第5話 先輩

 先週は疲れちゃったな。今週はホ茶クラブに行かない事に決めた。先輩を眺めて恋愛モードを自ら高めようと思ったら、今日は休みみたい。残念。

 でも藤くんと話して新色のアイシャドウ買った。秋っぽい少しくすんだオレンジ。似合うかな。

 先輩のいない会社は張り合いがない。早く明日が来い、早く先輩に会いたい。仕事もあと半日、明日先輩に会う為にもしっかり仕事しなくちゃ。

 気合いをなんとかとどめていたら同僚が近寄ってきた。


「ねー! 中原先輩結婚するんだって」

 

 頭に衝撃を感じた。目の前が真っ暗になるという現象は本当に起こるのだ。


「多分それで今日休んでるんだよ。恋人の誕生日に入籍するとかって。おめでたいね」

 同僚は嬉しそうに話す。他人のおめでたい話を聞くと自分まで嬉しくなるそうだ。

 同僚はきっと幸せになるだろうと思ったのは私の理性だった。本音は消えてほしい。聞きたくない報告を嬉しそうに持ってくる同僚が今一番憎らしい。


「そうなんだ、おめでたいね」

 私は必死で顔を作った。先輩への想いは誰にも言っていない。結婚したらなおさら知られるわけにはいかない。頭が回る。しっかり立たないと倒れそうだ。同僚はまだ何か言っている。


「奥さんどんな人だろう、先輩イケメンだから綺麗な人かな」

 同僚はそんな事を言っていた。もう聞きたくない。自分の顔から笑いが引いていくのが解った。


「ごめん、私急ぎの仕事あるんだ」

 もうこれ以上、ここにいられない。

「ごめんね邪魔して、先輩来たらたくさんお祝いしようね」

 同僚は笑顔で去って行った。私はずっと作った笑顔を貼りつけていた。


 同僚が去って行ったのと反対方向のトイレに駆け込んだ。個室に入りマナー音を鳴らして声を殺して泣いた。マナー音をずっと鳴らした。

 先輩、恋人いたんだ。あんなに素敵だもんね。でもいきなり結婚報告はきついよ。いや、本人から聞くよりマシだったのかな。本人から聞いてたら私、どんな反応だったんだろう。バレちゃったかもだね。もう頭の中ぐちゃぐちゃだよ、うっ……。


 家に帰ってからも泣いた。一人暮らしで良かった、一晩中泣いた。

 明日は休みたいと思ったけれど私と先輩のつながりは仕事だけ。唯一の繋がりを離したくなかった。

 私は泣きはらした目元が少しでも戻るように冷やしてつとめた。

 先輩は三日間休暇をとっており、木曜日に出勤してきた。部署の皆でおめでとうと言い、私も笑顔で言った。

 しばらく一人の時間を過ごした。会社でも極力人と関わらないように仕事を進めた。

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