実は、あの時のあれは……

 先日聖武から聞いた話は、樹にとって興味深い話だ。聖武が語る内容は、彼の恋人である美和乃が情報源なのだが、聖武の記憶力は大したもので、彼女が冗談で言うような話も、彼女が何気なく呟いた独り言まで、彼女のことならば全てを覚えているらしい。


…う~む。ここまでくると、彼女には同情したくなるよなあ…。彼女の恥ずかしい言動も、全て記憶している訳だから。


樹自身も、聖武とそう変わらない言動をしているというのに、自分は棚に置いている状態だ。樹も瑠々華の突飛な言動には、毎回のように振り回されるものの、彼女のそういう些細なことでさえ、彼女を心配するという名目の元、常に彼女の言動を見張らせており、彼女のそういう言動に自ら付き合っていた。


周りから見たら、聖武も樹もことだろう。そういう理由ならは、岬と相良も同様に思えるが、この2人とはまた違っている。樹も聖武も何方かと言えば、恋人の傍につかず離れずという感じで、彼女達にべったりと張り付き、周りを牽制するタイプだ。


それに対して岬と相良は、真正面から行動するタイプなので、牽制する以前に彼女達にも自覚してもらおうと、行動する。牽制するならば、恋人になってから堂々とする感じだろうか。分かりやすく言えば、真面目過ぎる故に筋を通した後、牽制することになる。恋愛も牽制も、正統派で攻めるタイプだった。


それはさて置き、樹が何に対して興味を持ったのかと言えば、乙女ゲームのおまけ続編ストーリーに…だ。あの麻衣沙の容姿を受け継ぐ別人キャラが、ヒロインとなっているミニゲームのことで、元ヒロインが悪役令嬢キャラとなる、ゲームでもあったりする。


現実ではどうなるのか知りたくて、早速樹の命令で動く使用人達に、色々と詳細を調べさせていた。すると驚くことに、そのミニゲームの通りの現実が、あの例の孤島の収監所以外の場所で、起きていたということだ。但し、麻衣沙とは容姿以外も何もかもが、全く似ていない訳だったが…。


それでも、あのおまけゲームと似た現象が、実際に起きていた。使用人達が調べてきた調書に依ると、麻衣沙とは似ても似つかない女性ではあるものの、おまけゲームと似た状況で他者から罠に嵌められ、収監所行きになっていた。そしてその女性の恋人が、彼女を助け出そうとして努力し、恋人の男性の方に横恋慕していた、権力者の娘が嵌めたのだと知り…。


恋人の男性も、他の有力権力者の息子であることから、自分が調べた真実を突きつけた上で、この令嬢を糾弾したところ、これ以上は分が悪くなるとアッサリと認めたらしい。こうして嵌められた女性は、恋人に迎えられて収監所を後にした…と、この話を聞いた樹は自分が恋人の男性ならば、横恋慕しようとした令嬢を、自分の彼女の…と、考えて。


本来のおまけゲームの内容では、孤島の収監所で起きる出来事だ。然も、数年後に起こる筈の出来事であり、いつ起こるのかはハッキリとしていない。それでも樹には何となく、別の収監所で既に起こった出来事が、あのおまけゲームの元のストーリーになっている気がして。このままでは、孤島では何も起こらない…。


そう感じた樹は岬からも、「今後、麻衣沙が巻き込まれないかが、心配だ…。」と相談されていたこともあり、丁度良い機会だと思っていた。その日から綿密な計画を練り始めた樹は、計画を実行に移す機会を、密かに狙っていたのだ。


自分達がキャラとして登場していたらしい乙女ゲームでは、悪女が収監されている収監所の責任者から、樹は頻繁に連絡を受けており、そのゲームの元ヒロインという立場のあの悪女の様子を、事細かに把握していた。内容は大まかに分けると、以下の3つとなる。


1つ目は、悪女が反省しているのかどうか、ということ。2つ目は、収監所で問題を起こしていないか、ということ。3つ目は、収監所自体に何か変化があるかどうか、ということだ。


この世界では、瑠々華達が生きていた前世の世界とは違い、裁判などの手続きをせずとも、権力者の意見で専用の収監所送りにすることが、出来る世界だった。孤島の収監所は、斉野宮家と他の3家が管理している収監所で、他の3家の中には藤野花家も含まれる。立木家と篠里家は、また違う収監所を管理している為、この孤島は管理していない。


普段は樹が提示した3つ目の条件を、収監所の管理の件で収監所からの定期的な連絡を待つだけだ。その連絡に問題があると判断すれば、収監所に連絡を取ったり、他の3家と相談をしたり、実際に現地に見に行ったりする。


しかし、今回はそれとは別にして、樹は独自に収監所との連絡を、取り合っていたりする。もしも、おまけゲームのような出来事が起こるならば、樹は…、見学することにしたからである。






    ****************************






 さて、樹が孤島の収監所で元ヒロインに面会してから、2年近く経った頃。孤島の収監所には、新しい囚人が入って来た。その囚人女性は、如何やら誰かに罠に嵌められたようで、おまけゲームのヒロインだと考えられた。彼女の容姿は麻衣沙とは全く似ていないが、何処かのご令嬢に逆恨みされたということだ。そして彼女が囚人となった直後から、彼女の恋人と思われる人物が、陰でコソコソと動き出す。これは間違いなく、おまけゲーム的な強制な出来事と、考えられそうである。


