第19話 デルタの実力

「やっぱり、進むの速すぎませんか?」

「ああ、速い」


 B班ブラボーの銃声の音を気にした鈴森に、爽平は同意した。


 膠着こうちゃく状態におちいったなら、加勢にいかなくてはならないが、ブラボーは黒スーツの集団には出くわさず、少し撃ち合っただけで前進できているようだ。それにしても移動が速すぎる。十分な索敵と安全確保を行っていれば、あんなに速く前に進めるわけがない。


 敵を引きつけてもらっているとはいえ、爽平たちもただ足を進めればいいというものではない。前を行くブラボーを追ってか、端にいるD班デルタを狙ってか、側面からも当然敵は現れる。前方と右手に神経を集中できるとはいえ無警戒とはいかない。


 なのに、デルタがついていくのもやっとの速度だ。左翼のA班アルファが遅れてきているのも気になる。このままだと、おとりとしての効果が薄れるし、支援にもいけなくなる。


 爽平は速度を落とすようにという合図を銃声で送った。


 しかしブラボーは歩みを止めない。


 今のうちに追いかけて直接話すべきか。


 いや、もうすぐ今日の目標地点に着く。そこまでの間なら、そう引き離されないだろう。


 時おり現れる単体の黒スーツを叩きながら、爽平はそう判断した。


 だが――。


「おいおい、マジかよ……」


 二体いた黒スーツを仕留めてきっちりと燃やし、周囲の安全を確かめた爽平は、思った以上に離れているブラボーの銃声に絶句した。


「うわ、先輩あれ通り過ぎてません?」


 ブラボーの方へと目を向けてみれば、ビルの谷間にドローンが見えた。結構数がある。最近見なくなっていたから尽きたのではという希望的観測もあったが、そうではなかったらしい。温存していたのなら憎たらしいことだ。


 そのドローンが飛んでいる辺りが問題だった。明らかに目標よりも先の地点だ。


 銃声が止むことなく続いている。爆発音もした。


 アルファは――駄目だ、後ろで捕まってる。


「行くぞ」


 デルタはブラボーの進路をなぞるように進路をやや左に移した。敵がいないことはわかっているから、進むのは速い。姿勢を低くしつつ、素早く移動していく。


 と、突然爽平の前を進んでいた班員が弾け飛んだ。


 左から――!


 反射的に歩道にある配電設備の陰に飛び込んだ。


 同様に身を隠した班員が銃を撃って援護してくれている隙に、目の前のビルの中へと転がり込む。


 光弾が爽平を追いかけてきた。


 どうして街中のビルはガラスばっかなんだ……!


 オフィスビルらしきその建物はロビーが吹き抜けで、正面の壁は高い天井まで大きなガラスだったようだが、当然それは粉々になっている。


 爽平は開いていたエレベーターに身を躍らせた。スイッチパネルに張り付けば、ぎりぎり光弾を防ぐことができた。


 それも二発かすめた後は飛んで来なくなる。仲間の銃声もしなくなったから、誰かが弾を当てたのだろう。


 警戒しながらビルから出た爽平に、鈴森が近づいてくる。他の三人も同様だ。


 最初に撃たれた班員は、光弾が腰を貫通し、上下に分かたれた状態で倒れていた。


「なんで黒スーツが……」


 一人がぽつりとつぶやいた。


 理由は簡単だ。ブラボーが黒スーツを見逃したか、アルファとの間から入り込まれたか。どちらにしろ、ブラボーが前に出るのを急ぎすぎたからだ。


「くそっ」


 誰かが悪態をついた。班員が死ぬのはよくある事だ。だが防げた死は悔しい。


 同時に、爽平にはほっとしている気持ちもあった。あの状況では、誰が撃たれてもおかしくなかった。たまたま爽平ではなかっただけだ。


 こいつが撃たれたから、俺は撃たれなかった。俺じゃなくてよかった。


 自分勝手ではあるが、そう思ってしまう。


 ブラボーからの銃声は止まらない。


 爽平は迷った。


 危険を承知でブラボーの元へと駆けつけるか、警戒をしながら行くか。


 見逃された黒スーツがそうそういるとは思えない。なりふり構わずに進んでも出くわすリスクは低い。だが万一また攻撃を受けたら? 自分たちも見逃して後方から挟み撃ちにされたら?


