第5話 醤油とみりん造り、そしてミアの失態!
「ソフィア。よく来てくれたね。じゃあまずは着替えと行水を」
「何をさせる気なのかな!」
「綺麗な身体ではなければ醤油造りはできん」
「まるでお酒造りじゃないか」
「その通り! お酒と同じくらい気を遣う作業なんだから」
わしは裏手にある作業部屋に入ると、醤油とみりんの様子を見る。どちらも違う釜でつくっているが、できあがりまでにまだ時間がかかる。今やることといえば、混ぜること。攪拌させて醤油を均一に保つのが重要じゃ。
しかし、できあがりが日本よりも早いことから、微生物の働きが違うのじゃろう。
このままでは来月には醤油とみりんができる。
攪拌を手伝うソフィアはにまりと口を歪ませる。
「これが醤油? こっちがみりん。すごいよ、ルナ!」
「そうでもなかろうに」
「とりあえず攪拌しておくれ」
「はいよ!」
重要な部分は最初にしておいたからな。あとは待つだけじゃ。
小麦と豆を煎って塩水と混ぜ込み、麹を育て、あとは熟成させるだけ。ある程度まで育ったら、火を通してろ過するだけじゃ。
攪拌が終わると、今度は二人で木工を始める。
「これを真似て彫ってくれんかい?」
わしは将棋の駒を彫っていく。将棋特有の五角形を真似て作るソフィア。最初は全然できなかったが、慣れていくうちに徐々にうまくなっていく。端材で作るので、あまりがなくなることはない。十分なほどまでに貯蓄があるのだ。いたずらに彫っても問題ない。
どういうわけか、ソフィアも慣れてくると、彫るのが楽しいのか、身体を左右に揺らしながら彫り進めていく。
そうして一通り、終えると、あとは盤だけになった。
「今日は助かったのう。ありがとう」
わしは礼を言うと、銀貨一枚をさしだす。
「え。今日のあれだけで!」
「不満かのう?」
「いや、あまり働いていないのに」
「いいんじゃ。明日からは当分休みじゃし」
「え……」
「なんでがっかりしているのじゃ?」
銀貨一枚で普通の家庭なら一ヶ月は生きていける。
そんなにお金が必要とは思えない。
「あたしも稼ぎたいのに……!」
「なんでそんなに稼ぎたいのかのう?」
「え。あれも、これも買えるじゃない」
「そうかもしれんが……」
わしは不安そうな声音で言葉を発する。
まあ、買って失敗するのもありかも。
「浴びるほど、リンゴジュースが飲みたい! それにケーキを飽きるまで食べたい!」
きっと失敗するじゃろ。それでもいいかものう。
嬉しそうに去っていくソフィアの顔は忘れられない。
バンッと扉が勢いよく開く。
「たのもー!」
「なんじゃ?」
「天下のミア=リース様なの~」
「なぜ。こんなところに皇女さまが!」
わしが目を飛び出して驚いている、とミアがこちらに向かってくる。
「友だちだから遊びにきたわよ」
「そうかのう。ならチェスでもするかえ?」
「分かったわ。チェスならわたしも得意なの!」
そう言ってさっそくチェスを始めるミアと、わし。
ふたりでチェスを始めると、あれよあれよという間にミアが負けていく。
「ひっ。ひえぇぇぇぇえええん!」
泣き叫ぶミア。
あれ。もしかして皇女様を泣かせたらマズかったかえ? まあ、大丈夫じゃろ。長年生きてきて、その辺りの神経は図太くなったものよ。
「姫様! 貴様、皇女殿下になにをした!? 言え!!」
やたらきつく言う部下が前に現れる。
剣を構え、わしの方へ向き直る。
「ただチェスをしていて、勝っただけじゃ」
「なんだと! この庶民風情が! どうしてそんな嘘がつけようか。姫様は立派なお方であらせられる。この取り乱しよう、きっと不正を働いたに違いない!」
「そんなことしていない。わしはわしのやり方で勝っただけじゃ。それが嘘と思うのなら直接聞いたらどうじゃ?」
「うるさい。ああ言えばこう言う。どちらが上か、きちんと分からせてやろう。お主には徴兵令をくだす! 城にきたまえ!」
「そんなことを言って友だちを減らすのかえ?」
未だに泣き止まない彼女を見て、訊ねる。
「うるさい小娘だ。ここで懲罰しないだけでありがたいと思え!」
「漬物はどうする?」
「ツケモノだと……? なんだそれは!」
むう。この交渉も失敗か。さて。どうしたものか。
「ツケモノはわたしも食べたいの」
わんわん泣きながら応えるミア。
「なんだ。その食べ物は!?」
「こちらになります。アルフレッド様」
父が頭を下げてさしだすのは今日納品予定だった漬物だ。
口にすると、苦い顔をするアルフレッド――いやしょっぱい顔をした。
「なんだ。これは! 塩辛いじゃないか。食えるか!」
「そう、仰いますが、相手はまだ子ども。なんとかしてもらえないでしょうか?」
父が敬うこの相手はどうしたものか。
泣き終えたミアは、引き連れられるように外へでる。
「さあ。もうこれで皇女殿下の心を痛めずにすむ。貴様は徴兵令をくだす」
「それは変わらないのじゃな。なら、こちらにも考えがあるぞ」
「なに?」
「行って、さっさと徴兵なんてものをやめてやる!」
「そうか。やってもらうぞ。小娘」
「にひ。魔族を倒せば良いのじゃろう?」
「あ、ああ……! 分かればそれでいい」
わしの気迫に負けたのか、アルフレッドがたじろぐ。
醤油とみりんの仕込みまであと一週間。その間に敵を倒して戻ってくればよい。
万が一のことを考えて、父にその製法を教えたが感覚で作っているところが大きい。真似できるのかは怪しいところ。やはり早めに片付けて帰ってくるが吉じゃろう。
「ルナは強すぎたのよ……」
「分かっている。だが、どうしようもないだろ」
「そんな……十一の娘よ。私には……」
両親がすごく心配してくれるのはありがたいが、わしには戦時下に戦ったことがある。血生臭いが、わしにもそういった知識がある。
徴兵の馬車が間もなく来て、わしをのせて走りだす。
「お嬢ちゃんも戦いにいくのか?」
目の前に座っていた若造がこちらに話しかけてくる。
「そうなのじゃ。何か文句でもあるのかのう」
「いや、ないが。こんな小娘を捕まえて兵力にするなんて、皇族は――」
「おい。やめろ。それ以上は言うな」
「ああ。すまねぇ。しかし、これは……」
「分かっている。だから今は言うな」
若造ふたりが何か言いたげに呟き合っている。
この国のお偉い方を怒らせると、どうなるかは身をもって知っている。だからか、ふたりの思いがわしにも分かる。
こんなのは間違っている、と。
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