想像は現実を超える

「けんちゃん、私はあんまり記憶がないの。どこでこの世界に迷い込んだか……」


 俺たちは、風邪を引くといけないからって、服を乾かしていた。

 そして……俺たちはその間もずっと抱きしめあっていた。






 夏の日差しで乾いた服を着ながら、俺たちは自分の存在を確認するように語り始めた。

 もう隠し事なんてしてない。


「梓は後悔がなくなったのか?」


「うん……、それにいつもと世界の雰囲気が違うの。多分、この世界ではもう死なないと――思うわ。あ、は、早く服きてね!!」


「おっと、わりい」


 俺はいそいそと着替え始めた。

 梓の身体がキレイすぎて見惚れてしまっていた。


「ねえ、けんちゃんは――いなくならないよね?」


「――お前が消えない限りいなくならないぜ」


「もう、バカ……」


 俺は感覚的に理解していた。

 俺は俺であって……俺じゃない。

 現実世界のけんちゃんが……最後の力を振り絞って……この世界に飛ばした存在だ。

 ゆえに、俺はけんちゃんそのものであり、けんちゃん本人じゃない。


 そんな事梓に言えない。


 現実の俺と梓はどうなっているんだ?

 ……死んでいるのか?


 だが、この世界がもしも……下見の遊園地が始まりだったら――

 まだ可能性がある。


 俺も梓も生きている。

 梓は病気じゃないはずだ。


 なら簡単だ。

 俺が梓を連れて、この世界を突破すればいい。

 あの日を乗り越えて。


 ――たとえどんな犠牲を払っても。




「きゃーー!!! お姉ちゃんとけんちゃんがエッチな雰囲気だーー!!」


「なんじゃと!? 健太!!」


 あ、菫、じっちゃん連れてきたんだ……。

 じっちゃんは猟銃片手に目を丸くしていた。


 おい!? この世界で銃は怖いって!?


 なにわともあれ、俺たちは山から降りて、無事じっちゃんの家にたどり着く事ができた。







 その後の生活は順調であった。

 じっちゃんの田舎から無事帰って来て、俺達は残りの夏休みを満喫していた。

 菫には俺と梓のラブラブっぷりは見てて胸焼けがするって言われた。


「けんちゃん!」


「おう、梓なんだ?」


「ううん、呼んだだけよ――」


「梓――」


「ああもう、なんでこんなにバカップルなのよ! もう少ししゃんとしてね! ていうか、もうすぐ学校だよ? 大丈夫?」


 梓にも菫が前回の事を少しだけ覚えている事を話しておいた。

 その時は、二人は抱き合いながら泣いていた――

 そして、いつもどおり仲の良い姉妹に戻ることができた。


 学校は来週は始まる。次の土曜日が遠足の下見の日。

 俺たちはその日、遊園地に向かう。

 すべてを終わらせるために――


「私は下見行かないよ? いいの、私はお姉ちゃんが幸せになって嬉しいよ」


「うん……だから、その前の日はいっぱいおしゃべりしようね、菫!」


「……うん! 向こうの私もお姉ちゃんと仲いいんでしょ? だったら安心ね」


 俺は向こうに帰れるのか?

 ……悩んでいても仕方ない。帰れるかじゃない。帰るんだ。


「ていうか、菫聞いて。向こうのけんちゃんってひどいんだよ! リア充ぶって、モテモテになって――」


「あ、それは私も知ってるよ! あのけんちゃんはないよー」


「お、おい、あれは俺の黒歴史だ……すまん……」


 二人は俺を見て笑う。

 今の状況をこんなふうに笑って話せる思い出にしたいな。


 毎日が楽しい。梓も菫も本当の笑顔を浮かべる。



 ――でも、ここは現実じゃない。


 ああ、そうだ。この優しい世界を捨てて……現実に帰るんだ。






 ***********




 俺は梓と菫と何度も話し合った。

 この世界ができた理由。


 梓が俺に冷たくされて、絶望している時、何かに出会った。

 梓は死の運命と引き換えに、優しい世界で、幸せに旅立つ――

 というのが、この世界の成り立ち。


 この世界は梓の世界である。


 何度も何度も繰り返した世界。

 梓は覚えている限りで、数十回は繰り返していると言った。

 本当は死ぬはずなのに、梓は……幸福な日々に浸ると激しい後悔を思い出す。

 そして、また最初から繰り返しとなる。


 俺はこの世界でイレギュラーな存在だ。


 俺は過去に戻れてなんかいない。

 俺はただ、強く願っただけだ。


 梓を助けたい。


 そうして、俺は記憶を持ち越して、世界を認識することができた。


 菫は……俺と接する事によって、繰り返しを認識する事ができた。

 ということは、俺が最初の世界だと思っていた病気で死ぬ梓は……この世界の梓のはずだ。

 ……起点はわからないけど、きっとそうだ。

 だから、この世界を抜け出せれば梓は死なないはずだ。




 ――菫は気がついている。俺たちは梓の世界の住人。

 決して現実世界の俺たちじゃない。


 梓が現実世界に戻ることができたら、記憶を失うのだろうか?

 記憶を失っても、梓はきっと成長している。

 だから大丈夫だ。


 心配なのは、現実世界の俺だ。

 俺はガキだ。素直になれずに、真実を見抜けないガキだ。


 ……梓がこの世界に戻る時……この意識の俺は消える。


 そう思うと、背筋がゾッとした。

 俺が消える事に対してじゃない。

 あのけんちゃんが、梓とうまく向き合えるのか?


 痛みを知らずに、苦しさを知らずに……梓を守る事ができるのか?


 ――自分の事ながら、自分を殴りたい……くそ、弱虫健太め。

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