夏休み

 夏休みに入った。

 今年の夏はとても暑い。俺にとって二度目の夏休み。前回は夏休みまで行けなかったからな。

 宿題は楽なものであった。

 なにせ二回目だ。前回よりも効率よく終わらせる事ができる。


 俺は梓の宿題を終わらせるために毎日、梓の家に通っていた。


 今も、梓の家の居間で宿題を広げている。


 梓は宿題を前に頭を抱えていた。

 菫は梓の横で淡々と宿題をこなす。


「きーー!! けんちゃん、なんでそんなに早く宿題終わってるのよ!? ていうか、そんなに頭良かったっけ? く、くやしい……」


「あん? 日頃の努力だぜ! ほら、手伝ってやるから早く終わらせようぜ」


 梓は思ったよりも素直に頷く。


「う、うん。宿題なんかで時間かけられないわよね……。ふ、ふん、早く終わらせて遊ぶわよ!」


 台所からスリッパの音が聞こえた。

 お母さんが俺たちに声をかけた。


「あらあら、梓、今年は真面目ね〜。けんちゃんと一緒に宿題するってはりきってたもんね……」


「マ、ママ!? な、何言ってるのよ!! た、ただ利用してるだけだわ! あ、菫、笑わないで! あんたも楽しみにしてたじゃん!」


「――知らないよ? お姉ちゃんよりも浮かれてないよ?」


「あらあら、喧嘩しないの。――はい、けんちゃん好物の冷やし中華ができたわよ〜! ほら、あなたたち手伝って!」


 そうして俺達は一旦宿題を横に置いて、昼食の準備に入ることにした。




 お母さんの冷やし中華は美味しかった。

 これを食べるのは何年ぶりだろう? 梓と仲が良かった時だから……小学生の頃以来かな?


 懐かしくて涙がでてきそうだ。

 あの頃は何も考えずに遊んでいたな……。


 菫とお母さんは上品そうに冷やし中華を食べている。

 梓はお腹が空いていたのか、結構ガツガツと食べていた。


 今回、梓と友達として接していて思った事がある。

 梓は昔と全然変わっていなかった。


 ……遠足の時もそうだったな。あの時の俺たちは昔の関係そのものであった。

 最後だから梓の気持ちに変化があったのかも知れない。

 あの時の遠足は忘れられない。


 このまま遠足まで行ければいいんだけどな……。


「ママ、おかわりっ!」


「あらあら、最近元気で良かったわ〜」


 梓がお母さんにお皿を渡す。

 お母さんの微笑みが悲しみを押し殺している。

 俺は看取る時のお母さんを見たからわかる。

 娘の余命が少ない。その事が分かっているのに何もしてやれない辛さ。


 誰もが嘘をついている。


 ――悲しみを見せないお母さん、死ぬ事を悟らせない梓、世界を繰り返す俺、梓に内緒で俺に協力する菫。


 この場には優しい嘘が溢れていた――




 昼食を食べ終わると、俺は梓の家を出た。

 また明日も梓の家に行く。後ろ髪引かれる思いだが、俺にはやることがある。


 俺は自宅に戻らず、一人で……遊園地へ向かった。



 この遊園地は最後の遠足の場所。

 園内は夏休みのお客さんで一杯であった。


 一人で遊園地を歩くのは、人によっては勇気がいる行為だろう。

 だって、グループやカップル、家族で過ごす場所である。

 そんな中、俺だけ一人ぼっちだ。凄まじい疎外感を感じる。

 俺は歩きながら考える。


 色々な事を調べて実験をした。

 例えば、俺がクラスで地味な存在に戻ると、梓がいじめられなくなった。

 俺の行動で周りの状況が変わる。


 過去に戻れる力を過信してはいけない。

 過去に戻れるからって、現在をおざなりにしちゃ駄目だ。

 だって、いつ過去に戻れなくなるかわからない。


 だからいつだって全力で戦う必要がある。


 俺は梓と友人として仲良くなりながら……毎日のように図書室で医学の本を調べたり、菫を伴って主治医から話を聞いたり、自分でできる可能性を探っていた。


 梓の状態も毎日ノートに記録している。

 調子が悪かったり、苦しそうにしていたりしていたら、その時の周りの状況を克明に記録する。もし梓の病気が不思議な事と関係している場合、その法則を見つけなきゃいけない。


 ……そんな事が本当に起こっているかどうかわからない。未知の病気なだけかも知れない。


 オカルトでも最新技術でもいい。

 俺は全ての可能性を見つけるんだ。




 俺はあの日を忘れないために園内を回る。

 ムッキーを探しながらアトラクションを二人で乗って――


 最高に楽しかった。心の底から楽しかった。

 梓と一緒だったから――


 あの日はスムーズにアトラクションを回ることが出来たな。

 梓が俺を先導して……。



 あの日の再現をするように、ゆっくりと、園内を歩く。

 意味の無い行為だと思う。


 だが、あの思い出は意味の無いものじゃない。

 俺の大切な思い出だ。

 あれがあったから梓はいきなり病気が急変したのかも知れない。



 俺がそんな事を考えていると、目の前にムッキーが現れた。

 チンチラムッキーはおどけた調子で俺の前でポーズを取る。


 ……なんだ?


 ポーズを取っているムッキーが固まっていた。

 両手を開いておどけたポーズから動かない。


「――――――」


 ムッキーは俺をじっと見ていた。ぬいぐるみだから本当はどこをみているかわからないはずなのに――強い視線を感じる。


 ムッキーはポーズをやめて、手をだらんと下げた。


 俺は恐怖を感じていた。ただのぬいぐるみで……人が入っているだけの存在なはず。

 本能が告げている。


 ――逃げろ。


 こわばった足が動かない。

 いつの間にかムッキーは俺の目の前に移動していた。

 距離は十センチも離れていない。

 頭が痛くなる――めまいがしてくる――



 その時俺のスマホが鳴った。

 俺ははっとして、自分のスマホを取ろうとして、地面に落としてしまった。

 ムッキーから一瞬だけ視線を外す。



 ――いない……。


 視線を戻すとムッキーはいなくなっていた。

 安堵の気持ちで胸が一杯になる。


 俺はスマホの着信を見る。そこには梓の文字が書かれていた。


「――もしもし、どうした?」


 梓がすごい剣幕で俺に喋ってきた


『け、けんちゃん!!! だ、大丈夫!! なんか嫌な気がして電話したんだけど――』

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