お月見の夜は、貴方と共に

 もう早いもので、私も大学3年生となりましたわ。1年生の夏休み終わり頃に漸く彼と両思いとなり、その後は順調に…恋人同士の甘々な日々を過ごしている、と申し上げたいところですが、実は殆ど恋人らしく過ごせておりませんのよ。今まで同様の婚約者として過ごした日々と、何ら変わらなくて。


彼の想いは違っておられるようですが、何時いつかは彼とのお別れが来るのだと、少なくとも私はそう思いながらも、過ごした日々でした。両思いになったからと申しましても、直ぐに恋人らしく振る舞うのは、のですわ。


それでも彼はそういう私を辛抱強く、待っていてくださいます。私が少しずつ、彼の恋人として自覚できるよう、私が彼の気持ちに応えられるようにと、そして…私が彼の想いを、全て受け取れるようになるまでは…と、ずっと只管待ち続けてくださったのでした。


去年のクリスマス前夜には、大切な親友達と騒いで過ごし、クリスマス当日には彼と2人っきりで、お祝いしたのですのよ。これで少しだけ、大人の階段を登ることになるのだと思っておりましたわ、私も…。


彼と2人っきりになることに免疫のない私は、彼と共に長い時間を過ごすことにまだ耐えられなくて、何時も直ぐに逃げ出しておりましたわ。彼と2人で過ごす時間は、ちょっぴり甘い雰囲気となるどころか、思い切り甘々な時間を過ごすこととなりますので、私には途中からどうしても…耐えられないのですわ…。


長年婚約破棄されると思い続けた日々は、そう簡単に覆らないようでしてよ。彼を本気で拒絶したい訳ではありませんのに、ある一定の甘々を越した途端、脳みそが拒絶するようでして、身体が勝手に逃げ出してしまうのですわ…。前世の頃から、私は運動神経だけは良かったものですから、ついつい…反応してしまって。…アハハハハ。(※乾いた笑いが…)


ですから、彼の私への甘々な態度には、中々慣れなくて…。最近は…口には出してはいないものの、新ヒロインさんが現れたら如何どうしましょう…などと、未だに思う時がある私なのでして…。如何してこうも…前向きになれないのかしら、私は。


それでも、慣れとは恐ろしいものですわ。徐々に彼の甘々なセリフも行動も雰囲気も、今ではもうすっかり慣れてしまい、日常ではないような、何か物足りないような気になりますのよ、反対に…。


そうして、もう10月に入りました。今年も後2ヶ月で終わりです。久しぶりに彼と2人でお話をして、お月見をしておりますのよ。この世界にもお月見の風習はありまして、月を見て静かにお酒を飲むのが風流だと、よく父は申しておりますの。私も去年で20歳になりましたし、今年は堂々とお酒が飲めましてよっ!…これで晴れて、彼と共にお酒が飲めますわ。


 「樹さんっ!…浮気は許しませんことよ、私は。新ヒロインなど、言語道断ですことよっ!」

 「はいはい…。勿論、よく分かっているよ。だけど俺よりもルルの方が、十分に気を付けてほしいかな。此方にその気がなくとも、寄って来る虫は…沢山いるからね。特にルルは、危機感がないからね。心配でしょうがないよ、俺は…。」

 「心配なのは、樹さんの方ですわ。人間だけではなく犬や猫にも、鳥や他の動物たちにも、好かれておいでなのですもの…。そのうちに蝶などの昆虫も、寄せられてしまわれそうですわね…。」

 「……え~と、そういう意味ではないからね?…何処から突っ込めば、良いのやら……。相変わらずルルは、天然過ぎだよね…。しかし、今の意味は…要約すると、動物とかに好かれている俺に、ヤキモチを焼いてくれているのかな…?」

 「…はい、そうですよ。私は本来、ヤキモチ焼きなんですからね…。」

 「……嬉しいな。今日はヤケに素直だね…。お酒を飲んで、少し酔っている状態なのかな。それでも、物凄く嬉しいよ。お酒に酔って話す時は、誰でも本音を漏らすものらしいからね…。流石に俺も酔った相手には、手を出すつもりはないけれどね…。俺はこのぐらいでは、平気だから。」


酔っぱらい…?…私が?…確かに先程から、異様に眠いのだけれど…。これも、夢なのかな…。そう思いながらも私は、自分が話している端から何も覚えていないことには、変だとも気付かずに。樹さんのことででしたら、私も…ヤキモチぐらいは焼きますよ、などと思っていたらしい。彼のセリフは…最後の方が小声で何かを仰られた所為で、私は聞き取れずに首を傾げて。


 「う~ん。この様子では、明日の朝には…覚えてなさそうだな。ふむ…。今年のクリスマスは、前夜からずっと一緒に過ごそうか?…偶には有名ホテルを貸し切って、2人ゆっくりと夜景でも見ながら、クリスマス当日まで共に過ごそうか…。」

 「………っ!!………………」


彼の甘い一言で、目がパッチリと開いた私は、漸く脳みそも動き出したようでして。私は、すっかり酔いが冷めましてよ…。






    ****************************






今年の春から俺は大学を卒業し、大学院生となっていた。あと2年追加で勉強することとなり、学生としてはルルと同年に卒業することとなる。しかし、院生ともなれば研究がメインとなる為、以前のようにはルルとも、簡単に会えなくなってしまった。毎日ルルに会えていた生活が、週末さえ殆ど会えない生活となり、俺は寂しくて仕方がない。恋人兼婚約者という肩書きが、唯一俺の心を支えていた。


