前を向け



「けんちゃん、焦らないで。お姉ちゃんの体調は安定してるよ! ……このまま行けば夏休みを超えて、遠足に行けそうでしょ?」


 俺と菫は早朝の散歩に出かけていた。

 田舎の空気は澄んでいて清々しい気持ちになる……はずなのに、どうしても心は沈みがちになってしまう。


「……ああ、そうなればいいけど。肝心な梓の病気を乗り越えるすべが見つからない――」


「うん……でも、けんちゃんとお姉ちゃんが仲良くなっても大丈夫ってわかったじゃん!」


「いや、それはまだわからない。梓は俺から距離を取っていると思う」


「え!? あんなに仲良いのに?」


 喧嘩していた時とは違って、俺達はだいぶ仲良しに戻っていた。

 梓は穏やかな顔つきになり、ほとんど喧嘩なんてしなかった。


 それでもわかる。

 梓は何か隠している。


「ああ、あれは無理している梓だ」


「……うーん、それでもこのまま行けるんじゃないかな?」


 俺の脳裏に浮かぶのは、過去に戻れる日の前日……俺が梓に冷たい言葉を投げかけた日。

 二人で遊んだ遠足。

 悔しいと言いながら死んだ梓。

 リストを見た時の俺の後悔。


 梓の病気は俺が冷たい言葉を投げた日だ。

 俺が過去に戻ったタイミングは、リストを見て……感情が高まった時だ。


 俺が冷たい言葉を投げた日、梓に何が起こったんだ?

 余命三ヶ月の病気なんていきなり罹るものなのか?


「なあ、菫、三ヶ月前……、いや、俺が過去に戻る前の日の梓の様子って覚えているか?」


「お姉ちゃんが倒れた日ね……。うん、忘れたくても忘れられないよ」


 菫はぽつりぽつりと語り出した。

 今まで怖くて聞けなかった話。

 俺が梓に与えてしまった傷が自分に返ってくる。


「その日は土曜日だったでしょ? でもお姉ちゃんはいつまで経っても帰って来なかったんだ……。私は心配になって……お姉ちゃんに連絡したんだ」


「そしたら、けんちゃんと一緒に……遠足の下見に行ってるって返事が来たの」


「え!?」

「え?」


 ――なんだと?


「そんな話聞いたことないぞ!? 俺はあの日、ふてくされて家で寝てた。梓とでかけた覚えはない。……いや、続けてくれ」


「うん……けんちゃん大丈夫? ――お姉ちゃんが帰ってきたのは夕方くらいかな? 私は遊園地楽しかったの? って聞いてみたの。そしたらお姉ちゃん――『うん、願いごとリスト作ったんだ』って明るい声で私に――」


 俺は感情を押し殺して話を聞く。


「その後お姉ちゃんは倒れて……すぐにお父さんの知り合いのお医者さんのところへ行ったんだ。検査は大掛かりになっちゃって……病気が判明して――次の日、余命が三ヶ月ってわかったんだ」


 ――うん? おかしいぞ? 余命三ヶ月ってわかったらすぐに入院させるだろ?


 それに、検査してすぐに判明するのか? 普通だったら検査して数日かかるはずだ。

 俺が過去に戻れる日……梓が病気が判明した次の日、梓は普通に学校へ行ってる。

 玄関で俺は必ず出会う。


 そもそも余命三ヶ月だったら、俺が医者だったら絶対入院させる。


 菫も話していて、何かがおかしいことに気づいている。


「……なんだろう、これ? おかしいよね? 検査して次の日って、けんちゃんが過去に戻る日だよね? けんちゃん、前回の世界の説明してくれたけど……私……なんで余命三ヶ月って知ってたの? この記憶ってなに? 私……この世界でいつ聞いたの?」


「ああ、それに前回の世界であいつは中島と一緒にサイゲに行った。……自分の病気が判明した次の日だぞ? 普通行かないだろ」


 一回目の時は俺が梓と距離を取っていたから、何が起こったかわからない。

 ただ、梓は休みがちだった、という印象が残っている。


 ……二回目は俺が梓に積極的に関わった時だ。


 それに、俺は梓と一緒に遠足の下見は行っていない。

 ……梓一人で行ったのか?


