雛祭り行事は、ないけれど…

 この世界には残念ながら、雛祭ひなまつりという行事はありません。しかし、似たような行事はございますわ。お雛様を飾ってでて楽しむ、ということはしませんけれども、『女性の休息日』という日が、この3月にはありますのよ。


具体的にどういう日なのか…と申しますと、元々は働く女性へのご褒美として、家事も仕事も、という意味を持った日なのでしてよ。大人の女性の休息日でしたけれど、私の母がまだ未婚の頃から、大人の女性だけではなく未成年の女の子達にも、という風に変わって来たのですわ。


お陰で私達未成年者も、休息日には堂々と好きな事が出来ますのよ。うふふふっ。私と麻衣沙は幼い頃から転生者として、前世の記憶を思い出しておりましたから、実は…雛祭りがないのを、とても残念に思っておりましたのよ。ですから……作っちゃいましたわ、私達だけの雛人形を。


雛祭りの日がないのならば、雛人形もこの世界には存在しません。幸いにも…私も麻衣沙も、それなりの家柄のお嬢様ですし、両親にお願い致しまして、私達の為の雛人形を製作してもらったのです。前世のように、雛人形を専門に作る技師さんや会社は、存在しませんけれども、日本人形(※厳密には、日本人形に似た和風の人形)を作製する人形師は、この世界にも存在しておりますわ。そういう専門の人にお願いして、特別に作っていただきましたのよ。ふふふっ。


其れからは毎年、3月の女性の休息日には必ず、私と麻衣沙だけはその特注の雛人形を飾り、藤野花家で共にお雛様を愛でて、お祝い致しますのよ。この世界で私と麻衣沙の2人っきりの雛祭りは、時には…寂しいですけれども、麻衣沙と共にお祝い出来ることは、嬉しいですわね。


 「毎年、麻衣沙嬢と2人で風変りな人形を飾って、祝っているようだけど、何か意味があるの?…今年は僕達も一緒に、お祝いしても…いいかな?」


この世界のことしか知らない樹さんは、私達が並べた雛人形を、遠くから不思議そうに目を細られて眺めておられます。しかし私は、この時は本当のことをお話出来ませんでしたわ。何しろ、雛祭りのお話をするには、自分が転生者であることも、語らねばなりませんものね…。


 「このお人形は代々、私の家に伝わる由緒あるお人形なのです。女子として生まれた私に、藤野花家ではこのお人形を作り、女の子が生まれたことをお祝いしますのよ。そして、毎年3月の『女性の休息日』に飾っては、藤野花家の娘が無事に育ちますようにと、お祝い致しますの。これらお人形達には、私と麻衣沙にとって、大切な思い出が詰まっておりますの。それに、雛祭りは…男子禁制ですわ。」

 「…えっ?!…男子禁制?!…僕達は…一緒にお祝い出来ないの?」

 「はい。そうなのです、樹さん。申し訳ありませんが、そういうことですので、お誘い出来ませんわ。」

 「………。」


仕方がないので、適当にご説明して置きましたわ。藤野花家で作らせたものですから、習慣、としておきますわ。実際に今は、それに近い状態ですからね。藤野花家にしか、雛人形は存在しませんし、布教活動は特にしておりませんもの。


麻衣沙の父親がは気難しいお人ですし、理由もなく雛人形を作って欲しいとは言えません。その代わり、我が家で作らせる時に、麻衣沙にデザイン画を描いていただきました。残念ながら私の画力は、幼稚園児並みでしたので…。麻衣沙は芸術面でも才能がありますし、本物そっくりでしたわ。羨ましい限りです…。私にはさっぱり、絵の才能がないですわ…。


そういう訳でして、私と麻衣沙の合作で作られた雛人形は、私達2人にとって、何よりも大事なものなのです。樹さんと岬さんと言えども、絶対に邪魔されたくありません。断る為にも…ちょっぴり大袈裟に、男子禁制とさせていただきましたわ。ふふふっ。私って、頭良いですわ…。


「男子禁制………。」と、ブツブツ呟かれておられます樹さんは、名残惜しそうなお顔です。それほどまでに雛祭りに、参加されたいのかしら?…それとも、雛祭りの特別なお菓子を、食べて見たかったとか…。でも、樹さんは甘いものも食べられますけれど、岬さんは逆に…苦手でしたわね?…う~む。まさか、樹さんに何かを疑われている…とかでは、ないですよね…?


乙女ゲームみたいに、樹さんを敵に回したくありませんわ…。彼の瑠々華への仕返しは、とんでもなく腹黒でしたもの…。私達がと、疑っておられる訳では…ないですよね?……ううっ、怖い…。ブルブル……。






    ****************************






 昔から、俺の婚約者であるルルは、『女性の休息日』の日になると必ず、麻衣沙嬢と共に変わったお祝いをしていた。実際に見た訳ではないが、彼女達の家の使用人達と仲の良い我が家の使用人が、彼女達のお祝いを教えてくれたのだ。


何でも、お雛様という沢山の人形を、階段のような壇を用意して、その上にズラッと並べて行く…という。その並び方は完全に決まっているようで、上から順に並べて行くらしい。


 「これはお雛様だから此処ここに置いて、これはお内裏だいり様は、此処よね~。」

 「そうですわね。三人官女は此処へ、五人囃子ごにんばやし此方こちらへ。」


ルルと麻衣沙嬢は楽しそうに、歌うようにして話しながら、人形達を並べていたらしい。その人形達は一体、何かの意味あるのだろうか?…彼女達はこのお祝いのことを、『雛祭り』と語っているようだけど、雛祭りとは…何だろうか…。


