設定通りの役目は、ごめんだ!

 あの時彼女から話を聞かされた俺は、俺が彼女を嫌うことは絶対ないと、軽く受け流した。しかし…今ふと振り返れば、意外とショックを受けていたようだった。


ゲームの中の俺があまりにも滑稽な人物で、人を見る目もなさ過ぎて、また彼女の傲慢な姿というのも現実離れしており、当初はショックを受けるよりも、怒りの方がまさっていた…。俺はこれほどいい加減な人間ではないし、彼女も思いやりのある優しい女性なのだと…。


今更、そういう思いに駆られたのかと言えば、つい最近になってゲームの世界を再現するかの如く、夢で見たからだ。夢の中の俺は、ヒロインであるあの女を選び、恋人に昇格している婚約者に、婚約破棄を迫っていた。


……っ!?…おい、俺っ!……何をしているのだっ!…俺の好きな女性は物語のヒロインではなく、俺の目の前に立つ彼女だろうがっ!…自分の恋人を、悲しませてどうするのだ、俺はっ!!


そう大声を出し叫ぼうとしても、俺の口からは違う言葉が紡がれる。この状況は…どうなっているのか…。彼女の様子もおかしい…。ヒロインに対して酷いセリフを吐く彼女は、普段とは違い傲慢な態度を取っており、彼女から聞いていたゲームのキャラに、そっくりである。


…ああ、そうか…。これが、ゲームの俺達なのか…。俺も彼女もヒロインも、こういう人物だったのか…。確かにこれは、俺も……のは、違っているだろうがっ!…俺だけは、彼女を理解すべきなのに…。


夢の中で、俺は思うように身体が動かせず、ただ黙って成り行きを見守るしかなかった…。その間にも現実とは違い過ぎる、おぞましい言葉のやり取りがされており、俺はこれが現実になるのは嫌だ…と、内心では物凄く焦っていた。この時の俺は夢だとはまだ知らず、どうにかして呪縛を解こうと抗いながらも、俺は心の中で必死に叫んでいた。


…違うっ!…違うんだ。これは、俺の本心ではないっ!…ルル、頼むから俺を信じてくれ…。ルルの姿で汚れた言葉を発せられるのは、本当につらいよ…。鬼のような形相のルルが、ヒロインに叱責の言葉を放つのは、見ているだけの俺の方が、心が痛む。、どうすればルルに伝えられるのだろうか…?


今の気持ちを彼女に伝えようとして、俺は大きく息を吸い込み、思い切り大声で叫んだ。その時の…外側の俺は、ヒロインを庇うように抱き込んだ状態で、冷たくて鋭い視線を恋人に送っていた最中で…。


 「…俺はっ!…世界で一番、ルルを愛しているんだっ!!」


俺の本心からの願いが、天に届いた瞬間であった。漸く俺は大声を出し、言葉に出来たのであった。目の前の恋人が目を見開き、物凄く驚いた顔をしていたので、俺の声が届いたのだろうな。俺は自分の気持ちが伝わったことで、嬉しくて彼女に駆け寄ろうとした瞬間に、俺の周りの景色がやけに…ぼんやりとしてきた。彼女の顔も見えなくなってきて、俺は焦ってルルの名を呼び続け……


 「………あれっ?…今のは……夢だった…のか?」


……なんだ。今のは、夢だったのか…。……ふう~。夢で良かったよ…。ルルを嫌いになるなんて、俺には考えられないからな…。例え…夢でも、あのヒロインを胸に抱き込んでいたなどとは、ゾッとする……。


 「う~ん……」


そう思いながらも身体を起こし、両手を上げて伸びをすれば、つい声も出る。ふと前方から強い視線を感じ、顔を上げてその人物を仰ぎ見れば、顔を真っ赤にした状態の彼女が居て…。彼女は真っ赤になりつつも、金魚のように口をパクパクする以外は、固まっているようだ。


大学での卒業論文に明け暮れていた所為で、最近は超多忙であった俺は、相当に疲れが堪っていたらしい。今日は、彼女が俺の自宅に遊びに来ていたのだが、俺と彼女が話をする最中に、例の如く姉が邪魔をして来て、彼女を盗られてしまう。1人で退屈をしていた俺はソファに座ったまま、いつの間にか眠ってしまったようだった。1人置き去りにされた俺を心配し、見に来てくれていた彼女の前で、俺は思い切り…寝言で、愛の告白をしたようで……。


 「…何やっておりますの、樹…。今の告白は、家中の者に聞こえましたわよ。」

 「…………」

 「……っ!!…………」


俺の目の前では未だ固まる彼女と、夢を見る状況を思い返していた俺。俺の唐突な大声での寝言に、何事かと…部屋を覗きに来た姉貴は、俺とルルが其々固まっている状態を見て。今の寝言が家中の者達に聞こえたと、苦笑しつつ告げてくる。その姉貴の言葉に、彼女はギギギ…と音がしそうなぎこちない様子で、恐る恐る…姉の方を振り向いた。その時には彼女の顔は、真っ赤な顔から真っ青に変化している。


…ああ。これは、ヤバイな…。彼女を、しれないな…。






    ****************************






 如何やら俺は、。その後の俺は、彼女にプイッと無視されることになった。彼女にとっては、いくら皆に両想いだと知られていれども、俺の大声での告白の所為で、家中の人間から生暖かい視線を向けられ、こういうことに免疫のない彼女には、相当に恥ずかしかったに違いない…。