 足元に転がる真っ二つの死体を見る。


 ――死にたくない。


 爽平は決断した。

 

「可能な限り急ぐ」


 それは、最低限の警戒をしつつ前進する、の意味だった。


 命令と同時に、四人は動いた。鈴森は爽平の前を行き、バディを失った一人は他の二人と共に三人組になって進んだ。


 ブラボーの銃声が減っていく。弾切れというほどには撃っていないはずだ。撃ち手が欠けていっている。


 爽平たちが戦闘の位置まで来た時には、銃声は多重音から単音にまで減っていた。


「囲まれてますね」


 大きな交差点のど真ん中だ。途中階でぽきりと折れた高層ビルの残骸ざんがいの中にいるらしい。手前と左右から光弾が飛んでいる。時々思い出したように銃声が聞こえてるから、全滅したわけではないようだ。


「少なく見積もって、八……いや、九ですね。手前に二、右に四、左に三。向こう側は見えません」


 それほど多くはない。位置取りをしっかりすれば、一班で戦えない数ではなかった。反対側に何体いるにしても。


 なのにこの体たらくだ。だいたいなぜそんな所に立てこもることになるのか。退路を確保するのは基本中の基本だろう。


 ドローンは爆弾を落とし尽くしたのだろう。しばらく爆発音を聞いていなかった。周りの高層ビルが邪魔して機影の視認はできないが、いればこの間にも落としているはずだ。


 また飛んできたら厄介だ。黒スーツを片付けるには今だ。


「まずは手前の二体。それぞれ一発で確実に当てろ」

「了解」


 鈴森ともう一人がライフルを構え、黒スーツが見える位置まで移動した。


 爽平と残りの二人は交差点に面したビルのこちら側を、左へと進んで行く。曲がり角まできた所で、黒スーツを一体視認。


 爽平は挙げた片手を振り下ろして、鈴森たちに発砲の合図をした。


 パパンッと銃声が二発鳴ったのと同時に、爽平たちもアサルトライフルを発砲。走ってきた鈴森たちも合流し、物陰から五人で銃弾をばらまく。


 左右に展開しながら前進。その場にいる黒スーツを殲滅せんめつ


 続けて崩れたビルの中に入り、味方の姿を探す。


 デルタが攻撃を開始してから、ブラボーの銃声は聞いていない。全滅したのかもしれない、と思ったが、特に心は動かなかった。単なる自滅だ。そのせいでこちらは班員を失っている。


 横倒しになったオフィスの中は、机や椅子だったものが積み重なっていて歩きにくかった。


 ライトで前方を照らしながら進んで行くと、光で合図が来た。ブラボーだ。


 合流してもれば、何ともやるせないことに、残ったのは一人、肥田ひだだった。


「おっ、遅いじゃないかっ! お前らがなかなか来ないからっ!」


 デルタはしらーっとした視線を向けた。自分たちを引き離したのはブラボーの方だ。自業自得だった。こんな班長の指示に従った班員は浮かばれないだろう。


「残弾確認」


 爽平は肥田を無視して指示を出した。班員たちは黙々と手持ちの弾数を確かめて、互いに融通し合った。


「基地に戻るぞ」

「ここまで来たんだぞ!? 周りの奴らを倒せばここも取れるんだぞ。犠牲ぎせいだって払って――」


 爽平は肥田をにらみつけた。


「作戦区域を越えている。ここはまた囲まれようとしている。アルファがついてきていない。今来たルートを通って戻るのが最善だ。――最後に、ブラボーが払った犠牲は俺たちの知ったことじゃない」

「なっ……!」


 肥田が絶句した。


 それこそ爽平の知ったことではなかった。

 デルタの準備はできていた。誰も爽平の決定に異議を唱えない。爽平と同じだからだ。死にたくないし、手柄に興味はない。黒スーツを憎む気持ちはあるが、しかるべき段階を踏むことが最も効率よく敵を倒せることを知っている。


 戻りたくないのならついて来なくていい。助け損になるが、余計なことをされたり足手まといになる位ならいない方がよかった。


「行くぞ」


 爽平は肥田を無視して元のルートを戻り始めた。肥田は納得がいかない顔のままついてきた。


 もうすぐ外に出るという所で、光弾が飛び込んできた。


 すぐさま応戦する。


 暗い中、光弾の軌跡はよく見えた。相手の位置がわかりやすい。もっとも、こちらの閃光マズルフラッシュも丸見えだから、条件は一緒だ。


 時間をかけるだけ不利だ、と思った。肥田に言った言葉はまるきり嘘ではない。ここは囲まれつつある。根拠は爽平の勘にすぎないが。


 爽平は弾が飛び交う中、前へ出た。


「おいっ」


 戸惑う肥田を置いて、他の班員も瓦礫がれきを盾に前進する。


 銃口を向けられなければ当たらない。向けられていない人間がそいつを確実に撃ち殺せばいい。


「マジかよ……」


 肥田の呟きは誰にも聞こえない。


 相手が集まりきっていないからこそできる攻撃だった。態勢を整えられて一斉いっせい射撃されてはこうはいかない。先手必勝。攻撃は最大の防御だ。


 デルタは黒スーツを蹴散らして外に出ると、外にいた黒スーツの攻撃からも逃げ切り、アルファと合流して予定通りに基地へと帰還した。

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