第4話 藤

 十月になると肌寒くなり、今朝はいつもより遅い時間に駐車場に着いた。すでに会社へ歩いている先輩を見かけた。

 先輩、この時間に来てるんだ。今より少し早く来ていたら一緒に会社まで歩けたかな。よし、もっと早く来て駐車場で先輩を待ってみようかな。偶然を装って会社まで一緒に歩く、想像したら胸がキュンとした。


 次の日、早起きの為に早寝をこころみるも美容ケアに時間をとられて結局ギリギリの時間に起床した。とほほ。

 そんな平日を続けていたらあっとゆー間に週末に。


「小川さん、眠いの?」

 先輩に声をかけられる。先輩の為に毎晩美容ケアにいそしんでいます。そんな事を言えるわけもなく。

「週末ですから」

 笑顔でそれが精一杯だった。

「そっか、頑張っているもんね」

 先輩の笑顔にまたキュンとして気持ちが溢れそうになった。決めた、明日ホ茶クラブに行く。行って女子力アップだ。



 翌日一人でホ茶クラブに来た。うきうきとドキドキしている。

「いらっしゃいませ」

 前回と同じ笑顔でスタッフに迎えられる。

「夢子様、ご来店ありがとうございます」

「私の名前覚えているの?」

「もちろんです」

 凄いな。お客全員の顔を覚えているんだ。


「本日はご指名されますか? 二回目ですのでごゆっくりお考え頂いても構いませんし」

 まだ指名は決められない。二人目をお願いした。

 前回と同じ席に案内されたら少し落ち着いた。メニューを眺めて先に注文をした。


「初めまして、ふじです」

 彼の顔を見るまでずい分首を上げた気がする。百八十センチはある身長にスラリとした体型。可愛い顔に茶髪がよく似合っていた。なんだこのハイスペックは……これがこの店のレベルなのか。

 けれど藤くんは笑わなかった。不愛想なわけではなく必死に仕事のマニュアルをこなそうとしているように見えた。

 マニュアル通り私の名前を聞き、私の注文した紅茶を淹れ始めた。


「あ、茶こし忘れました。すいません……」

 藤くんの手元を見るとカップの中に紅茶の茶葉が浮いていた。

「新しいのに替えますね」

 藤くんはスタッフにお願いしますと言い、頭を下げて申し訳なさそうにしていた。

 藤くん、なんか……思ったより親近感あるかも。私の心は少し浮ついた。


「夢子さんそのチーク、〇〇のやつですか?」

「すごい! 解るの?」

「その色珍しいので。絶妙な色ですよね」

 それからコスメ話で盛り上がった。愉しい。やだ、ちょっと良いかもと思ったのもそれだけ。コスメ話の後は藤くんの特技や夢の話が延々と続く。会話ではなく藤くんの一人語り。やだ、ちょっと違うかも……。


「今日はありがとうございました、夢子さんの指名候補に僕も入ると嬉しいです。よろしくお願いします」

 藤くんは満面の笑みで言った。可愛いしいい子だとは思うけれども。リラックスする為にここに来るのに疲れちゃう。そんな事を思った。

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