親友リサ・リー=ラウ




 ハーイ、読者の皆さん! キャスの親友、リサです。彼女とは大学時代、アンソを通じて知り合いました。姉御肌の私にとって、キャスのような女の子はついつい面倒を見たくなってしまうのです。歳も私の方がキャスやアンソより二歳上ですしね。


 私がキャスと仲良くし始めた頃、彼女は大学で初めてできた恋人と付き合っていました。確か彼は医学部の一学年上の人でした。私は一度だけ二人が一緒に居るところに遭遇しただけです。


 しかし、私の彼に対する印象は、はっきり言ってキャスにはもったいない男だ、というものでした。二人はあまりデートもしていないようでした。それもその筈、当時のキャスは勉学一筋、カフェのバイトを入れ、その上アンソの世話もしていたのです。


 アンソは妊娠が発覚したばかりの頃で、悪阻つわりで体調が良くなく、大変な時期でした。当然キャスは彼氏と過ごす時間もほとんどなかったようです。


 ある日私は偶然その彼が他の女の子と出かけているという情報をキャッチしてしまいます。浮気野郎の実態を私の口からキャスに告げるべきなのか少々迷っていたところでした。


「どんなに熱く情熱的な雰囲気でも、焦らずに避妊だけは絶対怠ったらだめよ……一時の快楽を求める前に冷静になって今の私の姿を思い出してね……」


 悪阻でいつも顔色が悪く、みるみるやせ細ってしまったアンソは口を酸っぱくして私たちにそう言っていたものでした。


「ねえ、避妊を忘れるくらい盛り上がるっていうのが私には今いち分からないの」


「キャス、それってどういう意味? リサお姐さんに詳しく話してご覧なさい」


「ここだけの話、その行為って別に痛くはないのだけれど、気持ち良くもなくて。実は、彼が避妊具を使っていても妊娠と性病の恐怖に怯えているだけなの。早く終わって欲しいとさえ思うこともあるし。私が経験不足で下手なのかしら? だから彼は他の子に目が向くの?」


 アンソと私は一瞬絶句して暗い視線を交わし合いました。


「ないわー! キャス、奴が独りよがりなだけで、貴女だけの責任じゃないわ!」


「ヤダ、自分が女の子を満足させられないのは改良の余地があるとしても、それを棚に上げて浮気するだなんて最悪っ!」


 キャスが女としての自信を失わないようにアンソと二人で力説、もちろん彼女はその最低粗〇ン野郎を捨てました。セックスの悦びをまだ知らない彼女をアンソと私は気の毒に思っていました。


 彼と別れた後、キャスは今まで以上に勉学とアルバイトに励むようになってしまいます。それはそれでも良いのですが、もう少し力を抜いて遊んでも罰は当たらないだろうと言うのが私とアンソの意見でした。


 そんなキャスの変化をいち早く察知したのは私です。それは彼女が大学院に入った九月のことでした。何だか物憂げな顔でため息ばかりついているのです。


 私はすぐにこれは恋煩いだと直感しました。しかもそれを指摘すると焦って否定するのです。緊急事態発生です!


 それでも私たち三人はそれぞれ忙しくしていて、女子会を開催する機会が全然とれませんでした。やっと三人でゆっくりと集まれた時にはロリミエの街はすっかり寒くなっていました。


 ついにキャスがその夏に出逢って付き合い始めた人について話してくれました。そして恋人であるフォルリーニさんは何と私たちの二次会会場であるバーに乗り込んできたのです。


 私も最初は気付きませんでした。けれどマテオという名前のイタリア人という情報とキャスの態度からピンと来たのです。ということでバーのカウンターに座っているそのイタリア系の超イケメンに直接聞いてみることにしました。