そしてその後、彼女の居る孤島に恋人が現れた。彼は此処でもコソコソと動き回っては、自分の恋人の無実である証拠を見つけ、彼女であるヒロインを見事に救い出したことで、おまけゲームは終了したようだ。


 「2人共、ご苦労様。どうだった、あの悪女の様子は?」

 「…ふう〜。演技とはいえ収監所で過ごすのは、其れなりに大変でしたわ。罠に嵌められたという事実を殊更に強調し、泣き暮らしておりましたのに、例の女性からは何のアクションも見られず、残念ながら…接点もなく、終了致しましたわ。」

 「僕の場合は初めて出逢った日、一目惚れをされたように感じた。しかし、例の女性にも何らかの記憶があるらしく、僕が孤島に滞在している間、唐突にある時から、僕と視線を合わせなくなったんだ。だから僕もその後は、それ以上の接点はしないままで、終了した感じかな…。」

 「そうか…。それは少々、残念だったな…。のにな。今迄以上の悪女っぷりを見せてくれるかと、期待したのだが…。」

 「…いえ、それでも効果は十分にございます…と、断言致しましてよ。わたくしが観察する限りでは、途中から…彼のことを怖がる節が、見られましたもの。わたくしという新ヒロインに接触することも、避けているご様子でしたのよ。それほどに、恐ろしかったことでしょう。」

 「そうだな。僕も、同様に感じた。あれほど無気力だった女性が、僕に出逢った瞬間は期待する様子を見せたのに、途中から只管接触を避けていると、直ぐ理解出来るほど、僕と会わないようにしていたな…。」

 「…なるほど。では、漸く悪役令嬢側の気持ちを、理解したのかな?…あの悪女もそれほど、悪役令嬢になるのは怖い…と見えるな。」


今此処にいるのは、樹と彼の知り合いらしき男女の3人だけである。此処は樹の家ではなく、とある名家の…もう1人の男性の家だった。そして、女性はその男性の本当の婚約者&恋人で、彼女もまた名家の家柄のご令嬢だ。つまりこの2人は、孤島の収監所の管理を任された、残りの名家の子息であったりする。


彼らの話から簡単に推測すれば、樹と普段から協力関係である令息令嬢は、今回のおまけゲームのストーリーを再現し、元ヒロインを貶めようとしたようだ。計画を立てた樹の指示を、受けて。元ヒロインが瑠々華に対し、全く反省しない態度に、樹は怒りが爆発しそうであり…。何とかして一泡吹かせてやろう…と、樹はこの計画を実行したのであった。


あの悪女が反省するかどうかよりも、悪女が更に惨めな思いをしたり、悪女を恐怖のどん底に叩き落としたり、そういう仕返しが出来る機会を、樹は日頃から狙っていたのだ。聖武の話によってその切っ掛けを見出みいだした彼は、これは復讐に使えるのではないかと、期待して。


現実にそういう事件が起こらなければ、無理にでも故意に起こそうと思い、策略したのだ。それでも、関係のない女性を嵌めたくないので、知り合いに演技をしてもらうことにした。事情がバレてもよさそうな人物に頼もうと、樹は彼らカップルを頼ることにしたのだが…。意外なことに、名家のご令嬢とご令息の本人達が、演じてくれることとなり、壮大な計画が実行されて……。


 「今回は、君に嫌な役割を押し付けてしまい、悪いことをしたな…。」

 「いいえ、お気になさらないで。妹同様に可愛く思う、瑠々華ちゃんの為ですものね。彼女を虐めた悪女も拝見したくて、丁度一石二鳥でしたのよ。」

 「あはははっ。本当に、嫌な頼みだったよな?…しかし、こういう芝居も悪くないかな…。僕も瑠々華ちゃんのことは妹みたいに可愛いし、樹から話を聞かされた時には、許せないと思ったからね。」

 「君ら2人にはまた改めて、後日にお礼をさせてもらおう。」


彼らも瑠々華とは、当然ながら知り合いだ。樹と同い年の彼らは、瑠々華を妹のように可愛がっていた。だから余計に元ヒロインを、腹立たしく思ったことだろう。しかし当人は、なのだが……。


 「お礼は要りませんわ。それより…瑠々華ちゃんを泣かせましたら、わたくしが許しませんことよ、斎野宮様。」

 「そうだよ、樹。その腹黒い性格を、瑠々華ちゃんには向けるなよ?」

 「…当然だろう。君らに言われずとも、一生隠し通すつもりだ。俺もルルには、全力で…嫌われたくないからね。」






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 今回は、本編の意外な裏側となるお話です。一応、9月のお話です。


今回はある人物目線なのですが、敢えて第三者視点としました。


そろそろ番外編集も、終わりが見えて参りました。


本編最後の番外編で、元ヒロインのその後の行方が描かれましたが、その一部の裏側に迫ってみました。あのおまけゲームのヒロインと相手役は、実は全てが…樹の手の者による演技でした。工事も抑々が嘘でした。…ということが今回で、明らかにされました。


樹の腹黒いところを感じてもらいたく、書いた次第です。元ヒロインが知れば本気で震え怯えそうですが、これは知らせない方向で。(…というか、此方には元ヒロイン自体の登場はありません。)



※読んでいただきまして、ありがとうございました。

 次回は、またいつか…分かりませんが、またよろしくお願い致します。

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