恋人からの十三夜へのお誘いに

 先月の十五夜のお月見を、樹さんとルルが過ごされたそうですので、わたくしも勇気を振り絞り、「ご一緒に…お月見を致しませんか?」と、岬さんを誘ってみましたのよ。何時いつもは岬さんから誘ってくださるので、わたくしからはこうしてお誘いしたことは、一度もございません。


ですが最近は、岬さんも樹さんと同様で大学院生となられた所為で、研究の課題にお忙しいご様子なのでして…。もう何日も…お会いしておりません。いえ、2週間以上は経っておりますかしら…。


それでも…お会いしておりませんだけで、メールや電話などは頻繁にくださいますのよ。岬さんは夏休みも研究に勤しんでおられ、この夏休み休暇には中々お会い出来ませんでしたわね…。樹さんはほぼ毎日というくらいに、ルルに会いに行かれたそうですが、樹さんと岬さんの研究分野は異なっておられますので、研究のお忙しさも違っておられるのでしょうね。


夏休み中、樹さんと毎日のように会われていたルルに、ほんの少し羨ましいと思ってしまいましたわ。メールや電話を頻繁にいただいておりましても、彼のお顔やお姿を拝見出来ないことに、寂しさを感じてしまいましたのよ。岬さんと両想いの恋人になりましてから、わたくしは…ですわ。


だからと申しまして、岬さんに「会いたいですわ」などと、我が儘を申し上げたくはございませんし、そう申し上げる勇気も…実はないのでしてよ。乙女ゲームのお仲間の皆さんは、こういう事情の時には、どう対応されておられるのかしら?


そう悩んでおりました矢先、ルルが樹さんとお月見をされたとお伺い致し、わたくしも…岬さんをお誘いしてみましょうと、勇気を出すことに…。お電話では恥ずかしくて、勇気が出せそうにございません。お誘いメールを送信してみましたわ。


…さあ、どういうお返事がいただけるのかしら?…と、少々不安になって、参りましたわね…。岬さんは、どう思われていらっしゃるかしら…。


けれども、女性からお誘いのメールを致すなどとは、立木家のでしたかしら…。自分のメールを送る際も何度も、メールの内容を確認しては消してを繰り返しておりましたので、文章はおかしくないと思うのですが…。これでもさり気無く、お誘いしたつもりでしたのよ。


岬さんの詳しいご予定は存じませんし、彼のご都合もございますから、メールのご返信は早くても、きっと夕方以降になることでしょう。わたくしはそう思ってはみるものの、勉強をしようにも何か他のことをしようとも、始終ソワソワしてしまいまして、全く手につかないのでしてよ…。…ふう〜。


ご用事があると、岬さんから断られるかもしれませんし、彼からのお返事を伺いたくないと思いながらも、それでも結果を知りたくて…知りたくて、うずうずしておりますのよ。例え、、わたくしは…。


ピロロ〜ン。その時、わたくしのスマホから、電子音が鳴りましたわ。この音は、誰かからのメールが着信された時、若しくは何かのお知らせ時に、鳴る音なのですわ。そうしてわたくしが何気なく、スマホ画面を確認致しますと…。それは…岬さんからメールが届いたという、メッセージが表示されておりまして。


わたくしは一気に緊張で、胸の高鳴りが急に大きくなりまして、メールを拝見しようと致しましたわたくしの指先が、プルプルと小刻みに震えて参りましたのよ…。ああ…、胸が潰れそうなくらいに、緊張して参りました所為で、スマホを持つ手に力が入らず、もう少しでスマホを床に、落としそうになりましたわ。…あっ、危なかったです……。


そうした苦難を乗り越えられたのちに、岬さんのメールを開くことに、わたくしは漸く成功致しましたのよ。…ふう〜。これくらいで、体力の限界のように感じてしまいますわね…。


 「麻衣沙、誘ってくれてありがとう。お月見ということは、10月の十三夜のことだね?…その日は、何としてでも予定を空けるようにする。折角、君からの初めてのお誘いなのだから、俺は飛び上がるほど嬉しく、今の俺は…完全に舞い上がっているようだ。」


わたくしは…彼からのこのメールを拝見し、もう胸が一杯となり、思わず…泣きそうになりましたわ。わたくしも、飛び上がるほどに嬉しいですわ。貴方から、こういう素直なお気持ちをいただけて。わたくし、誰にも負けないくらいに、ルルにも負けないほどに…幸せなのですわっ!


…わたくしの大好きな岬さん。わたくしを好きになってくださって、本当に…ありがとうございます。






    ****************************






 今年大学を卒業し、大学院の方に進学してからというもの、俺は研究の日々に明け暮れた生活を送っていた。毎日朝早くから夜も遅くなるまで、研究ばかりの毎日であるが、俺はちっとも後悔をしていない。抑々大学院に進学したのは、麻衣沙と結婚した後に、彼女の父親の会社を任された時のことを考え、少しでも役に立つような人間になりたかった。


しかし、そういう俺にも1つだけ、。それは…麻衣沙と過ごす時間が、激的に減ったことだった。もう少し時間が取れると自分では思っていたのだが、かなり無理をして専攻した部分もあり、また研究の遅れを取り戻さなければならず、こういう生活になっていた。それに関しては、実は猛反省している。


