始まりと終わりの遊園地

 心臓が止まりそうになるほどの勢いで俺は走る。

 梓との思い出が蘇る。


 小学生の頃の夏の思い出。

 いつも隣にいた大切な幼馴染。

 梓が可愛くなりすぎて、顔をまともに見て話せなくなった日々。

 梓との仲を嫉妬されて、いじめられた中学時代。

 ツンツンしてるけど、俺に毎日話しかけてくる梓。

 俺がイメチェンした時の梓の苦い顔。

 ――喧嘩したけど、仲直りできて、昔みたいに距離が縮まった日。

 ――一緒に冷やし中華を食べて、お母さんと菫と一緒におしゃべりした時。

 ――クラスメイトと仲違いした梓を守ろうとした時。

 ――夏休みに梓と一緒に過ごしたじっちゃんの家。


「――知らない記憶が混じっている? ……これは――俺の願望か?」


 俺は走る。

 足が千切れそうになっても、足を止めない。


 だって、この願望を叶えるために俺は――過去に戻って来たんだ!!


『ああ……お前なら……』


 胸が熱い。まるで、もう一つの命が宿っているようであった。

 消える前の一瞬のきらめき。


 別の記憶の梓は後悔にまみれて死んでいた。

 何度も何度も死を繰り返していた。


 ――あんな梓は見たくない。


 今日が分岐点だ。

 明日、謝っただけじゃ遅いんだ。

 梓が幸福な死の呪いを受ける前に――


 知らない知識と記憶が頭で渦巻いている。

 困惑なんてしてる暇は無い。




 遊園地の門が見えた――

 土曜日ということもあり、人が大勢賑わっている。


 俺は人混みをかき分けて、遊園地へと入っていった。






 遊園地に入ると、四匹のムッキーの仲間たちが迎えてくれた。

 子供に囲まれているキグルミたちは、俺に向かって叫んだ――


「ほろほろ!!」

「ふがっふ! ふが!」

「ぴろろろっ!」

「もすもす〜」


 子どもたちは喋りだしたキグルミに驚いていた。


「わわ、キグルミさんたちが喋ったよ!」

「わーいわーい!」

「ていうか、喋れる設定だっけ?」


 目線で俺が行くべき方向を示す。

 俺を激励しているようであった。


『――広……、走……お前なら――」


 俺の中の何かが燃え尽きようとしている。

 駄目だ、お前はまだ消えるな!! 梓を助けるんだろう!!!


