最後の日

 俺と梓は運命の日を迎えた。


 俺たちは、菫と一緒に三人で登校する。

 菫を梓は手を繋いで歩く。菫の目が滲んでいる。

 梓はお姉ちゃんぶって、菫を慰める。


 珍しい光景であった。


「ひっく、ひっく……、お姉ちゃん……絶対忘れないでね……こんな、菫がいたって事を」


「うん、うん――ほら、泣かないでね。菫はクールだけど、本当は寂しがり屋だもんね」


「お姉ちゃん――」


 この世界が消える。

 ということは、この世界の住人も消える。


 ……梓は、俺が……現実世界から来た、特別なけんちゃんだと思っている。


 だから、この世界がなくなっても、俺は一緒に帰れるもんだと思っている。

 実際、俺は話をそんな風に誘導した。

 ……もしも、俺が消えるって言ったら……梓の心の傷は……。


「今日の放課後だな。心の準備はいいか?」


 俺は何食わぬ顔で梓に問う。


「も、もちろんだよ! けんちゃんがいるなら……何も怖くないわ!」


「……けんちゃん〜〜! わぁぁぁ!!!」


 菫は俺に抱きついて、胸をポカポカと叩く。

 梓が口を尖らせてむくれたけど、仕方ない、と言わんばかりに腕を組んで見守っていた。


 俺は菫の背中をポンポンと優しく叩く。


「うん、菫は頑張った。……だからゆっくり休みな――」


「――うん……」


 こうして、俺達は三人で手を繋いで学校へと向かった。









 教室に入ると、クラスメイトが俺たちを一瞥する。

 その眼差しは柔らかいものであった。


「やっぱ、ナイスカップルだな〜」

「お互いツンデレすぎるんだよ!」

「ていうか、いちゃつき過ぎよね?」

「お前嫉妬? かぁー! そんなら俺とデートしようぜ!」

「無理」

「即答かよ!?」


 現実世界では無いとしても、ここにはリアルなクラスメイトは存在する。

 どんな力が働いているかわからないけど、現実と全く同じ性格であり、行動をする。梓の記憶だけではまかなえきれないほどの数多くの生徒たち。


 本物と変わりない。


 ……だから、梓、現実に行っても大丈夫だ。みんな優しくしてくれるよ。


「あっずさ!! 今日の放課後サイゲ行く? 恋バナしようよ!」


「え、ごめん、萌。今日はちょっと――」


 梓は俺の方を見ると、中島は興奮した様子で俺たちをはやし立てた。


「ちょっとちょっとちょっと!! 梓、超かわいいんですけど!! あんた夏休みに何したって言うのよ!? 私の梓が天使になっちゃったじゃん!!」


 う、うるせぇ……。

 俺は近くで微笑んでいる琢磨にアイコンタクトをした。


 琢磨は静かにうなずく。

 そして、中島を後ろから羽交い締めにして、廊下へと去っていった。


「ちょ!? た、琢磨! せっかくいいところだったのに!! え、あ、ちょっと、そんなとこ触らないでよ……。きゃっ!! バカッ!!」


 俺と梓が顔を見合わす。


「……仲いいな」

「うん、だって萌って琢磨君の事好きだもん」

「マジで……」

「内緒ね!」


 学校は平和であった。

 梓が死ぬ気配も全くない。梓の言ったとおり、この世界はもう大丈夫だ。


 だから、あとは――






 放課後になると、梓は俺の方へ近づいてくる。


「……ね、ねえ、けんちゃん、このあと遠足の下見行かない?」


 これは儀式的なもの。

 意味なんてない、ただの願掛けであった。


 それでも、俺は――これには意味があると思っている。


 俺は梓に微笑む。


「――ああ、もちろんだ。一緒に行こうぜ!」


 はちきれんばかりの笑顔を俺に向ける梓。

 俺は梓の手を取って教室を出ようとすると、クラスメイトが声をかけてきた。



「梓! 頑張ったね!」

「健太!! 泣かせんなよ!!」

「気をつけろよ!!」

「絶対転ぶなよ!!」

「忘れ物は無いか?」

「梓ちゃんを大切にしてね!!」

「自分の事も大切にしてね!!」

「絶対あきらめんな!!」

「強く願えば叶うぞ!!」



 そんなクラスメイトに手を振って、俺達は教室を出た。




 **************





 俺たちは遊園地を見上げる。

 楽しいテーマパークのはずなのに、禍々しい気配がする。


「ここが――始まりの遊園地」


「ああ、そうだ」


 土曜日だから大勢のお客さんで賑わっているはずなのに……一人もいない。

 俺と梓だけが、ここにいる。


「けんちゃん、行こう」


「離れるなよ」


 俺と梓は手を繋ぎながら、開きっぱなしの門をくぐった。




 園内は人間のスタッフが誰もいない。代わりにキグルミを着たムッキーの仲間たちが出迎えてくれた。


「ほろほろ〜」

「ふがっふ、ふがっふ!!」

「ぴろろ〜」

「もすもす、もすもすっ!」


 たぬきのタッキー、ゴリラのゴリオ、アヒルのピグマ、アライグマのラスオ。

 見た目は可愛いけど……雰囲気は明らかにおかしい。

 ていうか、こんな言葉しゃべるのか? 


