可愛い

「ちょ、ちょっと、けんちゃん、馬鹿な事言わないでよ! そ、そんな事ないよ――」


 菫は俺の言ったことを否定する。

 自分でも馬鹿な考えだと思っている。俺が梓と急速に仲良くなったから事故が起きたなんて。

 だが、俺は全ての可能性を考える必要があると思っていた。


「まあまて、可能性の話だ。二回目の梓は本当は事故だったかも知れない。それは今現在はわからない。……どんな可能性だってありえるんだ。だから梓が助かる未来だってあるはずだ――」


「……うん、そうよね。過去に戻れるなんて不思議な体験してるんだもん。助かると……いいな……」


 菫の声が小さくなる。だが、絶望は聞こえない。

 一回目の梓が死んだ時の菫の泣き顔を思い出した。

 俺に何か期待を込めて見つめていた瞳。


 思えば、菫が俺にリストを渡したのが始まりだったのかもな。

 ……始まりか。


 あと一日早く戻れる事が出来たなら……俺は梓と喧嘩しなくてすんだのにな。

 人生はままならない。思い通りになる人生なんてない。


 それでも……俺は抗う。


 俺は菫に言った。


「――夏休みだ」


「へ?」


 菫は梓とそっくりな返事をする。


「……今回、俺は梓と適度な距離を取って、ゆっくりと仲良くなる。……菫というワンクッションを置いて梓と連絡を取り合う感じかな。夏休みを乗り越えるを目標にしつつ、梓の病気と死因を調べよう」


「う〜ん、そこまで気にしなくても……まあ、色々試す必要があるしね……。分かったよ、私なりに動いてみるよ!」


「ああ、これからもよろしくな! 菫!」


「へへ、けんちゃんこそよろしく!」


 こうして、俺達の共闘が始まった。





 *************




「ま、まあ、あんたが謝るなら許してやらない事もないわ! ふ、ふん、私の優しさに感謝しなさい!」


「うっせーな! もう散々謝っただろ! ていうか、そんな態度だから勘違いされるんだろ!」


「け、けんちゃんこそ謝ったくせに態度があんまり変わってないでしょ!? 何か菫とばっかり話してるし……。むぅぅ、す、菫は可愛いからね……」


 俺は梓の頭をグリグリした。

 仲の良い友達と接するような態度。


「ばっか! あいつは妹みたいなもんだろ? ははっ、拗ねてんじゃねーよ! たまには可愛いじゃねえか!」


「きぃぃ! けんちゃんのバカ!!」


 俺の隣から大きな溜息が聞こえてきた。


「はぁぁぁぁ〜〜、何なのこのバカップル? 早く夏休みの予定きまるよ〜!」


「「カップルじゃないから!!」」


 俺と梓は同時に叫んだ!!