 俺は胸をかきむしる。


『――梓……会いた……』


 俺は広場へと目指した。







 広場は人だらけであった。


「くっそっ、梓がどこにいるかわかんねーよ!?」


『――感じ、ろ……梓を』


 俺は目を閉じて深呼吸をした。

 夏の香り匂いがする俺の大好きな梓。


 ゆっくりと目を開く。


 家族連れ、カップル、友達同士。様々な人で溢れている。

 優しい空気を感じる――

 今知りたいのは優しい空気じゃない。


 俺に冷たい言葉をかけられて、絶望を感じている空気だ――


 一人でとぼとぼ歩いている女の子が目に入った。


「梓っ!!!」


 遠目からでもわかる暗い顔。

 今にも自殺しそうな顔であった。


「梓っ!! ――くそっ、ここからじゃ聞こえねえ! 今行くぞ!!」


 俺は再び走る。


 暗い顔の梓は……顔を上げた。

 梓の目の前には――ムッキーが立っていた。


 誰もムッキーに気がついていないのか、梓とムッキーの周りだけは静かであった。



『――!? 止――』


 安心しろ、俺の中の……誰か。


 俺は張り裂けんばかりの叫び声を上げながら――



「梓っーーーー!!!! 好きだーーーー!! さっきのは照れ隠しなんだよーー!!」



 周りの人たちが俺に注目をする。


「マジ? 愛の告白!?」

「すっげ、ていうか、相手どこだよ!?」

「いいな〜、私もあんな情熱的な告白されたい」



 梓は、はっと泣き顔を上げた。

 俺と目が合う。


 俺は梓とムッキーの前に立ちはだかった。


 梓は状況を理解していないのか、戸惑った顔をしていた。


「はぁはぁはぁはぁ……」


 ムッキーは無表情で俺を見つめる――

 いや、こいつは俺の中の誰かを見ている。


 恐怖心で身体が動けない。


『――それでも』


「ああ、それでも――」


 俺はムッキーを強くにらみつけた。


 ムッキーの雰囲気が変わる。

 得体の知れないものから――みんなのムッキーに戻っていった。


 子供たちはムッキーを認識すると、騒ぎ出した。


「あ、ムッキーだ! わーい」

「写真取ろうぜ!」

「花子〜、早く来いよ〜」


 ムッキーは肩をすくめて、手を振って俺たちの前から消えた。





 **************




 けんちゃんは梓とムッキーの間に立ちはだかった。

 ムッキーは少し驚いた様子であった。


『――むき? ……これだから人間はすごい』


 けんちゃんにも梓にも聞こえない声。

 俺にはわかる。ムッキーはこの世界の上位の生き物だ。

 あれだ、神だか天使だか悪魔って言われているものと変わらないだろう。


 俺はムッキーの言葉に答えたいけど……もう声も出せない。

 心の中で思うしかできない。


 ――ああ、人間は可能性を秘めているんだよ。

 死にたくても、後悔したくても、生きなきゃ駄目だ。


 ……ちょいまち……俺って梓の世界のけんちゃんだろ? 人間なのか?


『――お前もけんちゃんの可能性の一つ。だから誇れ……むき』


 けんちゃんはムッキーとにらみ合う。

 ……もう大丈夫だ。お前らは幸せになれ――


 ムッキーは最後に俺に告げた。


『結果的に一人の少女が幸せになって良かった――むき』


 ムッキーは俺たちの前から去っていった。





 けんちゃんがその場でへたりこんだ。


「わけわかんねーけど、死ぬかと思った……あ、梓――」


 けんちゃんはゆっくりと立ち上がって、梓と向かい合う。


「……梓、さっきはごめん――どうしても素直になれなくて……それで、追いかけて――」


 梓は泣きながら……笑っていた。


「――バカ……どうせならもう少しロマンチックな告白にしてよ――」


「ははっ、どうせ俺は馬鹿だからな! ……梓、もう大丈夫なんだよな?」


 梓はけんちゃんの胸に抱きつく。


「――うん、けんちゃんが来てくれたから……もう何も怖くない」


「良かった……ところで……告白の返事は?」


 ――バカ、もう少し空気読めよ。


 梓はそれでも、にっこりと笑って答えてくれた。

 それは何度も見た梓のきれいな笑顔。


 ――俺にとって、これで最後の笑顔。


「あ、あんたなんか……す、好きで、好きで、好きでしょうがないのよ!! もう絶対離さないんだから!!」


「あ、梓っ!」


 けんちゃんは思わず梓を抱きしめた。



 ――もう大丈夫だな。


 俺はここまでだ。

 あとは――



 俺の意識がなくなろうとしている、その時――

 子供たちに囲まれているムッキーが両手を天高く上げた。


 あたり一面暗くなる。


「はっ? まだ明るいはずだぜ?」

「な、なんだ? アトラクションか?」

「ああ!! ねえ空を見て!!」

「わーー、すごい!!」




 ――空には一面の花火が咲き乱れていた。


 梓とけんちゃんは呆けた顔でそれを見る。


 梓がつぶやいた。


「――あれ……知らない記憶が――けんちゃんと――あははっ……なんで涙が――止まらないの!?」


「……出てこい」


 けんちゃんが――俺に言い放った。






 俺は――言葉を発した。


『梓――、頑張ったな』


「ひっぐ、ひぐ……けんちゃんのおかげだよ……けんちゃん嘘つき」


『……ごめんな、でも、この梓にはこのけんちゃんがいるだろ? それに俺と過ごした記憶はこの瞬間しか思い出せないから――悲しい事なんてないさ』


「ひぐっ、ははっ、やっぱりけんちゃんって、バカだよ……」


『うるさい。このけんちゃんも相当おバカだからよろしくな。……なにせ、俺一人じゃ過去になんて行けなかった。このバカの強い気持ちのおかげだ』


「私……けんちゃんと過ごした日々を絶対忘れない……だって、だって!!」


 花火がだんだんと弱くなっていく。


『……梓、お別れの時間だ』


「けんちゃん……ありがとう。もう後悔なんてしない――私は前を向いて生きるね」


 最後の大きな花火が打ち上がった。


『ああ、サヨナラだ。――梓、幸せにな』


 梓は俺の胸を強く叩いた。





「――バカっ! さよならなんて言わないよ! けんちゃん、またいつの日か――」




『―――――』











 最後に見たのは――花火よりもずっときれいな梓の笑顔であった。

 俺は……この瞬間、役目を終えた。

 目の前が暗くなる。

 

 梓の笑顔を……焼き付けて……

 俺は……世界から……


 


『―――――梓……世界で一番幸せになれよ』




 消えた―――――











 これは、俺が死にゆく運命の幼馴染の後悔を無くし、幸せにしてから――俺が――見送るための物語。








(ツンデレ幼馴染の後悔をなくすために、俺は三ヶ月前に戻った! 完)


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ツンデレ幼馴染の後悔を無くすために、俺は三ヶ月前に戻った! うさこ @usako09

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