思い通りにならなくても

「けんちゃん……ごめんね、もっと一杯お出かけしたかったね――」


「梓ぁ……、俺が、もっと、早く気がついていれば――」


「いいの、けんちゃん――私幸せだったよ……。けんちゃんと出会えて――」


「あ、ず――」


「ごほっ! ごほっ!! はぁはぁ――」


「梓! 大丈夫だ! 先生呼んだから! ほら安心しなさい――」


 目の前で梓が死にかけている。

 梓の父さんと母さんが……顔を悲しみで歪めて梓を見守っている。

 病院の先生が看護師さんに指示を出しながら梓を手術室へ運ぼうとしている。


 けんちゃんは梓を手を取りながら、必死で梓の名前を呼びかけていた。

 そして、けんちゃんと家族を残して、手術室へと消えていった。






 俺は梓とともに現実世界に戻る事ができた――

 だが、すべてが終わったあとであった。


 ――なぜだ? 始まりは遊園地じゃなかったのか!? なんで病室なんだ……


 俺はけんちゃんの隣で立ち尽くしていた。


 最後に見た梓の顔は安らかであった。

 後悔がすべて無くなり……けんちゃんに向ける愛情を隠していない。


 だが、運命は変わらなかった。


 梓は死んでしまう。


 俺は咆哮をあげた。


『―――うおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!!!!!』






 ****************





 ここは現実世界である。

 俺はここで生きる人間じゃない。

 俺とは違うけんちゃんがいる。

 他の人は俺を認識していない。幽霊みたいなものであった。


 現実世界のけんちゃんと梓は……梓の世界の時のように少しずつ愛情を育んだようだ。

 ……けんちゃんがスマホのアルバムを見ながら、梓との思い出に浸っていたからわかった事だ。


 ――梓、頑張ったんだな。


 けんちゃんは意外にもしっかりと前を向いている。


 ほら、今も俺の横で梓の葬儀に出席している。

 そう、あの時の俺は梓の葬儀に出ることができなかった。死に顔を見るのが怖くて――


 この世界のけんちゃんは違う。

 梓にお別れを言うために、涙をこらえて葬儀に出席していた。

 強さを感じる――



 俺は葬儀を見ながら何度も自問自答した。


 ――どこで間違えたのか?

 ――なぜ遊園地に戻れなかったのか?

 ――梓と戻るタイミングが違ったのか?

 ――ムッキーの嫌がらせなのか? 


 考えても答えは出ない。


 梓は本当に安らかに死を迎える事ができた。

 確かに、梓は後悔を無くし、幸せな気持ちのまま、けんちゃんに見送られた。


 間違ってない。

 間違ってないけど――


 これじゃあ、あんまりだ!!


 この世界の梓はけんちゃんと付き合っていない。

 妄想の世界のけんちゃん――それでも……梓は俺と一緒に過ごした記憶が交わって、安らかな死を迎える事ができた。


 この世界のけんちゃんは遊園地のあと、告白しようとしていた。

 俺の隣にいるけんちゃんは、ボロボロの紙切れを食い入るように見ていた。


「……乙女リスト? あいつ――」


 その背中は震えていた。

 けんちゃんは梓の後悔を見ていない。


 それでも、けんちゃんは……咆哮をあげていた。


「梓っ―――――俺は……何もしてやれなかった……」


 俺はこの時けんちゃんから強い願いを感じた。


 ――ああ、やっぱりこいつは俺だ。


 現実世界のけんちゃんに梓を任せるのは正直不安であった。

 だが、この姿を見ると、不安が消えていった。


 ――こいつなら任せられる。なにせ俺だからな!!


 けんちゃんの感情が高ぶる。


 俺はムッキーの言葉を思い出した。


『諦めるな』


 ムッキーは知っていたんだ。俺たちの結末が絶望的な事を。

 そうだ。諦めるな! 俺はこんな結末望んでいない!!


 梓を助けて、けんちゃんと幸せにするんだ!!!

 けんちゃんの感情の高ぶりが頂点に達した時、俺は……。


 強く願った。


 ――あの遊園地。

 ムッキーと梓が出会う前に――

 ――心を重ねろ――


 梓の世界でできて、現実世界で出来ない事は無い!!



 だから、俺は願う。


『あの日に戻るんだ、けんちゃん!!!』


「――なんだ? 胸が苦しい?」


『お前は後悔したまま生きるのか!! お前はけんちゃんだろ!! だったら、梓を救え!!』


 ――俺が最後の力を貸してやるよっ!!



 俺はけんちゃんの身体に重なり合う――

 俺が今まで経験したすべてを託す。


 ――俺はどうせ消える存在だ!! お前が梓を助けるんだよ!!


「――そうだ、願うんだ。強く、強くっ――梓を助けるんだ!!!」



 けんちゃんの頭の中でぶちっという音が聞こえる。

 ――願え!!!


「梓ーーーー!!! 俺が必ずっ!!!」





 *****************





 目が覚めると、俺の身体が熱くなっていた。

 俺は時計を見る。

 ……おかしい? もう夕方のはずなのに……二時だと?


 俺はスマホで時間を確認した。


「……三ヶ月前の土曜日……俺が梓に冷たい言葉を――これは――」


 混乱してもおかしくない状況なのに、頭がクリアだ。

 ただ事実とて認識する。ああ、そうか、過去に戻れたんだな。


 なら――俺は行動するまでだ!! 梓!!!


 今日の放課後、梓は俺に遠足の下見を誘おうとしていた。

 俺がそれを振り払った。


 その時の梓の顔を思い出すと、胸が痛くなる。


『そうだ……遊園地に行け……』


 心の奥から声が聞こえる。

 俺はそれを素直に受け止めた。


「ああ、言われなくてもなっ!!」


 俺は着替えもせずに、走り出した!!!

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