第2話 お城行き!

 皇族のパーティーにわしの作った漬物が入荷されていく。

 じゃが、それならもっといい料理を出したというのに。

 わしのことが信じられないのか、かまどの番は任せられないとされている。

 困ったものじゃ。

 ため息を吐くが、それで何かが変わるわけではない。

 11歳のわしにはまだ早いということでパーティーには呼ばれていない。前世で92歳まで生きたというのに。まあ、実家での掃除でもして待つかのう。

「ちょっと。どうやって汚れを落としたのよ?」

 母が頬を膨らませ、訊ねてくる。

「これを使ったんじゃ」

 そういて見せたのは重曹。ケーキやクッキー、どら焼きを膨らませるのに使う食べ物を洗剤の代わりに使ったのじゃ。

「そ、そんなので綺麗になるのかしら?」

「そう思うのなら、実際にやってみい」

「え。うん」

 母は浴槽に残ったカビを見つめる。そして重曹で洗ってみる。

「あら。本当。どうして思いついたのかしら」

 疑問を浮かべる母に対し、「転生したからのう」と応えるわし。


 その日の夜になって、父が帰ってきた。その顔には焦りの色が窺えた。

「どうしたんじゃ。こんな夜更けに」

「それがルナの作った漬物? を高額で買い取りたいという貴族がいて、だからもう一度作ってくれないか?」

「うむ。良かろう。明日な」

 ふあああと欠伸をかくわし。

「今から作ってほしいんだが……」

「そう焦るな。今日はもうお店が開いてないじゃろ?」

「あ。それもそうか」

 呆けた顔を浮かべる父。


 次の日の朝。恐らく五時頃だろうか。

 わしは早起きをし、さっそく準備にとりかかる。といっても今日は漬物ではなく、沢庵たくあんを作ることにする。大根をロープでしばり、天日干しにする。

「また食べ物で遊んで……」

「しっ。また何か思いついたのだから、放っておきましょう」

「そうだな。俺は小説のネタ探しに街へ向かうか」

 大根の天日干しが終わり、父に駆け寄る。

「街に出るのなら、わしにもいかせておくれ」

「ああ。それはいいが。何かほしいものでもあるのか?」

「料理酒とみりん、それからお醤油、砂糖もあるといいのう」

「え。何? 聞いたこともない料理だけど……?」

 父が目を丸くする。

「ないなら作るしかないな。腕がなるわい」

 日が落ち着くと、街に向かう父と一緒に家を出る。

 街並みは赤煉瓦の街並みで、露店があり、活気であふれている。潮風が届くことから港町なのかもしれない。

「それで、何を買うんだ?」

「まずは樽じゃな。味噌、醤油、みりん、計三つは必要かのう」

 料理酒は普通の酒で代用するとして、こうじが売っているかが問題だ。酒があるのなら、きっと麹と酵母こうぼも売っているじゃろ。

 味噌は大豆と麹、塩だけでできる。醤油は大豆、小麦、塩だ。みりんは米麹、蒸した餅米、焼酎が基本になる。

 これらを作るには樽が必要だ。それと麹と酵母。

「次は大豆と小麦じゃ、さすがに米は売っていないのじゃな……」

 米が売っていないのは想定外だった。でも、代わりになりそうなものはある。小麦だ。米がなくともみりんは作れる。風味だが。

「こんな大量の小麦と大豆、使い切れるのか?」

「もちろんじゃ。なんならクッキーでも焼くかのう」

「クッキーを作れるのか……」

 わしは一軒の酒屋で止まる。

「ここではお酒を売っているのじゃな」

「そうだけど、酒しか売っていないぞ?」

「いいのじゃ。入って確かめるのじゃ」

 わしは父と二人で酒屋に入る。

「いらしゃい」

 やる気のなさそうな店主が向かいいれてくれる。

「麹と酵母を購入したいのじゃが」

「……! なぜそれを知っている? もしかして、酒屋を始めるのか?」

「そんなところじゃ」

「このちびっ子にお酒をあげるわけじゃないよな?」

 鋭い視線は父に向けられる。

「いえ。私が購入するので大丈夫です」

「お酒も買っておこうかしら」

「そうだな。買っておくか……」

 これで準備は整った。

 湿度と温度を管理しなければならないので、これからが大変だ。

 買ってきた物を見て青ざめる母。

「こんなに無駄なものを買ってきて、どうするの? ルナ」

「これで醤油、みりん、味噌を造るのじゃ」

 わしは樽を並べ、煎った大豆や小麦を投入していく。もちろん酵母や麹も忘れてはいけない。

「まるで酒造ね」

 母が感心していると、父が苦い顔をする。

「なんでこの子は酒の造り方なんて知っているんだ?」

「さ、さあ……」


「あとは月日を重ねるだけじゃな」

「どのくらいだ?」

「できあがりは味見して、じゃな」

 困惑する父と母。

「今は漬物じゃな」

 昨日のように塩漬けにしたキュウリと白菜をとりだす。

「これで売れるのかえ?」

「そうだ。それがほしかった! 今からでも行ってくる」

 樽いっぱいに入った漬物を持っていく父。

 上層階級の皇族が気に入ったのだ。高値で取引されているとみてまず間違いない。

「わしもついていって良いかえ?」

「ああ。もちろんだ。皇族の第二皇帝・ミア=リース様にも気に入られているようだ」

「ミア=リース?」

「様をつけない。様を」

 ちょっとめんどくさいな。でも日本にも天皇陛下がいたか。そんな感覚とは違い、政治家でもあるのだ。

「そのミア=リース様が気になっているのかえ?」

「そうだ。今日会えるが、ちゃんとお辞儀としきたりを真似でいいからしてくれ」

「うん」

 華やいだ笑顔を見せる。

「賢いルナのことだ。問題ないだろう」

「そうなのかのう……」

 のんびりとした口調で応じる。


 父と一緒に漬物を片手に白亜の城を目指す。

「確かルナと同い年なのだよ。ミア様は。仲よくできるといいな」

「そうかのう」

 わしは精神年齢的に103歳じゃな。合法ロリと言うものがあるらしいが、わしは非合法婆ちゃんといったところか。

 需要はあるかのう……。

 分からないけど、今は漬物を売ること。それを目標にしよう。うん。そうしよう。

 漬物の入った樽をいくつかに分けて運び出す。

 憲兵により、城内を案内してもらう。

「待っていたの~!」

 元気な声で飛びかかってくる少女。わしはそれをかわし、スカートをひるがえす。

「だれ?」

 誰何の声を上げると、その少女は立ち上がった。

「わたしはミア=リース。第一皇女よ!」

 えへんっと言いたげなミア。

「えぇ~……」

 わしは呆けた目をミアに向ける。

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