第58話 桔梗……?
「……というわけだ」
「ふうん」
「理解しようとしていないだろ」
「そんなことないもん」
「それ似合わない」
「むきいい!」
頬をぷくーと膨らませても、佐枝子だからなあ。
これだったら帝国からの書状を渡して読ませた方がよかったかもしれん。喉が疲れただけじゃないか。
佐枝子にはかいつまんで伝えたのだけど、理解することを放棄しているから全部右から左に抜けていっているだろうな……。
一つ、帝国と王国は五年間、互いに侵攻を行うことを禁じる。
二つ、帝国はイル・モーロ・スフォルツァがミレニア王国の王であることを認める。
三つ、王国は旧王家が持ち込んだ財宝を帝国が接収することを認めるが、帝国に亡命し王国が拘束した人員については王国の判断で処遇を決める。
四つ、王国は帝国兵捕虜を速やかに解放する。
五つ、帝国は捕虜解放と王国財宝の代償として旧ヴィスコンティ領を王国へ割譲する。リグリア領からも速やかに兵を引く。
六つ、両国の平和の証としてリグリアと帝国の国境に城壁を建造する。建造は帝国が行い、王国が管理を行うこととする。
七つ、王国は五年間、帝国駐在武官をミレニアに置くことを認める。駐在武官は王国の希望によりコルネリア・オルセルンとする。
佐枝子に伝えたことはこれだけなのだけど、まあ、一つ目だけでも覚えていたら御の字か。
ともあれ、この書状に了承の意を示せば戦争は終結する。
王国側は多額の賠償金要求をしなかった。財宝が戻ってきたらラッキーと思っていたけど、そんなものとっくの昔に接収されているさ。
渡すものがないから、多額の金銭を……とはならず赤字経営を続けていたヴィスコンティ領を引き渡してきた。
ある程度、「掃除」されているだろうし、問題ない。
もう一つ、ゴネたつもりだったのにあっさり了承されてビックリしたのは、城壁を作ることを了承したことだ。どれくらいの長さになるのかは分からないけど、要塞化して帝国への防壁となるだろう。
要塞を落とさず、リグリアに侵入した場合、帝国軍は後ろから攻められることを考えなくちゃならなくなるからな。
まず攻めるとすれば、新たに作られる要塞からだ。
帝国からしたら、お金を渡したくない。だけど、王国に戦争をしばらくしないという意思表示をせねばならない。
となれば、インフラ構築で自国の労働者に金銭を撒こうってことかな。完成品はこちらに引き渡しだけど、そのまま金を渡すよりはマシってことか。
帝国側に攻め込む意思がないのなら、悪くない金の使い方だとは思う。
本当に攻めてきたとしたら、相手の規模にもよるが放棄するかもしれないけどねえ。奴らと戦うのに一番適した場所は森の中だし。
山の中でもいいけどね。
帝国とのいざこざはこれにて完結。俺が王を務める間、帝国との戦争はご免こうむりたい。
こちらはそのつもりだけど、相手はどうかな? ミレニア王国に手を出す理由は余りないと思うのだけど……。
皇帝の野心次第か。
もし、侵攻してきたとしても次はもっとしんどくなるぞ?
