運転手レナト・オルテガ




 フォルリーニ家に運転手として長く勤めております、レナトと申します。セレブの使用人というものは口が堅くないと務まりません。妻で家政婦のラモナ共々、色々なことを目撃しております。この場で読者の方々に対しては赤裸々に語っても問題ないようなので、張り切って参ります。


 私は主にフォルリーニ家の御両親にお仕えしております。運転手としてだけでなく、庭の手入れやちょっとした大工仕事や力仕事も任されているのです。マテオ様はご自分で車を運転されるのがお好きなので、以前は私の役目はあまりございませんでした。


 私がカサンドラお嬢様に初めてお会いしたのはある寒い冬の日のことでした。外で食事をされたマテオ様を迎えに行った時です。マテオ様は珍しくその日は運転されておりませんでした。レストランを出てきた二人は仲良く寄り添っておいででした。


「キャス、ラモナの夫で運転手のレナトだ」


「レナト、こちらマドモアゼル カサンドラ・デシャン」


「初めまして。ラモナさんにはいつもお世話になっております」


 なんとカサンドラお嬢様は握手の手を差し出して下さいました。ラモナにもう会っているということはマテオ様とは既に親しいお付き合いなのでしょう。私共は夫婦の間でもあまり主家の方々について話すことはありません。


「マンションへやってくれ、レナト」


 先にお嬢様を御自宅に送り届けるものだとばかり思っておりましたが、行き先はマテオ様のマンションだけのようです。お二人の親密さからもそれは当然のことと言えます。


「ああ、うちに着くまでに寝てしまいそうだ」


「そんなに疲れていたのだったら、今日は自分で運転しないで正解ね、マテオ」


「いやそこまで疲れている訳じゃないさ……プルチノ ミオ」


 ニヤニヤ顔のマテオ様はお嬢様の耳に何か囁かれております。


「もう、マテオったら」


 真っ赤になったお嬢様の肩をマテオ様が抱き寄せられております。私もしっかり鏡越しに観察、いえ後続車に気を配るついでに目に入ってきただけです。


 さて、車はマテオ様のマンションの車付けに到着し、私の今晩の勤めは終了です。


「急に頼んですまなかったな、レナト」


「ありがとうございました。気を付けて帰って下さいね、レナトさん」


「お休みなさいませ」


 若いお二人は仲良く手を繋いでマンションに入って行かれます。


「お帰りなさいませ、ムッシュー・フォルリーニ、マダム・デシャン」


 何とマンションの警備員にまでお嬢様は名前で呼ばれておいででした。ということはもうマテオ様のマンションにお住まいなのでしょう。決して意識して耳を傾けていたわけではありません。聞こえてきただけです。




 それから数日後のことでした。


「レナト、明後日の金曜日の夜なんだが、車を出せるか?」


 マテオ様から打診されました。


「その夜は御両親を送り迎えすることになっておりますので、生憎そちらには伺えません」


「そうか、だったらしょうがないな」


「代わりに息子のホセがお迎えに上がれますよ。確か家に居ると申しておりました。今すぐ確認して、折り返しお電話致します」


 私たちの息子はロリミエ大学で経済を学ぶ学生で、マテオ様や御家族を何度か私の代わりに送迎したこともあるのです。


「……ホセか、いやだったらいい。俺がなんとか都合をつけて行くことにする」


「車は古いですが、洗車して伺うように申し付けますし、運転技術も確かです。親の私が言うのもなんですけれども」


「いや、問題は車でもホセの腕でもなくてだな……」


「ムッシュ・フォルリーニ、息子が何か粗相をしでかしたのでしょうか? でしたらはっきりとおっしゃって下さい」


「そんなことはない。すまない、俺の言い方がまずかった。ただ、キャスと同年代の男性を二人きりにしたくないだけだ」


「はい?」


「別にホセの勤務態度には問題はないし、彼を信用していない訳でもない。ただホセはキャスと歳も近いし共通点も多いだろう」


 一瞬耳を疑いました。


「確かにそうでございますね。お言葉ですが、うちの息子が恐れ多くもカサンドラお嬢様に必要以上に親しく接するとは思えませんが……」


「それは百も承知だが、キャスの方からホセに興味を持つということは大いにあり得る」


「そ、そういうことでしたか……それでもただの友情の域は出ないのでは?」


「いや、心配でしょうがないから俺が自分で迎えに行く」


 マテオ様との会話が終わるまで笑い出すのをこらえるのに苦労致しました。


 親の目から見てもうちの息子はそこそこの美男子です。しかし、マテオ様と比べるとやはり男らしさに欠けると言えます。他には経済力、ファッションセンス、身長、筋肉量など、どの点でもマテオ様の方が勝っています。


 うちの息子がマテオ様より優れていることと言ったら、すぐには思い付きません。平凡さ、庶民感覚、家事の腕、他には……強烈な母親が居ないことくらいでしょうか。ルチア様、大意はございません、申し訳ございません。


 とにかく、カサンドラお嬢様の目にはマテオ様しか映っていないのは明白でした。ラモナも私も微笑ましいお二人の仲を陰ながら見守っておりました。


 マテオ様がカサンドラお嬢様に内緒で色々と画策され、私も度々協力していたことは皆さまも本編でご存知のことと思います。お二人のために私が役に立って、運転手冥利に尽きると言うものです。




***今話の一言***

プルチノ ミオ

僕のひよこちゃん


レナトさんの語りによる『運転手は見た!』でした。ホセにカサンドラを迎えに行かせるのを異様に躊躇ためらっていた超心配性なマテオです。結局のところ無理矢理都合をつけて自らアン=ソレイユを職場に迎えに行き、それから彼女のアパートで子守をしているカサンドラの所へ行った、あの問題の夜の裏話でした!

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