 夏休み前の俺たちは、サイゲリアで夏休みの予定を立てていた。


 俺は自分の感情を抑えながら梓と接する。

 気をもたせる言葉なんて言えない。勘違いなんてさせられない。


 俺と梓は調度良い距離感を保っていた。

 昔は仲が良かった幼馴染。普通の友達よりも気安く、女友達のような関係。


 そこに菫が入ることによって、俺と梓は必要以上に仲良くならない……。


 ……笑っている梓が本当に可愛くて……口に出してしまいそうな自分を必死で抑える。


 俺の気持ちも知らずに梓は能天気に会話を続ける。


「はぁ〜〜、けんちゃんがもっと素直になってたらよかったのにね! わ、私だって気を使ったのよ? けんちゃんがリア充ぶって調子乗っていたのを注意したのに――」


「はっ? 梓が素直じゃねえんだよ! はぁ、付き合うこっちも身にもなれよ……」


 ――ああ、本当にそうだ。俺が馬鹿だった。梓の不器用さを分かってやれなかった。




「ていうか……ぷぷぷっ、けんちゃんが私に必死になって謝ってる顔、菫にも見せたかったな〜」


「ば、ばかっ! あれは俺の……黒歴史だ!! ていうか、梓だって泣いて喜んでたじゃねーか!!」


 ――当たり前だ、謝るに決まってる。好きな女の子を傷つけたんだからな……。



「あっ! 菫! キャンプ行こうよ!! 星が見える山とかさ〜、それか海?」


「はぁ……、夏休みは長いからまずは宿題おわらせようね? お姉ちゃんいつも最後にやってるよね? ねえ、今年は絶対すぐに終わらせるんだよ?」


「う、うう……なんか菫が最近厳しい……、け、けんちゃん――」


 梓が俺を見る。

 ちょっと弱気な感じを見せると俺が甘くするって分かっている顔だ。


 俺は溜息を吐いた。


「梓……どっちが妹なんだよ!? お前は仕方ねー奴だな!!」


「はっ!? けんちゃん、私の味方じゃないの!!」


「お姉ちゃん――宿題――」


「ひぃい!? は、はい……、あ、わ、私ドリンク取ってくる!!」


 梓は逃げるように席に立った。




「ったく……」


 俺は梓の後ろ姿を愛おしく見つめる。

 菫の溜息が聞こえた。


「はぁぁぁぁ……、見すぎだよ……もう、関係あるかどうかわからない好感度なんて無視すればいいのに……、ていうか、やっぱりお姉ちゃんと仲良くなってるじゃん?」


 俺は首を振る。


「……友達として、幼馴染として……な。だから前回とは違う。……それに、梓の死ぬ時期が関わっているから無視出来ないだろ? 結果的に梓は夏休みまで大丈夫だった」


 俺は仮面をかぶった。梓とは友達として仲良くしている――

 俺が梓の事が好きなのは、絶対悟らせない。


 梓の前では今まで通り、子憎たらしいおバカな健太を演じている。

 クラスでは、俺は道化を演じて、梓とクラスメイトの距離を縮める。


 馬鹿な事ばっかり言ってる俺は……結果、女子からの評価が著しく下がった。

 見た目も昔みたいにちょっと地味に戻したしな。


 全ては夏休みを過ごすためだ。

 俺と菫は、自然と梓の隣に居ることが当たり前になっていた。




 菫は面倒くさいものを見るような目つきであった。


「けんちゃん、本当にぶれないよね……。はぁ……ていうか、ちゃんとお母さんから病気の事聞いたけど……原因不明って意味わかんないし……。あの医者適当に余命三ヶ月って言ったのかな?」


「わからん。これも過去に戻ることが関係してるかもな。……病気で死んだ事は確かだしな」


「はぁぁぁぁ……けんちゃん、暗いよ……、もう少し明るい顔しようよ……」


 俺は自分の顔を触る。


「……俺、梓の前で暗かったか?」


 菫は首を振る。


「――全然わからないと思うよ。……でも……私わかるの……けんちゃん、ツラそうにしてるもん。ねえ、けんちゃん――」


「うん?」


「無理しないでね、とは言わないよ。私にとっても大切なお姉ちゃんだもん。――でもね、自分を犠牲しすぎないでね? けんちゃんの事を大切に思っている人もいるんだよ」


 菫は頬を膨らませていた。

 俺を非難するような瞳である。


 俺は苦笑いをするだけであった。


「ああ、大丈夫だ……。菫は優しいな――」


 パタパタと足音が聞こえてきた。

 お母さんにそっくりな足音。


 梓がドリンクを持って帰ってきた。


「あーー!! けんちゃんっ! 菫に変なことしてないよね? なんか菫が悲しそうだったから!! ちょっと、菫に手を出したら承知しないわよ!!」


「うっせーな! お前と違って可愛いんだよ!! 素直だし! ってか、ドリンク持ってくるの遅えよ。全く……ほら、こっち座れって……。あーっ! ジュース制服にこぼしたのか? このハンカチ使え……って、不器用だな!! 俺に貸せって!!」


「あ、あわわぁ……う、うう、け、けんちゃん……や、やめ」




 菫は俺達のやり取りを見ながら……優しく微笑んでいた。

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