願いを込めろ!

 後悔は消せない。

 私はわがままだった。

 けんちゃんの事が大好きで、素直になりたくてもなれなくて――


 あの時もそう。

 遊園地のチケットをポケットの中で握りしめて、けんちゃんを誘おうとした時――

 どうしても素直になれなかった。


『ねえ、あ、あんたこのあと暇? ちょ、ちょっと付き合ってくれない?』


『あ? わりい、今日は咲たちと遊びにいく約束してるんだ』


『……へ!? あ、あんたは私の言うことを聞いてればいいのよ!! 大体なんで咲なのよ! あんた遊ばれてるだけよ!』


『……おい、友達の悪口言うんじゃねよ! はぁ……じゃあ今度付き合ってやるからさ――』


『う、うるさい!! もういいわよ! あんたと口も聞きたくないわよ!』


 ただの口喧嘩だと思っていた。

 冗談混じりの答えが返ってくると思っていた。

 けんちゃんは真顔で私に答えた。


『……梓、もう限界だ。わがままもいい加減にしろ。もう二度と話しかけてくるな――』




 予兆は感じていた。けんちゃんがモテモテになって、私はすごく焦っていた。

 それでもけんちゃんの前だと素直になれず……私はわがままばっかり言っていた。

 ただのかまってほしいだけの困ったちゃん。


 私は茫然自失のまま、一人で遊園地へと向かっていた。

 ポケットにはくしゃくしゃになったけんちゃんの分のチケットが入ったままであった。


 一人で訪れた遊園地は寂しい場所であった。

 周りは大切な人と笑顔で楽しんでいる。

 私だけ暗い顔で園内を歩く。


 頭の中では、けんちゃんの言葉がこびりついていた。


 ――嫌われちゃった。もう私じゃ駄目なんだ……。生きてる意味なんてないよ……。


 そんな時、私は――出会った。





 懐かしい記憶が蘇る。始まりと終わりの記憶。

 もうどのくらい前の事か覚えていない。



 山の緑の匂いと川のせせらぎが聞こえる中、私は一人佇んでいた。


「――今回はそろそろ限界ね」


 ここは私の妄想の世界、何度も繰り返した優しい世界。

 けんちゃんは私に優しくて、何度も助けてくれる。


 私の後悔を――消してくれるまではなくならない世界。


 だけど……おかしいの。

 何度繰り返しても……後悔を強く感じた時――私は死んでやり直す。


 戻った時は全然記憶がない。

 徐々に私は自我を取り戻して――また、後悔を感じてしまう。


 私はポケットに入れてある、ボロボロになった遊園地のチケットと……願いごとリストを見る。


「……叶うはずなんてないのにね」


 幸せな気持ちのまま死にたい。

 そう私が願った時、私は不思議な世界に足を踏み入れてしまった。




 荒い息遣いが聞こえた。

 近くにいるだけでわかる愛しい人。


 ……ごめんね、けんちゃん。


 私の足は勝手に川に向かって歩き出した。




 **************




「梓っーー!!」


 俺は川岸に立ち尽くしている梓を見つけた。

 全速力で俺は向かう。

 梓は俺を認識すると、悲しそうな笑みを浮かべた。


 ――くそっ、なんでそんな顔をする!?


 梓は川へ向かって歩き出そうとしている。

 まるで、操られているような動き。


 もっと、早く、早く、早く!!!

 あと、少し――


 梓が川の中心部へたどり着き――

 俺に向かって一言告げた。


「――けんちゃん、またね」


 梓の身体が倒れる。

 川の水は一気に激流に変化した。



 手を伸ばした。

 身体の限界なんて信じるな。

 ここは現実じゃない――


 俺は強く願う。


 梓の身体が激流に流される前に、俺は――梓の身体を抱き止めた。


「け、けんちゃん!?」


 俺たちは抱き合いながら激流に流される。


 ――願え、俺たちは死なない。


「げぷっ、俺は――死なない、梓も死なせない、はぁ、はぁ、だから、願うんだ!! 生きるって!! 梓っ!!!」


 何度も岩にぶつかりながらも、俺は前に進む。

 やがて、川岸に手をかけることができた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」


「けほっ、けほっ、けんちゃん……だ、大丈夫?」


 俺たちは生きている。

 梓も俺もボロボロになりながらも生きている。


 だが、世界がそれを許容できないのか、木々が激しくざわめいた。


 ――うるせえよっ!! てめえらは邪魔すんな!!