ルルと麻衣沙嬢は、大学卒業後に俺達との結婚を控えており、大学院には行かないこととなった。周りの大人達の中には、結婚は早すぎると話す人物も居るけれど、俺も岬も、早すぎるという判断はない。


光条と二之倉にのくらさんが恋人となって1年くらい、正式に2人が婚約してからは、半年ほどの月日が経っていた。あれから二之倉さんは、ルルや麻衣沙嬢の恋愛の手ほどきを受け、いや…お洒落の手ほどきかもしれないが、兎に角2人から熱心に何かを教わって、次第に蛹から蝶へと変化して行く。今の彼女は昔の彼女のような、陰気で地味な女性ではなくなり、艶やかで楚々とした美人へと生まれ変わっていた。


「あの地味女じみじょが美女になるとは…。光条はラッキーだったな…。羨ましい…。」などと、周りの男子学生達から時々そういう声を聞く。…いや、単に相手が光条だったからこそ、彼女もそういう努力をしたのだが、赤の他人の学生達に態々告げてやる気はないので、此処は…黙っておこう。


俺は案外と冷たい人間だ。ルルは乙女ゲームの設定と同じく、俺の性格は穏やかで誰にでも優しいタイプで、家柄の所為で誰も信じられなかった、ガラスのハートの性格の持ち主だと、ルルは思ってくれているようだった。しかし俺はどちらかと言えば、その逆の性格だろう。利用できる人間は肉親でも誰でも利用し、利用できない人間は即切り捨てる、そういう容赦のない冷酷な人間なのだよ。乙女ゲームの設定を聞いた当初は、「一体、誰の話なんだ…。」と心の中で苦笑したな…。


ゲームの世界と現実の俺達の世界は、多分…逆転している。ゲームの俺は、現実の岬の性格に似ていると思う。岬は一時期、誰も信じていないと言う状況にいたようだ。対して俺は、ゲームの岬にそっくりではなくとも、似ていると言うべきか…。


現実のルルはゲームのルルとは、似ても似つかない性格だし、麻衣沙嬢もゲームの彼女に似ていそうで、岬が言うには微妙に違うらしいからな。その他の登場人物達も、ゲームと現実では性格が異なっているようだし、ヒロインだけは、相当に酷かったからな…。そういう意味では、性格が逆転していると考えるべきだろうな。


しかし、ルルが俺を選んでくれるのならば、俺も表面上の性格を偽ることなど、何ともないことである。彼女の笑顔を手に入る為ならば、一生涯偽っても構わない。好きな相手を騙すなど、正気ではない行為だと思われるかもしれないが、彼女に嫌われる可能性を敢えて見せるだなんて、俺にはその方が理解不能だよ。俺は彼女に一切嫌われたくないし、その為の嘘を平気でく覚悟も持っている。


それに…俺も気付かなかった事実だが、如何やら俺は彼女だけには、本気で優しく穏やかな人間に成れていた。だからこれに関しては、嘘でも何でもなくて。のだから、嘘を吐くつもりではない…ということだ。


さて、今日はお月見がしたいと、ルルから誘われた俺は、疚しい気分満々で大層張り切って、一流ホテルの最上階の部屋を押さえたというのに、ルルは酔っぱらってそういうどころではなくなさそうだ。…ふう~。漸くその気になってくれたのだと思い、俺も有頂天になりすぎた…。


其れでも…彼女の本心が聞けたから、嬉しかったよ…。まさか、動物や昆虫相手にでも、焼きもちを焼いてくれるなんてね…。嬉し過ぎて、顔のニマニマが…止まらない俺に対し、ルルは…夢だと思っているかも、しれないな…。


何となくそれが悔しくなり、俺は今年こそそういうつもりなのだと、意地悪っぽく耳元で告げれば。ルルは急に眼を見開き、暫し俺を凝視していたが、徐々に酔いで赤らめた頬を更に赤くさせ、虚ろだった目はパッチリ覚醒させた。キョロキョロと目線を彷徨わせて、俺の視線を敢えて避けているらしい。


…あれっ?…今までと何となく、反応が違う…?…これは…もしかして、俺の誘い文句を、本気で…意識してくれている?


俺はパアア~という感じで、顔の表情を輝かせた。目は何方かと言えば、血走っていてギラギラさせていたかも、しれないけれども…。


…これは、期待しても…良い?…ねえ、ルル。そういう態度を取るということは、俺は…期待するからね。…良いのかな、ルル……。







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 9月のお話ではありますが、『おせっかいな~』の話から1年経った頃の出来事となります。


今回は、前半と後半では視点の主が変わります。


9月以降は、番外編集でも転機となっています。前回は、本編側の裏側を描きましたが、今回は前々回から、更に1年後となる頃が舞台となりました。


あと少しで終了させる準備として、更に未来を描くことになった次第です。



※読んでいただきまして、ありがとうございました。

 次回は、また何時になるか…分かりませんが、またよろしくお願い致します。

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