第4話 チェスと和紙!

 自宅へ帰ると、隣に住むソフィアが遊びに来ていた。

「おー。ソフィア、久しぶりじゃな」

「うん。久しぶり。また遊んでくれる?」

「もちろんじゃ」

「わーい! 良かった。えへへへ」

 にこやかな笑みを浮かべるソフィア。

 手に絡みつき、引き連れる。

「今日はおうちでチェスでもしよ」

「おう。今日は負けんぞよ」

「いつも負けているのはあたしじゃない。おっかしいの!」

 ソフィアは人一倍負けず嫌いで、わしに負けを認めさせるまで離れないつもりだ。

 チェスはやったことがなかったが、将棋はうまかった。子どもの頃からいつも将棋を指していたものだ。その知恵がチェスにも生かされていただけのこと。

 それがたかってチェスでの成績もいいのだ。

「うぐ。また負けた……。もう! もう一回よ! 負けないんだから」

 強気でいた彼女もすぐに負けてしまう。

「こういうのは先読みした方が勝つんじゃ。お主は生き急ぎすぎているのじゃ」

「むぐぅ……」

 自分の手の内を解析されることに不快感を示すソフィア。

 幼馴染みとはいえ、年下の子に負けるのはさぞ悔しかろう。でも、わしも手加減というものを知らぬ者。しかたあるまい。

「あたしの方がお姉ちゃんなのに~! きぃいいぃいい!」

 むかつくと言いたげな顔でこちらを睨む。

 でも負けるのはしかたない。弱いのだから。

「そうじゃ。わしの手伝いをしてもらえるかな?」

「え。ルナの手伝い……?」

 驚きの声を上げるソフィア。

「そうじゃ。ちゃんとお金もでるぞ」

「むむむ……」

 悩み出すソフィア。

「銀貨一枚で、どうじゃ?」

「その話、乗った!」

 わしの言葉にのるソフィア。

 ちなみに日給で銀貨一枚とは言っていない。時給とも、月給とも言っていないのに、乗っかるあたり、まだ子どもでしかない。まあ、妥当な料金設定にはする予定だけど。

「じゃあ、明日からわしの作業部屋にこい。いいものを見せてやるのう」

「ふーん。あたしも手伝っていいのかしら?」

「もちろんじゃ。どのみち真似できんじゃろ」

 塩の案配や空気の入れ換えは、ロジックではなく、感覚で行っている。そんな微妙な調整が彼女に分かるわけもない。

 ここは日本ではないのだから、湿度と温度を計算しなくてはいけないのだ。

「そういえば、ルナはどうして働くのかな?」

「わしか? 小難しいことは分からんけど、生きていくには必要なことじゃ。働かざる者は食うべからず、って、昔の人はいったのじゃ」

「そうなんだ。あたし働いていないわよ? 食べちゃいけないのかしら?」

「子どものうちはいいのじゃ。親に甘えなされ」

「でも、働こうとしている」

「そうじゃな。何事も経験じゃな」

「そっか。経験かー」

 じゃっかんの棒読みを含みながら、チェス盤を叩く。

 むむむと苛立ちを露わにする。

「なんで勝てないの~! きいぃいいいいぃいぃ」

 金切り声を上げるソフィア。

 ここまで追い込まれたのは初めてだったが、それに気がついていない様子の彼女であった。

 しかし、働く意味を問われるとは、わしほどの年齢でも分からないというのに。

 それを考え出してはいけないような気がしているのだ。

「そういえば、なんでそんなに勝ち負けにこだわる?」

「? そんなの、あたしが満足したいからに決まっているじゃない」

「そうなのじゃ」

 なるほど。それだけの言葉ですむものじゃな。

 なら、わしも自分のために働いてみるかのう。

 まずはみりんと醤油、料理酒。一番手短なのは沢庵たくあんだろう。干してあった大根も、丁度いい頃合いだろう。それに梅干しと、魚の干物。わしは日本食が食べたいのじゃ。

 わかめの味噌汁とか。そういえば、こっちの世界ではわかめは食べていない……となると、日本人特有の分解酵素は持っていないのかもしれんのう。

「なんでよだれを垂らしているのかな?」

「おうっと。すまない。わしの味覚を刺激してしまった」

「味覚……? なんでそうなるのよ」

 呆れたようにため息を吐くソフィア。

 チェス盤はこちらの順番になっている。

 駒を動かすと、ソフィアが眉根を寄せる。

「まったく、どうやって先読みしているのよ!」

「また怒っている……」

 困惑しているわしは言葉を失う。

 なんでむかつくと分かっているのに、挑んでくるのじゃろう。わしには分からん。分からんことは分からないままにしておく。これが前世で学んだこと。分からないものは分からないのじゃ。それこそ、働く意味や、生きている意味など。でも知恵袋はある。生きていくのにはちょっとしたコツと勢いが大事だったりする。結婚も結局は勢いだと思う。

 わしはそうして生きてきた。だからいつまでも庶民のままだったのじゃろう。

「さてと。チェスにも飽きてきたのう。将棋でもさしたいところじゃ」

「ショーギってなに? 教えて!」

「いいけど、周りに広めない?」

「広めない。広めない!」

「明日あたりにでも掘ってみるかのう」

「掘る? どう掘るの?」

「こう、して掘るのじゃ」

 手で構えてみせる。イメージは木彫りの将棋盤と駒。全部を掘るのには時間がかかるだろう。

「となると、明日に完成は難しいのじゃ」

「そんなにかかるの? だったらチェスでいいじゃない」

 そのとおり。それで今までずっとチェスで済ませてきた。

「でも飽きたのじゃ。だから将棋を作る!」

「なんだかやる気は伝わってくる!」


 次の日の朝になり、わしは大根をしこみ、沢庵を作る。そのあとに将棋盤を作るため、街中で手頃な木片を集める。作る盤はそれほど大きくないので柱を立てる端材ですむのだ。だからお金は意外とかからなかった。というよりも勝手に持ってけ! というところが多かった。盤にする木材だけを購入し、あとはのこぎりと彫刻刀を購入する。

 父と母はまた何かをやっている、とは思っているが、漬物の手前言い出せずにいた。また金儲けの話になる可能性があるからだ。

「そういえば、UNOやトランプもないのう。この国は娯楽が少なすぎる」

 もくもくと端材を彫り駒を作るが、そもそも紙がないのが問題なのかもしれない。

 木材のチップもけっこう残っている。なら、紙を作るのも可能じゃろ。和紙の作り方をしっておるから、可能とも思えるのじゃ。

 戦時中はそんなものもなかったからのう。

 この世界では羊の皮を叩いて伸ばし、その裏に墨で文字を書いている、が羊を育てるのにも時間がかかる。需要に供給が追いついていないのじゃ。

 なら、供給を増やすのも一興か。

 ぐへへへと笑うわしは、引いてしまうものではなかったのだろうか。

「ルナ! 遊びにきたわよ」

 バンッと飛び出してくるソフィア。

 そういえば、今日からわしのバイトをするんじゃったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る