王国は高度成長期に入っているのだから。五年後が楽しみだ……ふふふ。
一人ほくそ笑んでいたら、ロレンツィオが佐枝子に何やら耳打ちしている。
「佐枝子さんは転生者に会いたいのかい?」
「まだいるの?」
「うん。もう出会ったかな? なかなかのイケメンだった」
「へえええ。イケメン!」
それ、豚やろ。
そういや、ロレンツィオに一つ聞きたいことがあったんだ。
イツキ本人に聞いてもいいけど、変に誇張されてよく分からないことになるかもだし。
「ロレンツィオ、イケメンのイツキと森の中で会っていたんだよな?」
「うん。オークが王国民になったって君から聞いていただろ。だから、味方かと思って接触したんだよ」
「それであの場所にタイミングよく来たのか」
「タイミングを計ったのはイツキくんだけどね。僕は彼らが『安全に通行できる』よう導いた」
「それ超大事。よくイツキたちに気が付いたよ。ありがとうな」
「森は僕らのトモダチ……」
あ、ロレンツィオの地雷を踏んでしまったらしい。
ずううんと暗い影を落とし、額を机につけた彼は机にめりこまんばかりになっている。
トイトブルク森にずっといたものな……。森ではずっと「風呂、風呂」って言ってたっけ。
風呂か。彼の気持ちを元に戻すにはいいかもしれない。
「ロレンツィオ。少し早いが一緒に風呂でもいくか」
「君と行くと変な気持ちになるだろ。湯船の湯が問題だ」
「乳白色なのが問題なのか?」
「そうだよ。顔しか見えなくなるだろ。それがダメだ」
「……酷い……」
女装をしていないってのに、どいつもこいつもお。
佐枝子じゃないけど「むきいい」と鼻息荒くしていたら、佐枝子がしなだれかかってくる。
「じゃあ、イルは私と入ろ、ね」
「お断りだ!」
「いけずー」
風呂場に侵入されないように注意しないと。
しかし、佐枝子を止めることができる者は誰もいない。いや、桔梗の「縋るような目」ならいけるか。
「女の子と入る方が男の子と入るより楽しいでしょー」
「よし、ロレンツィオと入ってこい」
「お断りするよ」
こうして二人からお断りされる佐枝子なのであった。
一つだけ彼女のことをフォローしておくと、容姿は抜群である。妖艶さ……はまるでないけど、人外だからか異常に整った顔立ちをしているのだ。
しかし、中身がアレだとゆっくり風呂に浸かることもできない。
先ほど初めて会ったばかりのロレンツィオにすげなくされるくらいだから、俺が嫌がる気持ちも分かってもらえると思う。
「むきいい。じゃあ、誰だったらいいのよ。先にいっておくわよ。女子限定よ女子から選ぶのよ」
「桔梗」
「ん、イルのお友達の中からだったら桔梗さんかな」
ロレンツィオ、気が合うな。ははは。
「おっぱいか、おっぱいかああ」
「いや、桔梗はぺったんこじゃないか」
大きいかもしれんのは侍女のディアナ。桔梗は超スレンダー体型だからね。
佐枝子は成長していない。どこがとは言わないが。桔梗とはまた違う。
彼女、ヴァンパイアだと言うし、今後の成長もない。
喚き散らす彼女とこれ以上会話しても不毛だ。何だか仕事をやる気もそがれたし、明日の俺に頑張ってもらうことにしよう。
「ロレンツィオ、先に風呂へ行くか?」
「そうさせてもらおうかな。悪いね、一番風呂なんて」
「君の喜びが風呂だから。仕事を手伝ってもらってんだし、それくらいは」
「では、ありがたく」
腰を上げ、んーと伸びをしたロレンツィオはぐるりと首を回し執務室を出て行った。
あ、しまった。
佐枝子がまだ部屋の中にいる。
だけど、彼女、気持ち悪い笑顔を浮かべながら、中腰になって下から俺を見上げてきた。
今度は何なんだ、落ち着きのない奴だな、ほんと。
「イル。知ってた?」
「ん、何を?」
「桔梗ちゃん、そこにいるわよ」
「え……」
天井を指さす佐枝子に対し、固まる俺。
「き、桔梗! すまん、君を出汁にしてしまって」
呼びかけるとすっと彼女が天井から降りてきて、俺の前で膝を付く。
無表情のままこちらを見上げた彼女は、ボソリと言った。
「穢れた桔梗と湯あみをしてもよいのでしょうか? 桔梗はそう言って頂けただけで幸せです」
「お、あ、うん。じゃ、じゃあ一緒に入るか?」
「イル様が汚れてしまいます」
「そんなことないさ。よし、ロレンツィオが出たら一緒に行こう」
「し、しかし……」
桔梗を王宮に拾い上げる前、過酷な生活を送っていた。
その影響で彼女は表情を動かすことができなくなっている。それは今も元に戻っていない。
いつか、彼女が笑顔を取り戻してくれるといいな。俺はいつもそう願っている。
自分が穢れているなんて考えを変えて欲しいと思うのは俺のエゴだ。
だけど、少なくとも俺に対してはそんなことを考えないで欲しい、と勝手な気持ちだよな。これ。
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