 あの――ムッキーがいる遊園地へ。


 あいつの事を思い出すと、背筋が凍りつく。

 あれは何者だったんだ?


 ……俺は本当に過去に戻れたのか?


 俺は菫に何気なく聞いてみた。


「なあ、菫。俺たちってこのあとどうなる?」


「確か――このまま散歩をして家でご飯を食べて――お姉ちゃんがいなくなってのに気がついて、探し回って――それで――それで――」


 菫の身体が震えていた。

 何かを必死で思い出している様子。

 知らないはずの何かを知っている自分に恐怖を覚えている。


「なんで――なんで――頭に未来の事が浮かんでくるの!? け、けんちゃん……怖いよ……」


 知らない記憶がフラッシュバックする。


 ――夏祭りで梓と一緒に花火を見ていた。

 ――海で梓と菫と三人で遊んでいた。

 ――ショッピングセンターで梓と買い物をしていた。

 ――図書館で梓と一緒に宿題をしていた。

 ――映画館でポップコーンをつまむ梓。

 ――動物園のわんにゃんランドでわんこたちと戯れる梓。


 知らないけど――知っている。

 俺が経験したことがないはずなのに――身体に、魂に刻まれている。


 お互いの感情が一定以上行くと――


 ――梓は花火の最中に倒れた。

 ――梓は海で行方不明になった。

 ――梓はショッピングセンターで強盗に刺された。

 ――梓は図書室帰りにトラックに引かれた。

 ――梓は映画を見ながら眠るように死んでしまった。

 ――梓は動物園で転倒して頭を打って死んでしまった。







 俺は――自分の顔を殴りつけた。


 菫は悲鳴を上げる。


「け、けんちゃん!? 何やってるの!!」


 顔から鼻血が伝う。

 沸騰しそうな頭が冷静になる。


 よーく考えろ。

 もしかしたら、過去に起こった事かも知れない。


 はんっ! 何回繰り返したかわからないけどな――

 きっと、記憶ない過去の俺は梓を必死で助けようとしたんだよな?


 だったら、今更だ。


 俺は大声で叫んだ!!!


「俺は梓が大好きだーー!!!!! この世界がなんだかわからねえけど、俺はぜってえ負けねえ!!!」


 感情が最大限に高まるのを感じる。

 梓を思う気持ちが世界に伝わる。


 そして、世界は異物を認識して――


 周りの空気が凍りつくのを感じた。


「け、けんちゃん――なんか霞んで見えるよ!?」


 菫の姿が霞んで見える。

 俺の身体も霞んでいる。


 ――俺は心を強く――強く――更に強く――命を燃やし尽くすほどの思い込めて。


 前を見つめた。



 俺はこの瞬間理解した。



 ――俺は介入できただけだったんだ!! ここは梓の繰り返しの世界だ!! 梓が俺と友達になって、毎日話して、遊んで、手を繋いで、お出かけして、幸せな気持ちで――死ぬための世界だ!! 



 いつだ? いつのタイミングだ? 

 この世界ができたのは?  


「遊園地だ」


 下見の遊園地か? 遠足の遊園地か?

 始まりの遊園地か? 終わりの遊園地か?


 梓の悲しい笑顔が脳裏に浮かぶ。

 あきらめた顔で笑っている。


 ――俺は心を燃やし尽くす。




「俺の存在意義は――梓の後悔をなくして――見送る事だ!!! 死ぬための世界? そんなの俺が許さねえよ!! 俺がどんな犠牲を払っても梓を救い出す!!」



 声に発すると力が湧いてくる。

 言霊が世界に浸透する。


「菫っ!! 梓は川で溺れるんだろ? 走るぞっ!!!」


「う、うん――ちょっと理解できないけど……けんちゃんとお姉ちゃんのためなら――」

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