「でも、まあ、そうねぇ。ちょっと話しかけてみるわ」


「リ、リサ!」


「あら、まぁ!」


 我ながら大胆だったと思います。


「ブオナ セラ、シニョール マテオ・フォルリーニ?」


「ティ コノスコ?」


 大いに機嫌が悪そうです。また女が話し掛けてきやがって、と言う表情です。


「いいえ。キャスの友人で、リサと言います。初めまして」


 ビンゴでした。私の言葉に彼の表情は穏やかなものに変わり、椅子から降りて私に握手を求めてきました。


「こちらこそ初めまして。キャスがいつもお世話になっています」


「貴方がここでバーにいる女性たちの注目を集めているとキャスがヤキモキしているから、もう彼女のところへ行ってあげて下さい」


「ああ、そうする」


 そこで彼はキャスのもとへ向かい、かがんで彼女の顎に手を添えてただの挨拶にしては長すぎるキスをしました。私はニヤニヤ笑いが止まりません。


 アンソとキャスが帰宅前にお手洗いに行った隙に私はフォルリーニさんに名刺を渡されました。


「いつもキャスから貴女とアン=ソレイユさんの話を聞いている。彼女に何かあったらいつでも携帯に電話してくれるとありがたい。というか絶対報告して欲しい。今日みたいに夜遅くなる時などは特に」


 名刺の裏側に彼は携帯電話の番号を書いています。同じ名刺が二枚ありました。一枚はアンソに渡せという意味でしょう。


「いわゆるセレブな貴方が個人的な番号を今日会ったばかりの私やアンソに教えてしまって良いのですか?」


「君達はこの番号を悪用するような人間なのか?」


「いいえ。ちょっと聞いてみただけです」


「キャスが親友だと言って信用している君達だから頼んでいる。以前、俺がちょっと目を離した隙に彼女が取引先のクソオヤジに襲われそうになったことがあった。キャスを怖い目に遭わせてしまったことは悔いても悔やみきれない。あんなことは二度と起こさせない。防げるものは未然に防いでやるつもりだ」


 フォルリーニさんは厳しい表情でした。彼の気持ちも分かりますが、超過保護な人のようです。


「分かりました。何かあったら電話かメールします。私の番号もお教えしますね。アンソは家電しかないからメールはできませんけれど、彼女にも伝えておきます」


「すまないな」


 私はそこで彼の番号を携帯電話に登録して、すぐにメールを送りました。そこで私はあることに気が付きました。


「まあ、あの子が携帯電話を使い始めたのは、貴方と交際を始めたからなのですね」


「ああ。ある日キャスの帰りが遅くなってこちらから連絡できなくて焦ったことがあった」


「私だったら恋人にここまで束縛されるなんて息苦しくてご免こうむりたいですけれども……人によりけりですから。キャスがそれで良ければいいのですよね」


「確かにそれで時々喧嘩になることがないとは……言えない」


 フォルリーニさんの言葉は尻すぼみになってしまい、私は噴き出さずにいられませんでした。キャスはほんわかしているようで、人の意見に流されてしまったり、男性の言いなりになったりしないのです。フォルリーニさんも手を焼くことが多いのでしょう。 


 フォルリーニさんがキャスに対してかなり本気だということはすぐに分かりました。境遇の違いから、一見キャスが愛人として囲われているだけにも見えるのですが、二人の熱々ぶりからそうとは考えられません。それは日を追うごとに明らかになっていきました。


 付き合いだして初めてのキャスの誕生日のために私たちはプレゼントの相談をされました。プロポーズ大作戦の時にも家族友人総出で駆り出されました。周りの私たちも呆れながらも二人の仲を取り持つための応援を惜しまなかったのです。




***今話の二言***

ブオナ セラ、シニョール マテオ・フォルリーニ?

こんばんは、マテオ・フォルリーニさんですか?


ティ コノスコ?

私はあなたのことを知っていますか? 知り合いでしょうか?


超過保護でストーカーなマテオくん、リサとアン=ソレイユの協力も得てカサンドラの周りをガッチリと固めていく、の巻でした。

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