 ざわめきが弱まる。


 梓は弱々しく声を漏らした。


「――けんちゃん……あひっ!?」


 俺は梓を強く抱きしめた。

 そこに梓がいるのを確認するかのように――


 そして、うるさい口を塞いでやった!

 梓は手足をバタバタさせる。


 長い時間のような短い時間、俺たちは口づけを交わす。


「ぷはっーー!? け、けんちゃん……ちょっと何すんのよ!! お、乙女のファ、ファーストキッスを……」


「ははっ、やっぱ梓はそのくらいがちょうどいいな! 俺たちに暗いのは似合わねえんだよ!」


 俺は顔を真っ赤にさせた梓の手を取って、石の上に座らせた。

 梓ははにかんだ顔を、すぐに暗くさせる。


「けんちゃん……もうこの世界は終わりよ。けんちゃんはただの私の想像の産物。現実のけんちゃんじゃない。だからこんな事意味ないわよ」


「――本当にそうか?」


「えっ?」


 梓は俺に揶揄すように語り始めた。


「はぁ……、ここは私の繰り返しの世界。死ぬ前に見る夢見たいなものよ。だから、ここにいるけんちゃんは、本物じゃない」


「……梓が後悔をなくして、死にゆく世界か? それにしちゃ、何回死んでんだよ! いつになったら後悔なくすんだよ!!」


「う、うるさいわね! 偽物のくせに! ……だって、後悔なんてなくならないもん」


 梓は深くため息を吐いた。


「偽物だからいいわよね……。あのね、後悔はたくさんあるの。けんちゃんにわがまま言ってた事だったり、素直になれなかった事だったり。――一番の後悔はね……けんちゃんと両思いになれたかも知れないってわかった時なの」


 梓は続ける。


「……けんちゃんと仲直りして――、お互い意識しあって……好きっていう感情が高まって……、そんな時、激しい後悔に襲われるの。なんで現実でも素直になれなかったんだって」


 俺は梓の頭をくしゃくしゃに撫でつけた。


「け、けんちゃんっ!?」


「ばっか、やっと素直に言ってくれたな――。俺も梓の事が大好きだ」


「……はぁ、もう馬鹿。そんなストレートに言われたら……また死んじゃうわわよ」


「死なせねえよ――」


「無理だよ。けんちゃん、私何度も死んだんだよ? 覚えてないけど、けんちゃんは守ろうとして守れなかったんだよ。それに――けんちゃんは私の想像のけんちゃん――」


「ちげえよ。俺は俺だ。ったく、どこが本当のスタート地点かわからねえけど、俺は――過去に戻れたんだ」


「え? そ、それって、どういう事? ここは私の死ぬ前の世界であって、私でさえ、夏休み過ぎないと認識しないのに? けんちゃん、一体……」


「言っただろ? 俺は梓を助けに来た。お前の後悔を無くして――見送るために――な」


 この世界がなんだかわからねえけど、梓を苦しめる世界だ、っているのは確かだ。

 人間、後悔なんてなくなる事なんてない。

 梓は死に囚われている。


 もしかしたら、一番初めの葬儀だってこの世界の出来事かも知れない。

 ……もしかしたら、あれは本当にあった事かも知れない。


 俺がここにいる、という可能性を信じるんだ。


「梓、俺はお前が大好きだ。死ぬまで一緒にいたい――」


 梓、お前も本気で答えるんだ!!

 思いを、感情を! 心に留めるな!! もう悲しませる事なんてしない!!

 俺がお前を受け止める!!


 梓は小さく笑った。


「ははっ……、死んでるなんて関係ないよね……、うん、私――けんちゃんの事が大好き。一生つきまとってあげるんだから! もう二度と離さないよ!!」


 梓の瞳から強い意思を感じる。

 そこに後悔なんてない。


 俺はそんな梓が可愛すぎて――つい、暴走してしまった!?


「よし――結婚式はいつ挙げる? 子供は何人欲しい? あ、まずは大学どうすっか? いや、俺は親父の会社で働き出したらすぐに結婚できるな? やば、お母さんに挨拶しにいかなきゃな! ……お父さんに殺されそうだな」


「け、けんちゃん!? さ、先走りすぎだよ!! でも……嬉しい……」


 梓は瞳を閉じて俺を抱きしめた。

 俺たちは二度目のキスをした……。



『けんちゃん、これでリストが――』


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