初めて会った当初から、ルルも麻衣沙嬢も、俺達が全く知らないことを、然も当然のように受け入れている節がある。特にルルは、『節分』の豆撒きも良く知っていたり…と、お嬢様らしくない言動も見られ。本当に不思議な人だよ、ルルは……。僕の気を惹きつけて止まないのだから。


そこで、今まで不思議に思っていることを、ルルにぶつけてみた。すると彼女は、藤野花家に代々伝わる由緒ある行事であり、娘が生まれた時の祝いとして、人形が贈られるらしい。毎年そのお人形達を飾って祝うことにも、娘の無事を願う…という意味があるようだ。なるほど…。流石は、あの藤野花家だけは、あるな…。


俺も岬も、彼女達と共に祝いたいと伝えれば、男子禁制であるから…と言われてしまったのだ。…ええっ!?…俺達男子は『雛祭り』を祝えないのか…。しょんぼりと肩を落とした俺だったのに。そう信じていたというのに…。


 「ええっ?!…雛祭りは、藤野花家だけの行事では…ないのか?…娘が生まれたから、お祝いでもらうものではないのか?…それでは、男子禁制も…嘘なのか?」

 「藤野花家の行事ではありませんわ。娘が生まれた時に祖父母がお祝いで、雛人形の雛壇セットをプレゼントしてくださるのです。娘の災厄さいやくを代わりに受け止めてくれるが、雛人形なのですわ。元々は、古い時代に女子の人形遊びから始まった、なのでしてよ。雛祭りは男子禁制ではなくとも、男子がお呼ばれしたり、参加することは少ないですね。…という前世の行事ですわ。」

 「………。」


俺は…言葉を失った。雛祭りが、藤野花家の特別な行事ではなく、彼女達の前世での行事であると知らされ、呆然としていた。いや、雛祭りだけではなく、節分も…そうらしい。道理で、彼女が良く知っている筈だ。前世では、彼女は一般市民だったようだから、節分も雛祭りも毎年行っていたのだろう。


彼女は嘘が下手だと思っていたが、この件についてはすっかり騙されていたな…。まあ…仕方がないのかな。彼女も麻衣沙嬢も、この世界が乙女ゲームの世界そのものだと思っていたようだし、ゲームの時期が来れば、強制力が働く可能性もあり、2人はそのことに怯えていたようだからね…。それでも…俺も岬も、もっと早くに知っていればこそ、強制力が働いたとしても、方向にと、状況を持って行った筈なんだよね。もう…今更だけど、悔やまれるよ。


俺はルルに、岬は麻衣沙嬢に、疾うの昔に彼女達に魅了されていたのだから、ゲームの強制力とやらには、絶対に負けない自信があったんだよ。強制力があるかもしれないならば、両親や使用人達や他の人物達を巻き込んででも、俺達の意識を目覚めさせるようにと、していたことだろう。それ程、俺達には彼女達の存在が、大事だったのだから。


 「もうすべてバレちゃいましたから、これからは樹さんも岬さんもご一緒に、雛祭りをお祝いします?……あっ、それから…エリちゃんや美和ちゃん達は、是非ともお呼びしたいですわ。」

 「……勿論、俺も岬も参加するよ、絶対に…。」

 「あら、まあ…。そんなにも、雛祭りにご出席されたかったんですの?…雛祭りは元々、女子のお祝い事ですから、きっと退屈ですわよ?…あらっ?…それとも、御神酒おみきを飲まれるのが、本来の目的だったりして…。ふふふっ…。」


今更だけど、彼女達の乙女ゲームという憂いが消えた途端、漸くルルから雛祭りへのお誘いを受けたよ。だけど、2人っきりどころか4人なのは、残念だな…と思っていたというのに、乙女ゲーム関係者を集めてお祝いすると言われれば、ガックリしたよ。…ふう~。相変わらず、ルルとは中々進展しないんだよね…。


一応、キスとか抱擁とかには、慣れて来たみたいだけど、それ以上はまだなんだよね…。うかうかしていると、岬達に先を越されそうで…。岬にだけは、負けたくなくて。


岬は気付いていないが、、岬に勝てないことがある。殆どのことは俺が勝っていても、俺は負けず嫌いだから、岬に1つでも勝てないのは悔しくて。例え…ルルとのことでも、賭けをするつもりはなくとも、岬に負けたくないのが理由で…としたら、流石にルルも…怒るかな?……内緒にしよう…っと。






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 3月3日と言えば、暇祭りです。今年はコロナの影響で、雛祭りも家族だけでひっそりと…でしょうね。この状況が、何時まで続く事やら…。


今回も、前半と後編で視点が異なります。前半がルル、後半が樹の視点です。


背景的には、前半部はヒロインが現れる前の過去のお話、後半部はヒロインが去ってからの現在のお話、でしょうか。


雛祭りという行事がない世界です。雛祭りをしたかったルルは、無理矢理作ってしまいました、というお話になります。普段と違って、ウンチクを語るルルでした。


※本編の方は既に完結しています。まだ本編に必要な番外編は続いていますので、本編には影響のない範囲で、此方での投稿をしております。

※読んでいただきまして、ありがとうございました。次回も、よろしくお願い致します。

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