 キグルミたちはまるでこっちに来い、と言っているみたいに、俺たちを先導して歩き始めた。


「けんちゃん――」


「大丈夫だ。今度は俺がいる――」


 握っている梓の手が震えだした。

 俺は手に力を込めて、歩き出した。




 しばらく歩くと……ムッキーの城の前にある広場にたどり着いた。


 梓は声をこぼした。


「あっ、思い出した。私……この広場で出会ったんだ」


「ここが始まりの場所か?」


「うん、多分――」


 いきなり音楽が聞こえてきた。

 遊園地にそぐわない、重たいクラシックな曲調。

 キグルミたちが城から飛び出して、隊列を組む。

 俺たちを先導したキグルミも隊列に入り、全キグルミがその場で膝を付いた。


 城から黒い影が出てくる。



 ――王の登場。


 マントを羽織り、王冠を頭につけて、杖を携えたムッキー。

 足取りはまさに王のそれである。


 ゆっくりと俺たちに近づいてくる。


 杖を持っていない方の手は、葉巻を持っていた。

 ゆっくりと葉巻を吸いながら歩く。


 ムッキーの表情はわからない。当たり前だ、キグルミなんだから――

 でも、雰囲気は俺たちに伝わる。


 まるで、面倒ごとを解決するためにやってきたヤクザの親分。


 ムッキーは葉巻をおもいっきり吸い込んで、葉巻を投げ捨てた。


 そして、俺たちの前に立つ。


「け、けんちゃん……」


 梓は泣きそうであった。


「梓はもう昔の梓じゃない。成長したんだ。だから、あとは俺に任せろ――」


 ムッキーは俺を無言で見据える。

 その圧力は尋常じゃない。

 死を予感させる圧力。


 それでも……俺は――


「――頼む。梓を元の世界に返してくれ!!」


 俺はムッキーに向かって頭を下げた。

 心を込めた俺の願い。

 そして、心の奥でささやく。


 ――俺がどんな目にあっても構わない!! だから、梓だけは頼む!!


 隣で梓が息を飲む音が聞こえた。


「――お願いします! 私とけんちゃんを元の世界へ戻してください!! もう、死にたいなんて言いません! 私は……生きたいです!!」


 梓が頭を下げる。

 俺を横目で見て、微笑む。


 あたりは静けさに包まれた。


 ――お願いだ!! 頼む!! 梓だけは……死なせたくない。俺はこの世界で消えるのかも知れないけど、どんな苦しみでも悲しみでも背負うっ! だから、お願いだ……。もしも、梓が元の世界に戻れたら……もう二度と死にたいなんて言わせない。現実世界の俺が……絶対に止める!! だから、お願いだ、お願いだ、お願いだ、お願いだ……」



 音が聞こえた。

 マッチを擦るような音。


 俺は顔を上げた。

 無表情のムッキーが新しい葉巻をつけ始めた。

 葉巻に火が付くと、


「―――――むきっ」


 それを俺に投げつけた。

 俺は慌ててそれを取る。葉巻から青白い炎が吹き出した。

 炎が俺と梓を包み込む。


 ――こ、これは!? 熱くないけど……。


 ムッキーは手を叩いた。

 そして、雰囲気が変わる。元の世界のムッキーのような陽気で優しい雰囲気に変わった。


「むきっ! むっき、むきっ!!」


 周りにいたキグルミたちが楽器を取り出して、演奏を始めた。

 それはとても心があたたまる明るい曲。


 ムッキーは踊りは始めた。


「け、けんちゃん……熱くない……」


「あ、ああ、これは――」


 遊園地で別れを告げる最後のパレードの曲。


 俺たちを包む炎の勢いが強くなる。

 身体が徐々に薄くなり――


 それでも俺は梓の手を握りしめて――


 梓は俺を見つめる。


「けんちゃん――ありがとう――」


 梓の姿がこの世界から消え去ってしまった。


 あっけない別れ。

 それでも……俺はここで過ごした思い出を忘れたくない。

 ……自分が消えるとしても。


 気がつくと、ムッキーは俺の目の前にいた。

 俺の胸を軽く叩く。


「――――むきっ」


 ――絶対諦めるな。立ち向かえ。


 なぜか俺はムッキーの言葉を感じた。


 俺は小さく頷き――




 この世界から消え去った――

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