座談会 女三人寄れば(一)

― 西暦2013年 初秋


― 大都市ロリミエ マテオのマンション




「貴方のアモーレはまだ帰ってこないの? 私たちだけが先に出来上がっちゃうじゃないの」


「マルシェに寄るって言っていたからもうすぐ帰って来るわ」


「なんだかキャスはシニョーラ・フォルリーニとしての風格が漂ってきているわよ」


「いやだわアンソ、風格だなんて」


「何と言ってもあの傲慢束縛大魔王を上手にぎょしているものね」


「リサまで何よ、その大魔王って」


「キャス、貴女が自分でイタリア旅行中の第三十五話でマテオさんのことをそう呼んでいたじゃないの」


「確かにそうだったわ」


 ある秋の金曜日の夕方、ここは新婚フォルリーニ夫妻のマンションである。外のテラスで三人の女性が楽しくお喋りをしている。


「リサから聞いていたけれど、豪華で素敵なマンションね」


「でしょう? 二人で住むには広すぎるわよね。居間と台所だけで私のアパルトマンより大きいくらいよ、庶民には全く手の届かない物件だわ」


「私も初めてここに来た時には驚いたものよ」


 そこにマテオが帰宅したようである。


「ただいまキャス。やあ二人とも、いらっしゃい」


「お帰りなさいマテオ、お疲れさまでした。外に居たから貴方が帰ってきたのに気付かなかったわ」


 マテオは愛妻カサンドラを抱きしめて軽くキスをし、帰宅途中にイタリア街で買ってきた食材を彼女に渡している。


「食事は外のテーブルでしましょうか?」


「手伝うわ、キャス」


「私も」


「俺はまず先に着替えてくる」




 食卓に皿が並び、マテオがワインを開けている。メニューはアーティチョークとハムのサラダ、茄子のラザーニャである。デザートはマテオが買ってきたティラミスだった。


「今日の座談会を祝して乾杯!」


「そうね、乾杯! 座談会が開けるということはハッピーエンドを迎えたということですもの」


「座談会?」


「女子会じゃないのか? 俺は食事が済んだら退散するからさ」


 新婚の二人は何も告げられていなかったようである。


「この『貴方の心に不法侵入』は新シリーズ第一弾の物語ですから皆さんお馴染みではないかもしれないわね。ぶっちゃけて言えば選ばれし名脇役が主人公二人に色々と質問をする場なのよ」


「リサ、自分で名脇役ですって。とにかくマテオさんもしっかり最後までお付き合いして頂きます」


「最近のアン=ソレイユさんはやたら貫禄がついているわよね」


「もう、リサ! 茶化さないでよ」


 主役の二人はくすくすと笑っているだけである。


「ではそろそろ始めるわね。二人の出会いから始まる本編は終始キャス視点で進んでいくわよね。彼女の印象ではマテオさんは最初ただのコワい傲慢な人、要するにマフィアモード全開だったのよ」


「キャス側からしか書かれていないのでしょうがないですね。そうなのです。フォルリー二氏は借金をかたにキャスを脅してセクハラ言動を繰り返していました」


「おいっ!」


「キャスがロリミエに逃げ帰って来たのを追いかけてきて、やっときちんと告白して無事に彼氏と彼女になれたから良かったものの」


「本当です。こじれないで良かったですよね、全く」


「ちょっと二人とも……」


「なあに、キャス? 言い過ぎだとでも?」


「えっと、いえ、本当のことです」


「おいっ、キャスまで……初っ端からこんな感じだったら何だかこの後も非常に嫌な予感がする……」


「マテオさん、覚悟しておいて下さいね」


 アン=ソレイユの可憐な微笑みがマテオには小悪魔のそれのように見えているようだった。


「マテオさんはお付き合いを正式に始めると益々嫉妬深いモラハラ彼氏に変貌していくのよねぇ。同年代の男性であるバイト先の同僚だけでなく、レナトさんの息子ホセさん、キャスのお兄さん、その上ラモナさんやガビーにまで妬いていたもの」


「えっ、そうなのマテオ?」


「ガビーって誰のことだ?」


「お覚えないですか? 本名ガブリエル・ジョンドロー、物語の最初に登場してきたあの可愛い赤ちゃんのことですね。キャスに抱っこされていた彼女、手がちょっとキャスの胸に当たっただけでした。マテオさんはそれをしっかり見ていて、羨ましいだのけしからんだのおっしゃっていましたね。当時一歳、ちなみに性別は女の子です」


 アン=ソレイユの口調はかなり厳しい。マテオはむっとした表情で黙り込み、リサとカサンドラは笑い転げている。


「ああ、可笑しいわ。さて、この物語の題名は『貴方の心に不法侵入』で、実際マテオさんの別荘に不法侵入したあの男の子とかけているのよね。ボールを蹴って温室を壊した彼、何て名前だったっけ、キャス?」


「ジェイミーよ」


「ああ、俺達が今こうしていられるのも、元はあのジェイミーのお陰だよな、キャス」


「そうね、懐かしいわ」


 二人は見つめ合って微笑んでいる。


「さて、マテオさんはキャスに束縛大魔王と呼ばれるようになるほど、彼女のことをコントロール、支配するようになります」


「そうそう、キャスが男友達と出掛けようものなら尾行も厭わないくらいの嫉妬深さよ。しかも女友達でもゲイの男友達でもとりあえずごねるのはお約束のようだし」


「私たちと夜遅くまで出かけるのでさえ、最初は良い顔をされませんでした。全く、キャス独占禁止法を施行しないといけません」


「スル セリオ! キャス独禁法など断固反対する。独占するのは俺だから」


「こんな感じで結婚後も相変わらずの束縛ぶりだしね」


「だが俺は実際キャスを紐や縄で縛ったことはない。痛みではなく悦びを与えるのが愛だと思うし、そういうプレイは俺の手札にはない。他に任せる」


 マテオはカサンドラのポニーテールや頬を触りながらそんなことを言ってのけた。


「な、何をいきなり言い出すのよ、マテオ!」


 カサンドラとアン=ソレイユは真っ赤になってしまっている。


「そんなこと誰も聞いていないというのに、しかも大真面目な顔で答えちゃうという」


 アン=ソレイユが咳ばらいをしている。


「さて、気を取り直して……マテオさんは出張旅行が多いですよね。キャスの方もさぞ心配なことでしょう」


「はい。マテオのことを信用していますけれど、彼の行く先々で周りに女の人が群がってくるのは明らかです。私は彼の留守中ずっとやきもきしています」


 マテオはカサンドラの手をしっかりと握った。


「心配無用だ、キャス。向こうから勝手に寄って来るのは俺のせいじゃないだろ。女が居ない所に行けと言われたってな、ゲイバーなんてのもちょっと。そんな趣味はないし」


「それもイヤよ! そうしたら今度は貴方の周りには男の人が集まってくるじゃない!」


「俺だってご免こうむりたい」


「……」


 絶句しているアン=ソレイユだった。




(二)に続く




***今話の一言***

アモーレ

愛しい人、ダーリン


スル セリオ!

本気ですか、冗談はやめてください


お馴染みの座談会、マテオくんは女性たちに吊るし上げられて!?います。

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