疑問

 もう学校へ行く時間であった。

 だか、俺と菫は全く動く気が無い。

 それどころでは無い。


 お互いの情報を共有する所から始まりだ。

 なにせ時間が無い。というか、時間がどれくらい残されているか分からない。


 奥からパタタッというスリッパの音が近づいてきた。


「あらら、まだいたの〜? ……菫? あらあら、珍しいわね。……そうね、お母さんが連絡しておいてあげるわ。午後から行けるかしら?」


 菫は「うん、ありがとう、ちょっと大事な話があって――」と言って席を立った。

 そして俺を促して、二階へと向かう。


 お母さんはニコニコ顔で俺たちを見送る。

 俺はお母さんに会釈したその時、


「けんちゃ〜ん、頑張ってね〜! 応援してるわ〜!」


 無邪気な笑顔、でも……声に真剣味が帯びていた。

 知らないはずなのに、全てを見透かしているような眼差し。


 俺はもう一度お辞儀をして、二階へと上がっていった。




 **********



 菫の部屋は子供の頃何度も来たことがある。

 だから女の子の部屋に入る事に抵抗は無かったはず……だ。


 ……こんな感じの部屋だったっけ?


 部屋には必要最低限の物しか無い。

 可愛らしい小物も、ぬいぐるみも、ファッション雑誌も無い。


 殺風景である。


 菫は顔を少しうつむかせて、俺に言った。


「けんちゃん、そんなに部屋を見ちゃ恥ずかしいよ……」


「あ、ああ、悪い――」


 いやいやいやいや、見るところ何も無いだろ!?

 く、気にしたら負けだ。


 俺はひとまず床に体育座りをする。

 菫は勉強机の椅子に座った。そして俺が喋るのを待つ。


 俺は頭を整理しながら喋り始めた。




「まずは俺の……俺達の目的だ。第一の目的としてあったのが、梓の後悔を無くして見送る事だ。だが、俺はそれだけじゃ我慢が出来なくなった。第二の目的として……梓の生存」


 菫は何やらノートに記事録らしき物を書いている。


「うん、続けて――」


 この三回目が始まってから、菫は妙に大人っぽかった。こんな感じだったっけ?

 まあいい、話を続けよう。


「梓を救う方法はとりあえず後回しだ。――この状況を整理しなきゃな」


「うん、けんちゃんが過去に戻るタイミングはお姉ちゃんが――死ぬ時」


 俺は頷く。


「ああ、一回目は葬儀の後、二回目は夏休み直前の放課後。日時が一定じゃなかった。死因も違う」


「厄介ね……共通点は?」


「俺の感情が――破裂しそうになった時だ。死んでもいいから梓を助けたいと願った」


「けんちゃん……」


 今でも思い出しても恐ろしい。

 俺の奥から湧き出る感情が止まらなかった。


 そして、限界に達した時、


「俺の頭の中で、『ブチッ』という音が聞こえた。多分それが引き金だ」


「二回目の時は私も近くにいたのね? それで、私の身体が消えかけていた。……でも私は二回目を覚えていないよ。……ただ、似たような夢を見ていたの……」


 菫は書く手を一度止めて俺を見つめた。


「けんちゃんを久しぶりに見てね。久しぶりって感じがなかったの。何があっても絶対けんちゃんの味方になるんだ! って本能が告げていたよ」


 前回は菫に軽く相談しただけであった。

 今回は違う。

 確信めいたものがあった。

 菫は必ず味方になってくれると。


「菫……。ありがとう」


 前の世界の時と変わらない優しい笑顔を俺にくれた。

 ……だが、大人っぽさが増している。こんなに綺麗になったんだな……。

 俺は思わず見惚れてしまった。


「ちょっと、け、けんちゃん? 私の事見すぎじゃない!? ――もう、恥ずかしいよ……」


「ああ、すまん、菫があんまり綺麗になったもんだから――」


 バキッという音が聞こえた。菫が手に持っていたシャーペンが破壊されていた。


「ちょ、ちょ、ちょっと!! へ、変なこと言わないでよ!? て、照れるよ!!」


 慌てた顔で手をバタバタと振り回す菫。

 やっと年相応の顔が見れた。


「ごほんっ! 脱線しないの! はい、続けましょう!」


「ははっ、分かった分かった」


 菫には本当に感謝している。

 だって、俺一人だったら……確実に、心が悪い方向に進んでいただろう。

 こうやって笑う事自体、奇跡だと思う。






 ――だって、好きな人が死んだんだぜ?






 俺は感情に蓋をする。

 それは心が死んで行く行為。


 菫、本当にありがとう。


 俺たちは話を続けた。




 *********





「じゃあ、まとめるね」


 菫は俺に議事録を見せながら、軽く説明をする。


 ・けんちゃんはお姉ちゃんが死ぬと戻れる? (検証の必要あり、意識的に戻れるか?)

 ・お姉ちゃんの死因は病気だけじゃない。

 ・お姉ちゃんの死ぬ時期は未確定。

 ・けんちゃんが戻れるのは、決まった日時だけ。

 ・私は戻れないけど、ぼやけた記憶(夢?)がある。

 ・お姉ちゃんの謎リストの存在

 ・お姉ちゃんは後悔をして死んだ。(二回目は、楽しみにしていたはずの夏休み前に死んじゃった……)

 ・けんちゃんはお姉ちゃんの事が好きって自覚した♡



 菫は最後の項目を見て……唇を尖らせていた。

 ……すまん。



「はぁぁぁぁぁ……、ここまでが一応確定事項みたいなものね。それで、次は問題点と、解決方法ね――」


「ああ、まずは梓の死の原因を掴む事だ。……なあ、感覚的な事を言ってもいいか?」


「うん?」


「二回目の時は、俺は梓と急接近した。そして、梓は……病気で余命はあったかも知れないけど、夏休みがすごく楽しみだった。でも……不慮の事故で死んだ」


「――――うん」


「本当に事故なのか? だって、俺が過去に戻れるんだぜ? 不思議な事が起きてもおかしくねーよな?」



 菫はこくりと頷く。



「もしかして、俺が梓と仲良くならなかったら……梓って死なないのかな? って思って――」

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