十歳じゃないか」

「十一じゃ。わしだけでも勝てるぞい」

 わしの言葉にぽかんと開いた口になるユーフリッド。

「そんな顔をするな。せっかくのイケメンが台無しじゃ」

「な、なんだよ。俺にだって驚くくらいの権利はある」

「なんじゃ、驚いておったのか」

 わしはトーチカから出ると、下にある塹壕ざんごうへ向かう。

「な、若いのはトーチカで待機しておれ」

 ここの族長であるマックスが苦い顔をする。

「トーチカ? 棺桶じゃろ。あんなの」

「ぐっ……!」

 なぜ、この戦場で被害が大きいか。それはこの部隊長であるマックスが余計な手出しをしているせいだ。

 遠距離から炎であぶり出せる魔族に対して、トーチカは単なる棺桶だ。その熱で内部は摂氏六十度にはなる。そんな中で待機するのはアホのすること。それを分かっていながら、自分が生き残ることだけを考えている味方がバカである。

「魔法で相手の地面を削れないのか?」

「貴様、何を考えている?」

「落盤させればいい。そして落ちた穴に水攻めにすればよい」

 炎を扱う以上、炎は効かないとみてまず間違いない。あわよくば、水蒸気爆発でダメージを与えられる。

「なるほど。なら、見せてもらおうか。その策を」

 部隊長がにやりと口角をあげる。

「どうせ、失敗するのだから。貴様の責任でやれ!」

「いいじゃろ。まずは今の部隊を集結させて、それぞれの魔法にあった作業をしてもらう」

「ふん。最近成り上がった小娘ごときに何ができる」

「その汚名、戦場で晴らしてみせるかのう」

 マックスはもう一度、鼻を鳴らし、塹壕の奥へと消えていく。


「わしの力ではここまでじゃな」

 わしの考案した作戦を伝えると、みな動揺した様子を見せる。

「できるかえ?」

「はい。できます……が……」

 やはり十一の小娘が言うには少々無理があったのか。

「やれるのじゃな?」

「「「はっ! はい! やります!」」」

 みんなが号令に従うと、それぞれの持ち場に移動する兵士たち。

 塹壕から一番近くを陣取るルークス。

 その後ろから杖を構えているのはアリサ。

 わしがレンズ越しに魔族を見て、煙を上げる。

 すると一斉に地面を削る音が響く。その塹壕の中に落ちる魔族。

『なにごとだ! これは土魔法!?』

 煙の色を変えると、続いて水魔法が放たれる。

『ぐぉおおおおおおお!?』

 皮膚から水蒸気が上がり、熱くなった身体がみるみるうちに壊れていく。熱せられた皮膚組織が凍えて縮まる。その圧力に内部の圧力が加わり、皮膚は割れ目を生み出す。内部と外部の温度差に負けた皮膚が裂けていく。そこに風魔法の切っ先が突き刺さる。

 身体をボロボロにされた魔族はそのまま倒れ、身体を痙攣させる。

「やった! やったぞ!」

「まだ。早いのう」

 わしが塹壕から這い上がると、剣を抜く。

『お主、か。この作戦を、考えたのは……』

「そうじゃ。もし、水攻めがダメだったら、炎魔法を使う予定じゃからな」

 温度差を利用した攻撃に耐えられる者はいない。

「さようなら、じゃ」

『かかか。貴様のような、ものが、魔王を、倒す……、のかも、な』

 訥々とつとつと語る魔族にとどめを刺す。頭に剣を突き刺し、高らかに宣言する。

「同士たちよ。敵は討ち取ったり!」

 わしはそういいながら、暖かい風呂を希望するのじゃった。


 二日後。

 余裕の徴兵を終えたわしは、自宅へと戻る

 ……と思ったのだが、なぜか城に通された。

「申し訳ない。こちらの手違いで魔族との交戦をさせてしまった」

 メーガン=トレイナー帝王に深々と謝れた。

 その隣には頬に赤い手形のついたアルフレッドがいた。きっと、厳しいお叱りを受けた後なのだろう。

「ほら。お前からも謝らないか」

「す、すみませんでした」

「腰が高い」

「すみませんでした!」

「そのくらいでよいのじゃ。わしの話を聞く気になれただけでもよい」

 どっちが皇族なのか分からないほどに落ち着いた態度で望むわし。

「ミアも心配しておった。すぐに会えるようにするから安心せい。それよりも……」

 メーガンは複雑そうな面持ちで手招きをする。

 後ろに立っていたアリサが神妙な面持ちで隣へとやってくる。

「このたびの戦果において、そなたには二重字勲章を与えよう」

「……そうかのう。もったいなきお言葉。ありがたくちょうだいするのじゃ」

 わしはゆっくりと顔を上げ、二重字勲章を受け取る。

 紐が長いせいか、だらんとした格好になっているが、これは大変名誉なことなのだろう。

 倒した魔族は魔王の幹部だったらしく、その影響被害は大きい。

 しかし、なんでこんな簡単に話が進むのか。それはわしにも分からない。

 さくさく進んでいるせいか、醤油造りにもすぐに間に合う。

「お主にはもう少し滞在してもらいたいのだが」

 神妙な面持ちで眉間にしわを寄せるメーガン。

「わしにも家族がおる。顔を見せなければ安心はせぬ」

「だろうな……」

 そんなメーガンの横、柱の陰から現れたのはミア。

「あ! ルナ!」

 破顔していくミア。が、すぐに泣きそうな顔になる。

「わたしのせいで迷惑をかけてしまったの」

「よい。わしも加減を知らないからのう」

「ううん。手加減してもらうなんて良くないの。それよりもごめんなさい」

「お嬢様が謝ることではありません! 全ては私の責任です!」

 アルフレッドが深々と頭を下げる。

「よい。わしも遊びがすぎた。これからはひっそりと暮らそう」

「いや、本来ならここで引き留めたいところじゃが……」

 メーガンが含んだ言い方をする。

「まあ、その二重字勲章を見せれば、たいていのことはまかり通る。胸を張れ」

 ない胸を張っても仕方ないじゃろ。

 まあ、何かと都合が良くなりそうじゃ。

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