3-2
そこで、最初の疑問に立ち返る。
果たして、ゆかりのことを好きになってしまった私が、ゆかりの友達になってよかったのだろうか?
順序を考えれば、友達になった後で不可抗力的に恋をしてしまったのだから、これは情状酌量の余地があるだろう。しかし、私は、あろうことか二年経った今でも友達という立場にありながら、この恋心を捨てられずにいる。それだけに留まらず、ゆかりに気付いてもらおうという努力もしていたし、告白をする計画まで練っている。
「はぁ…」
自分の都合の良い性格に辟易する。
ゆかりファンにとやかく言える資格なんて、私には無いな。私がこの想いを伝えたとき、ファンの子たち以上にゆかりを傷つけるかもしれないんだから。
+
今日の授業が全て終わり、黒板の前に立っている愛子先生が帰りのホームルームを仕切る。
「残すところ、今年のスケジュールは学校全体の大掃除だけ!それが終われば念願の冬休みっ!みんな、期末試験で赤点も取らなかったし、順調に年越しできそうね!クリスマスは知らない。そんなものはない。あったとしても家族と過ごすものであって、決して恋人と過ごす日ではない。みんなも恋人とイチャつくんじゃないわよ。いいわね?」
いきなり低いトーンで生徒に脅しをかけるのはやめてほしい。あと、目が死んでますよ。教育者が生徒に見せていい目じゃないですよ、先生。
「それじゃ、今日はこれで終わり!明日、絶対にサボるんじゃないわよ!あ、あと机に入ってる荷物は忘れずに持って帰ってね!」
愛子先生の号令と共に、ホームルームが締められた。
ゆかりはバレー部、彩雅と典子ちゃんは茶道部で今年最後の活動があるので、小中高と帰宅部であるベテランの私は、鞄を肩に掛けてさっさと教室から出ようとした。
「ちょっと待ちなさい」
後ろの扉付近の席に座っていた彩雅が、私の着ているダッフルコートの袖を軽く摘んできた。
「なに?」
私はじろっとした視線を彩雅に向け、いかにも面倒くさそうな顔をする。
「あら?そんな顔しなくてもいいじゃない。話があるから呼び止めただけよ」
わざわざ、彩雅から話があるなんて声を掛けてきたということは、あの件以外に考えられない。そういうことを察したから面倒くさい表情になったのに、その確信が強まったことで、さらに口の端が下がる。
「茶道部行かなくていいの?遅れちゃうよ?」
「そこは心配しなくてもいいわ。典子に伝言を伝えたし、それに今日は大したこともやらないから、私が居なくても問題ないわ」
用意周到だな。ついでに断っておくけど、私は彩雅が遅刻することなんて微塵も心配してない。早く私がこの場から立ち去りたいだけだ。
ゆかりのほうをちらっと盗み見る。
こちらのことを気にしている様子のないゆかりは、いそいそと荷物を持って前の扉から出て行った。
よかった。ゆかりに割って入られると、また誤魔化した態度を取らなくちゃいけなくなる。それはなるべく私も避けたい。
「それじゃあ私たちも移動しましょう」
と、彩雅は席を立ち、私はゾンビのように肩を落としながら彩雅の後について行く。三階にある教室から階段を下り、周りを校舎でぐるりと囲った中庭の端にあるテラス席に腰掛けた。
私は、道中で彩雅に奢ってもらったホットコーヒー(ミルク・砂糖多め)を冷ましながら、彩雅を急かす。
「で、話ってなに?」
優雅に黒ストッキングを履いた脚を組んでいる彩雅は、
「あの後、ゆかりに告白したの?」
前置きもなしに切り出してきた。
あぁ。やっぱり、そういう話か。
「してないよ。というか、それって学校でする話?メッセージとかでいいじゃん」
「メッセージだと、あなた無視するでしょ」
「ヤダナー。ムシナンテシナイヨー」
ちっ。勘のいい奴め。
本当は適当にあしらいたいところが、彩雅にそういった答えを返すのは焼け石に水どころか、火に油を注ぐようなものだろう。
「嫌なことは答えなくていいわ。ただ、コーヒー代くらいのことは聴かせてもらうわよ」
どうやら、コーヒーを奢られた時点で彩雅が納得するまで話しに付き合うことが確定してしまったらしい。
私は、自分の両手で握っている砂漠色の水面を恨めしそうに見つめた。タダより恐いものはないとは、よくいったものだ。
「それはいいんだけどさ。あの日から、私はまだ何もしてないのは事実だから、何を聴かれても面白い答えなんて出てこないよ」
彩雅は大きくため息をつき、
「それが問題なのよ。あれから、四日経っているじゃない。私は、早く告白したほうが良いとアドバイスしたのだけれど、忘れたの?」
「忘れてた訳じゃないけど…。第一、なんで彩雅にとやかく言われなきゃいけないの。私は私なりに考えてるんだから、ほっといてよ」
いつになく真剣な目つきになった彩雅は、私の眼をまっすぐ見た。
「手遅れになって、菫が落ち込んでる姿を見たくないから放っておけないのよ。それに、ゆかりが他の誰かと付き合ってしまった場合。菫は、今と変わらない態度でゆかりと接することができるのかしら?」
コーヒーから立ち昇る白い煙が、冷たい風に靡いて、幻のように消えた。
彩雅は続ける。
「菫とゆかりの関係が気まずくなったら、四人で遊べることも少なくなるかもしれない。私はそんなの絶対に嫌だし、典子だって嫌がるはずよ」
彩雅の一方的な言い分にじゃあと、私は切り返す。
「私がゆかりに告白して、断られたらどうするの?どっちにしたって気まずくなるでしょ。そんなことくらい、言われなくても解ってる」
握っているカップの水面が波立つ。
「それにゆかりは私にとって、初めての友達だし、ゆかりにとってもそう。この関係を、一番壊したくないのは私。でも、私も、この気持ちをもう隠したくはない。ゆかりに伝えたい」
声を荒げている私を、彩雅は驚くでもなく、憐れむでもなく、ただ、受け入れるように見つめていた。
私はコーヒーを一気に飲み干して、彩雅に空のカップを突き返した。
「私だって、どうすればいいか解んないよ」
そう言い残して、その場を立ち去ろうと背を向けた私を見送る彩雅は、小さく呟く。
「そうね。でも、後悔したくないじゃない。お互いね」
+
早足で校門を出て、一つ目の信号で足を止めたとき、机の中に教科書を入れっぱなしにしていたことを思い出した。
取りに帰るのが非常に億劫だったが、大掃除の時に邪魔になったり、先生から注意されるのも嫌だったので、数分ほど掛けて教室まで戻ってきた。引っ張り出した教科書を鞄へねじ込み、机の中が空になったことを確認した後、教室を出る。
下駄箱に着いた時に、ついでにゆかりの練習姿でも拝みにいくかと思いつき、そのまま体育館のほうへと脚を運ぶ。体育館の扉は空いており、その中ではジャージ姿の女子たちが大声を上げながら、ボールを弾いていた。しかし、その中にゆかりの姿は見当たらない。
タイミングが悪かったと、踵を返して、下駄箱に戻ろうとしたとき。普段、人気のない体育館裏のほうから、
「ずっと前から好きでしたっ!私と付き合ってください!」
ドラマのセリフのような告白が聞こえてきた。嫌な予感がした私は、ダメだと思いながらも、壁に身体を沿わせて、声がしたほうを覗き込む。
「ッ!」
その光景に、私は絶句した。
告白をしている女子の肩越しに、体育館に居なかったゆかりの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます