過去と未来が交差した時・前編

 愈々、最後のお話となりました。1話で終わりそうもないので、前後編の2部作としました。今回は、その前編です。


とある人物の視点となります。



※ここから先は、今までとは違い、もしかして…の世界のお話となりまして、本編と必ずしも繋がっている、と言う訳ではありません。要するに、最初から意識して書いたお話ではない、ということです。ですので、もしかしたら…と思いながら、ご覧になっていただきたいと思います。これを念頭として、ご承知願います。




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 僕の家は一般的な家庭より、ほんの少しだけ裕福な一般国民だ。医師である父は開業医ではないので、有名な総合病院で働いている。また公務員の母も共働きで、特別なお金持ちでも何でもない。両親共に仕事が忙しく、僕達子供と過ごす時間は少なくとも、それでも僕らは寂しくない。常に祖父母が、傍に居てくれるから。


僕と2つ下の妹の世話は、忙しい両親の代わりに祖父母がしてくれる。両親も仕事の休みの日には、僕と妹を遊園地など外に連れ出してくれるし、仕事が早く終わった日には、祖父母を含めた家族全員で、食事に出かけたりする。僕達兄妹を大切に想ってくれる両親のことは、僕も妹も大好きだ。


そんな僕にも、深い悩みがある。何故か物心がつく頃から、自分が居る世界に違和感を感じていた。それは僕が大きくなるにつれ、その思いもドンドンと強くなっていくようで。何となく、僕の知らない世界…という気持ちである。それは、都市名であったり国名であったり、また人の名前にも稀に奇妙に感じたり、風景も何処かと似ているようで似てないような、不思議な感覚だ。


僕が小学5年生となる頃、父が別の地方の総合病院へ転勤命令が出された。母は地方公務員で遠方への転勤はないが、父の赴任先には家族全員でついて行くことにした。お陰で僕達兄妹も、転校することになる。


当初は嫌だと思っていたのに、転校する学校を下見した時、何故か僕は転校するのが楽しみになっていた。小学校が特別、気に入った訳じゃない。転校先の学校は、今通う学校となんら変わらない。それなのに、学校の校舎の裏庭にある大きく立派な木を見た瞬間、自然と目が惹きつけられ、どこか懐かしいという感情が湧く。


どうしようもなくその梅の木に、気持ちが引き寄せられたのだ。懐かしくて仕方がないと、切なくなる想いが止まらない…。自分のそういう想いを、どう扱えば良いのか分からないぐらいに…。


その日の夜、僕はおかしな夢を見た。今日見た梅の木と似た場所で、同じく似たような立派な梅の木を、大人になった僕が見上げている。誰かと一緒に…。そして、何かの約束事を交わしていた。誰だか全く分からないけれど、顔も姿も黒い影のようで、全く見えなかったのに。僕にとっては、伝わって来た。夢から覚めた僕は、胸が…心が痛くて堪らなくて…。


 「……会いたい…。」


僕は無意識に、そう呟いた。…えっ?…誰に会いたいのだろう、僕は…。そう呟いた瞬間、胸がギュッと締め付けられたような気がして…。誰に会いたいのか、自分でもさっぱり分からないというのに。こういう気持ちに陥ったのは、生まれて初めてだったのに…。


但し、これだけは言えるだろう。あれほど転校したいと思わない僕が、今は一刻も早く転校したいと思っている。きっと会いたい人物が、何処の誰なのかを知りたいのならば、転校すれば全部分かるような気がして。


その後、僕達兄妹は無事に転校した。僕は4年生、妹は2年生の3学期に合わせる形で。梅の花の咲く時期はまだなので、転校時にはまだ咲いていないけど、この学校に通っているうちに、花が咲くのを見られることだろう。


梅の花が特別好きだとかではなく、梅の木だと見分けられるくらいに、毎年見ていたような気がする。夢の中の出来事が未だに、のだが。未来に起こる出来事なのか、将又…過去に起きる出来事なのか。僕はまだ子供なので、あれは前世の記憶だったりして。


僕はこの学校でも、直ぐに沢山の友達ができた。人見知りな妹は、中々友達ができないようだけど。それでも一月ひとつきも経てば、仲の良い友達ができたと、嬉しそうに話してくれる。


漸く学校の梅の花が咲いたと、クラスの女子が話すのを聞いた僕は、放課後に確認しに行った。そこには既に先客が来ており、鼻歌を歌いつつクルクルと踊る(?)少女がいた。とても楽しそうに、軽やかに舞いながら…。


それは…聞き覚えがある鼻歌で、僕は言葉を失い呆然とした。毎年3月には妹が歌っているので、聞き覚えがあるのは当然だ。但し、僕はそういう意味で驚いたのでは、なくて…。初めてこの歌を耳にしたのは、もう…随分と昔の話だ。その頃歌っていた当人は、目の前の少女同様に、クルクル回って歌っていたと思い出し…。


…えっ?…どういうことだろう。昔とは、いつの話なのだか。僕にはやはり、前世の記憶でもあるのかな…。あの鼻歌は間違いなく、雛祭りの歌だった。よく彼女が歌っていた曲だと…。……彼女?…彼女とは一体、誰のことなんだ?






    ****************************






 悶々と僕が考え込んでいる間に、梅の木の下で踊る少女の姿は、何時の間にか消えていた。遠目から見ただけなので、ハッキリしたことはまだ言えないけど、僕が見た限りでは背は低い少女だと思われる。


もしかしたら、小学校にも入学していない園児だったのかも、しれない。それ程に幼く感じた。顔もぼんやりとしか見えなくて、何処の誰なのかは分からない。学校には隣接した幼稚園があり、そこから抜け出して来ていたのでは…。その頃は、そう信じていた。


その日の夜、僕は久しぶりに不思議な夢を見た。雛祭りをお祝いする夢だ。此処に転校する前に、下見に来たあの日の夜に見た夢とは違い、今回は梅の木は出て来ないけれど、雛祭りを一緒に祝う人物が、この前の夢と同じ相手なのだと、何故か僕には理解できた。他にも何人かと共に祝っていたのに、僕の視線はその人物だけを追っている。その人物を、愛おしいと思う。、この人物は自分にとって大切な女性だと、今の僕も知っている。


夢から覚めた僕は、少しだけ過去を思い出していた。流石に全ては覚えていないのだが、まだ靄がかかったような気分だ。夢に出て来た彼女は、過去の僕にとってはとても大切な人だったと、思い出す。僕にはやはり、過去の記憶がある…。


漸く、そう気付いた。…否、やっと思い出した…というべきなのか。僕には此処ではない世界で、この世界によく似ていた世界に、住んでいたという記憶があるようだ。今の世界へと転生した、転生者なのだと。


此処には色々な情報が、世界中に飛び交っている。それら情報から自分の過去を調べれば、過去の世界は、今のこの世界にとっては、異世界だとかパラレルワールドだとかの類なのだろうか、と…。まだ過去の世界の出来事は、今の僕にはぼんやりしか思い出せない部分も多けれど、それでも幼い頃からの違和感の正体が、漸く姿を見せた気もする。そう考えれば、色々と納得できる部分もあって。


昨夜に見た夢の中の女性は、昨日の昼間に学校の裏庭で見た少女と、何故か被るように僕には見える。夢の中の女性も、頻繁に鼻歌を歌っていたようだ。あれが何の歌なのか、昔の僕には理解出来なくて…。夢の中の女性が鼻歌で歌うのは、雛祭りの歌だったから。


それは、その通りだよなあ…。彼女のあの鼻歌は、僕の過去の世界には生まれない歌だった。抑々、雛祭り自体が過去の世界に、無いものなのだから…。生まれる筈もないんだよ。


彼女もこの時期には、よく歌っていたっけ…。彼女は鼻歌を歌いながら、梅の木の下でクルクル舞っていた。僕は彼女の踊る姿を見るのが、好きだったな…。あの踊りもあの頃は、よく理解できなかったけれど。


 「また踊っているんだね、〇〇。一緒に踊ろうか?」


ダンスとか踊るのが大好きな彼女は、僕も一緒に踊ろうと話し掛ければ、無邪気に笑いかけてくれる。踊りだと言っても、彼女のその踊りは…この世界そのものの、踊りだったのだけれど。簡潔に言えば、この国の日舞というものであり、僕の過去の世界には存在しない踊りだ。


…ああ。そうなのか…。名前を思い出せないが、彼女は本当に僕の大切な人だったんだな。僕は彼女に惚れていて、永遠にずっと共に生きたかった。彼女には別の記憶があったと知り、彼女の過去の記憶にも僕の存在を刻みたいと、本気で願ったこともあり…。もしかして、その願いが叶ったのか?


それが本当だとするならば、昨日僕が見た少女が、彼女の生まれ変わりかもしれないと、きっとそうなのだろうと、確信していた。同じ鼻歌を歌い、似たような梅の木の下で同じく踊る姿は、他ならないと…。此処は、彼女が居た元の世界だと…。だから、彼女が存在するのは、自然の摂理なのだと…。


…ああ。もうすぐ、彼女に会えるかもしれない…。そう思えば嬉しいけれど、昨日の少女が彼女だとすれば、多少の問題がある。僕の過去とは違い、年の差が大分ありそうで。彼女にロリコンなんて思われたら、どうしようか…。それよりも、これからどうやって彼女と、知り合うべきなのか…。


先ず初めに、少女が僕にとっての大切な彼女なのかを、ハッキリと確かめる必要がある。少女がまだ幼稚園児だとしたら、僕との接点が見つからない…。僕はもうすぐ、5年生になる。少女が、4月から小学生になる年齢だと良いのに。それ以外にはあの少女に近付く解決策が、見つかりそうになくて。あともう1年待つのも、無理があるような…。僕の本音として、と言うべきか…。


この時の僕は、ロリコン扱いされたくないと、必死であった。翌日から、一通り小学校の1年生にも、探りを入れてみたけれど。やはりお隣の園児なのかな…と思って、遠目から探してみたりして。それでも僕は、見つけることが出来ない。あの少女は、僕の幻想が見せた幻では…。そう思い始めていた時に。


結果として、あの少女とは意外な場所で、知り合うこととなる。まさか…少女の方から、僕に近付く結果になろうとは…。あれほど運命的な出逢いになるなどとは、思わずに。この時の僕は、まだ何も知らずにいたけれど……。



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 今まで読んでいただき、誠にありがとうございます。愈々、最終のお話、前編となりました。本編を読まれると、大体誰の視点かご想像が出来るかと思いますが、敢えて今回は誰なのか…とはしておりません。


さて、前後編ですので、次回が最後の更新となる予定です。もしかしたら…という内容ではありますが、一応は本編と辻褄が合うようにしたつもりです。



※『脇役が重要ポジションなんて、聞いてない?!』と、連動していますが、先に思いついたプロットの原型は、此方です。よく読み比べてもられば、内容がほんの少し違います。要するに、同一キャラの別の世界の話で。パラレルワールドや別の物語と思っていただいても、構いません。


※読んでいただきまして、ありがとうございました。

 次回が最終話となりますので、よろしくお願い致します。

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