樹は俺と同様に大学院に進学したが、大学とは違う専攻分野を其々取っており、研究に関しては別々の所属となっていた。抑々、樹の実家である斎野宮家と、麻衣沙の実家である立木家では、会社の方向性が元々異なっているからな…。同じ研究をしていても、意味がない。


例え、俺が実家の家業を継いだとしても、俺の父の会社もまた別の業種で、樹の家とはライバル会社とも言えない関係だ。お陰で樹と仲良くしても、問題は何もなくて気が楽なのだ。


親父の本音としては、俺と瑠々華さんを婚約させたかった節が見られたが、流石に藤野花家と俺の家では差がありすぎて、また瑠々華さんはお嫁さんに行く立場であり、俺が養子に入るのは不可能だ。藤野花家と俺の家は同類の業種に含まれ、俺の父は何としてでも手を組みたかったに違いない。良かったよ、俺的には。樹のライバルになるなんて、絶対に死んでも嫌だからな…。それに俺では…彼女の相手は、無理だっただろうな…。


研究分野は違うとは言えども、アイツも研究に専念しなければならない立場で、研究に時間が取られて忙し過ぎると、真面に瑠々華さんに会えない日々が続いていると、俺もよく知っていた。アイツも我慢しているのだから、俺も我慢しなくては…と、樹の状況を合わせていたというのに…。


アイツは、夏休み中は何かと暇を作っては、ほぼ毎日のように瑠々華さんに会いに自宅まで行っていた、という話ではないか……。おい、樹……。お前の為にと俺も我慢していたというのに、お前は俺に合わせて我慢はしないのだな……。


そういう思いから、沸々と怒りが湧いて来た俺である…。今迄の人生を振り返ってみれば、樹は昔からそうだったよな…。俺の気持ちはお構いなしに、自分の気持ちばかりを優先して動くような、そういう自分勝手なヤツだったな…。そういうアイツが唯1人、唯一自分より優先している存在が、瑠々華さんだ。親友(?)である俺でさえも、アイツが、漸く心を開いた女性が瑠々華さんである。


仕方がないか…。俺もそういうヤツだと分かっていて、今まで付き合っていたのだからな…。それでも、アイツにも譲れないことはあるからな、俺も…。


ピロン…。これは、メールを受信した合図だ。スマホの画面を開くと、其処には…送信者が麻衣沙だというメッセージが、表示されていた。彼女から先にメールを送って来るとは、珍しいこともあるな…。そう思いつつ開いたメールを見て、俺は…暫しの間固まることとなる。


 「先月の十五夜には、樹さんとルルもお月見をされたそうですわ。もしお時間がございましたならば、わたくしとご一緒に…お月見を致しませんこと?」


俺も麻衣沙を誘いたい…と思っていた矢先の、麻衣沙からのお誘いメールで、思わず俺は…自分の目を疑ってしまう。内容も暗記するぐらい何度も繰り返し、読んでしまったほどだった。俺は何かを、試されているのだろうか?…そう思うぐらいに俺は、メールの真意に困惑する。


もしかしたら、麻衣沙を名乗った別人からだったりして…。その場合は、樹の悪質な悪戯の場合も、在り得るな。…いや、これは麻衣沙本人からで、別の意味が隠れているとか…。う~む、有り得そうだな、これも…。しかしこのお誘いが、単に俺を誘っただけだとしたら?…彼女の本心なのだとしたら、俺は………


悶々と自問し続け、ジッとスマホのメールの内容を見続けていた俺は、数時間後に漸く…答えを導き出し、彼女への返信をする決意をしたのだった。このメールが彼女からでもそうでもないとしても、俺は自分の本心を晒すことにして。


数十分後、今度は間違いなく彼女からメールの返信が、送られて来た。俺は返信機能は使用せず、彼女への新たなメールとして送信している。彼女は俺のメールの返信機能を使用して、送信してくれた。これでこのメールが、彼女の本意なのかがハッキリするだろう。


 「岬さん、わたくしのお誘いを受けてくださり、ありがとうございます。わたくしも…天にも昇るような気持ちで、おりますわ。お久しぶりにお会い出来る日を、心よりお待ち申し上げます。」


……ああ。君も本心では、俺と同じ気持ちだったのか…。研究も確かに大事だが、俺はもっと大切なものを、…。君との時間を、もっと増やすことにしよう。樹のように…。君を…悲しませないように。そして俺も、絶対に後悔しない為にも…。







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 10月のお話で、またまたお月見の話となります。今回は前半が麻衣沙で、後半が岬視点となりました。


9月は十五夜のネタでしたが、今回は同じお月見でも、10月の十三夜の内容となります。他に良いイベントが見つからず、今回は麻衣沙達カップルの方のお月見ネタとしています。…と言っても、お月見風景の内容ではありませんが。


因みに2021年度の十五夜は9月21日、十三夜は10月18日です。これは、旧暦の日付で決定している為、毎年同じ日にはならないようです。


イベント・ネタ的には、結果オーライだったかも…。



※読んでいただきまして、ありがとうございました。後1回ほど季節ストーリーを書いてから、締めに入って行きたいと思います。今年中に番外編集も終わろうと思っておりますので、後もう少しお付き合い願えたら嬉しいです。

※次回は、また何時になるか…分かりませんが、またよろしくお願い致します。

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