 「今頃ゲームの夢を見られるとは、もしかして…樹さんは、新ヒロインを……」

 「…っ!…い、いや、新ヒロインは、登場していないよ。誤解だよ、ルル…」


彼女には夢の話を正直に伝え謝ったが、新ヒロインが夢に出て来たと誤解され、数日間は口を聞いてくれなくて。毎日、電話やメールをして、彼女の家にも会いにいったりして、漸く許してもらえたけれどね…。もう、こういう夢は…二度とごめんだ…。ルルは本気で怒ると、暫くこうして顔も合わせてくれなくて、悲しい……。


 「…樹も、ゲームらしき夢を見たのか…。実は俺も先日、似たような夢を見たばかりだ…。」

 「……岬も、そうなのか…。まさか、ルルから聞いていた事柄が、夢に出て来るとは…。ゲームとやらのシナリオが、また始めるのではないだろうな?」

 「…う~ん。それは、ないだろう…。麻衣沙の話に依れば、彼女達が前世で遊んだゲームのシナリオ通りらしい。それならば、もう既に終了したことだ。今更そういう夢を見る理由は、俺も全く分からない…。」


岬も最近になってから、同様の夢を見たようだ。岬は岬で、自分がヒロインを庇っている夢のようだった。つまり、俺達の立場が変わるだけで、ヒロインを庇うという同様の夢である。では…と、勘繰りたくなる。


 「…ああ、その夢のことか…。先輩達は、今頃になって見たのか…。俺は疾うの昔に、そういう夢を見た。俺は幼馴染の美和が、幼い時からバレバレの言動だったからね。小学生の頃にはゲームの事情を知っていたし、ヒロインに会わない状況になったと確信した頃に、そういう夢を見た。多分これは、本来のゲームのシナリオが夢に現れた形だと思う。美和から、詳しく聞かされていたからね。安心した途端に、ゲームの設定を夢に見たのではないか…と、俺はそう思っているんだよ。」


男子会で集まった時に、俺と岬はこの不思議な夢を語った。すると、聖武も夢を見たことがあると、語ってくれる。ゲームの設定を詳しく知る場合、自分が気を緩ませた頃になって、それが夢となって現れるようだと、彼はそう分析していた。


…なるほど。確かにそれは、一理あるかも…。俺も岬も、聖武の解説に納得出来たので、そう思うことにした。聖武の場合は、ヒロインに出会う前にゲームの夢を見たらしく、ヒロインはあの女ではなく、顔が判別出来ない状態だったという。要するに、俺と岬はヒロインの顔を知った後なので、顔が判別出来たのかもしれない。


 「…俺は、そういう夢を見たことがない…。」

 「…ああ。俺もまだ、そういう夢は見ていないかな…。」


そう話す2人は、雨川さんの恋人の右堂と、最近になって漸く二之倉さんと恋人になった、光条だ。光条はカップルになってまだホヤホヤだし、こういう夢はまだ見ていないのだろう。右堂は俺たちと知り合った後に、恋人になったらしい。何故か右堂は未だ、夢を見ていないのか…。真面目過ぎるという性格から、油断を一切していないとか…?


 「俺は普段から、あまり夢を見ない…。そういう不思議系の夢は、未だ見たことがない…と思う。」

 「…う~ん。確かに右堂先輩は真面目過ぎて、そういう夢は見ないかもね…。」


その時は、これで話が終わった。夢は只の夢だったと判明し、安心した俺も樹も既にどうでも良くなり、すっかり忘れていた。それから暫くして、俺達が夢の話を思い出せないぐらいに忘れていた頃、俺たちと同様の夢を見たのだと、漸く光条が報告してくる。彼も同じくヒロインを庇う夢だが、恋人の顔がぼんやりしていたと。ゲームでの彼の恋人は、二之倉さんではないことが原因なのだろうか?


 「……俺はそういう夢を、まだ見ていないが……」

 「「「「………」」」」


…いや、…。いくら何でも、もう見ないだろ……


右堂は相変わらず、そういう夢を見ていないらしい。光条も夢を見たことで、右堂も夢を見たくなったのか…。ボソッと呟くようにそう告げてくるけれど、これは流石に「そのうち、夢を見るよ。」などと、適当な言葉も言えなくて、この場の全員が目線を逸らして、無言で返すことに…。


俺は…何方かと言れば、ゲームの夢は見たくなかったよ…。彼女が我が儘に振舞うのも、彼女を嫌う自分の素振りにも、イラついた。そして、何よりも…彼女の悲しそうな顔や、彼女の怒り狂った顔が、あの時の俺は…苦しくて悲しかった。彼女にあんな顔を、二度とさせたくない…。だから俺は、夢を見ないと話す右堂が、羨ましい…。


結果的に俺が知る限り、右堂はその後も…夢を見ないようだった。彼が真面目過ぎたからなのか、元々夢を見ないからなのか、真実は定かでない……



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 早いもので、もう11月になりました。今回から、季節には関係のない形式で書いていきます。今回は、樹視点となります。


タイトル通り、ゲームのシナリオ通りになるのは嫌だ、という意味のストーリーでしょうか…。女性側は本編で書いているので、今回は男性側の話となります。


但し、夢を見ない人が1名おりますが、彼は基本そういう夢を見ないのかも…?



※読んでいただきまして、ありがとうございました。今年中に番外編集も終了予定でして、今回からは季節ネタとは関係なく、終了に向けての話に突入しました。後もう少しお付き合い願えたら嬉しいです。

※次回は、また何時になるか分かりませんが、またよろしくお願い致します。

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